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午前三時の回復魔法  作者: 28号
午前三時の攻撃魔法
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カルテ02:囲い込まれた事務員

 ローガン=ウェイン。元勇者にして私が勤める診療所の腕利き治癒術師が、我が宿敵になったのは今から約2週間ほど前のことだった。

 それより更にさかのぼること1週間前、私は『事務員募集』の張り紙を見てこの診療所にやってきた。

「24時間年中無休、深夜も患者を受け入れます(旅の勇者も大歓迎)」

 そんなうたい文句を見た時はさすがに嘘かと思ったが、面接の最初の言葉が『徹夜は得意ですか』だった事で、私は張り紙の内容が嘘偽りのない真実であることを知った。

 面接してくれた院長の話によると、営業時間が長ければ同じだけ勤務時間も長くなる。

 それに比例して蓄積される肉体および精神的疲労が原因で人が次々やめてしまう為、いつも募集の張り紙を出したままらしい。

 それを聞いて正直一瞬たじろいだものの、結局私はこの診療所で働くことに決めた。

 決意を後押ししたのは、極度の貧困と院長の好意だ。

 私が宿代さえ満足に持っていないと知った院長が、使われていない病院の倉庫を寝泊まりに使えと言ってくれたのだ。

 マットレスと毛布しかない寝床は多少窮屈だが、野営に比べればずいぶんとマシだし、なによりタダと言うところがいい。

 今思えばより長い時間仕事をさせる為に囲い込まれたのではと思う瞬間もあるが、お金もすることもない身には多少忙しい方がいいと思った私は、早速その日の晩から診療所に転がり込んだ。

 仕事が始まったのは翌日の早朝からで、私にまかされた仕事は受付と会計が中心だった。

 他にも患者の情報が記された『カルテ』と呼ばれるの書類の整理や診療所の掃除など様々な雑務はあったが、治療に携わる訳ではないので忙しくても気が楽だ。

 常に診療所にいるので、勤務時間外にもかかわらず仕事が回って来るという弊害もあったりしたが、その分仕事も速く覚えられたので、新米の私には丁度良かったとも言える。



 そうこうしているうちに2週間がたち、受付業務や雑務にもなれてきた頃、あの事件は起こった。

 あれはたしかエンテイアの祝日を翌日に控えた深夜2時過ぎのこと、倉庫で仮眠を取っている私の所に治癒術師のエイナ先輩が突然やってきたのだ。

「ごめん、ちょっと手が足りないから入って貰える?」

 診療所で働く人たちの中で一番としが近い同棲はこのエイナ先輩で、私達は良くご飯を食べに言ったりお喋りすることが多かった。その関係で彼女の手伝いをすることも多かったから、こうした呼び出しは既に慣れっこだった。

「急患ですか?」

「うん、その上受付で待ってる患者さん達も軒並み症状が重いみたいで捌ききれてないの」

「了解です、すぐ支度しますね」

 エイナ先輩の表情から察するに、どうやら今夜は患者の数が多いらしい。

 深夜も受け付けている診療所がここしかない為か、急患が重なり酷く忙しくなる日があるのだ。

 受付にたてば、案の定待合室は患者とその付き添いで埋まっており、その顔色は素人目に見ても悪いと分かる。

 その上どうやら単純な風邪や怪我が彼らの不調の原因ではないらしく、息が詰まるほど空気が淀んでいた。

 正確には、よどんでいたのは空気ではなくその場に満ちる魔力。

 普段なら治療の妨げにならないよう、診療所では治癒術が一番効率的に発動する聖魔力のみを循環させている。

 故にこうした人に害を及ぼす淀んだ魔力は外に排出されるはずなのだが、今日に限ってはその循環が上手く機能していないように思えた。

 肌を刺すようなピリピリした痛みをも伴う淀んだ魔力は、患者だけでなく治療に当たっている治癒術師や受付の事務員にまで影響をでているようで、周りを見れば皆一様に顔が土気色になっている。

 何かがおかしい。

 そう気づいたのと同時に、私は反射的に魔力の淀みに目と耳を凝らした。

 人には隠していたが、私は人より魔力の流れに聡い。故に治療が出来ない分、その部分で何か手助けが出来ればと私は思ったのである。

 不快なよどみに目をこらせば、原因はすぐに分かった。

 入り口に一番近い長いすに座っている男性。酷く青い顔で胸を押さえている彼が、この淀んだ魔力の出所だった。

 人の体というのは常に魔力を発している物で、病や魔法にかからないかぎりその魔力は何の要素も持たぬ物、つまり『無』の魔力だと言われている。

 しかし男からでているそれは酷く重く、目をこらせば僅かな揺らぎさえもが見えた。

 これは多分『闇』もしくは『風』の要素を持つ魔力だ。そしてそんな魔力が、この空間の魔力を汚し濁していくのを私は肌で感じる。

 とにかく彼を隔離して、彼の魔力を濁している要素を取り除かなければ周りにいる患者達まで危ない。

 そう思った私は、近くにいる治癒術師に声をかけようと辺りを見回した。

 そのとき丁度、目があったのが『彼』だった。

 奥の診察室から大股でやってきた彼はこの診療所一の腕利きで、そんな彼ならばこの魔力の変化に気づいてくれるのではと思ったのだ。

「あの、ローガン先生」

 おずおずと、しかし無視されないよう彼の目を見つめれば、すこし驚いた表情が返って来た。

「すまんが今は忙しい」

「すぐ、すみますので。ほんの少しだけ」

 言葉を濁されるのは予想していたので、素早く言葉をはさむ。

「あの奥の患者さん、ちょっと様子がおかしいんです。先生でなくても良いので、どなたか明いてる治癒術師の方に見て頂くことは出来ませんか?」

 私の言葉にローガンも患者に目を向けた。細められた目は不機嫌な色に揺れていて、私は怒られるのではと少しだけ後悔する。

 だからうっかり、私はそこで言葉を付け足してしまった。

「あの患者さんから流れ出る魔力がおかしいんです。歪んでいて、それが周りにも影響を及ぼしているようで……」

 魔力に聡いことはあまり知られたくないことだったが、この状況を黙って見過ごすことも出来なかった。

 故に付け足した一言だったが、まさかそれが後に問題を引き起こすなどこの時の私は思ってもいなかった。

「あの、奥の男か」

 私が大きく頷くと、ローガンは私にエイナ先輩を呼んでくるように伝え、患者の元へと足早に向かった。

 私がエイナ先輩を呼んできた時には既にあの患者は奥の診察室に隔離され、受付の淀みはいくらかマシになっていた。

 どうやら私の読みは当たっていたらしい。

 それにホッとしつつ受付業務に戻ると、嵐のようだった忙しさは次第に落ち着き始めた。

 そして午前3時、もう上がって良いと言う先輩の言葉に私は倉庫へと戻った。

 朝から勤務で疲れていた私は、体力の限界を感じ、倉庫に戻るなり寝具に潜り込んだ。

 穏やかな眠りは、すぐに崩壊するとも知らずに……。

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