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午前三時の回復魔法  作者: 28号
午前三時の回復魔法
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カルテ05:治せない毒

 結局、着替えを終えて診療所を出たのは、深夜4時近くになっていた。

 思わずため息をついたのは、今更ながらに彼との約束を思い出したからである。

 さすがにこの時間はもう彼も寝ているだろう。急な仕事で約束をすっぽかすことは珍しいことではないが、だからこそ私は気が重かった。

 謝れば彼はいつも許してくれる。だけど彼は勇者ではあっても怒りを知らない女神様ではない。

 いつか呆れられるのではないか、愛想を尽かされるのではないか、私は約束を違えてしまうたび、そんな不安に縛られる。

 彼と私はもう旅の仲間ではなく。そしてそれを選んだのは私のはずなのに、未だ側にいる彼に期待する気持ちは消えてくれない。だからといって自分に素直にもなれない。

 そして一番たちが悪いのは、何だかんだ言って今の生活を心の底では気に入っていることだ。

 睡眠時間をロクに取れないほど忙しくても、やっぱり私は自分の手と魔法で、人の傷を癒やす仕事が好きなのだ。そしてそんな忙しい日々の中で、時折彼が些細な傷を見せに来てくれることが、私は嬉しくて仕方がないのだ。

 だが一方で忙しさは増し、年も取り、その上睡眠不足で肌はがさがさだし髪の枝毛も増える一方だ。

 そんな女の側に、彼は一体いつまでいてくれるのかと考えるたび、私の心は重く沈む。

「シチュー食べたかったな」

 ぼそりとこぼれた独り言に無性に悲しくなりながら、私は自分の家があるアパートへ向かおうとした。

 だがそのとき、唐突に私の前に人影が立ちふさがる。

 こんな時間に外に出ている輩といったら夜盗のたぐいだろう。

 そう思うと同時に炎を発動させる魔法呪文を唱えた直後、慌てた声が私の魔力を四散させる。

「エイナ、俺だ」

 それは、今夜はもう会えないと思っていた男の声で。途端に、私は体の力が抜けてしまった。

「どうしたのよこんな時間に?」

「待っても来ないから」

 彼の言葉に私は慌てて謝罪する。

「ごめん、急な団体さんが来ちゃって」

「わかってる、だから来た」

 そう言うと、彼は何の躊躇いもなく私の手から荷物を攫う。

「お腹空いてるだろうと思って、迎えに来た」

「でももうこんな時間だし。あなた明日からまた遠征じゃないの?」

「だからこそだ」

 さり気なく手まで取られて、私はもう逃げ場がなくなってしまった。

「シチューが残ってしまうだろ」

「捨てればいいのに」

「エイナのために作った物は捨てられない」

 町の街灯に照らされた彼の顔は酷く優しくて、だからうっかり泣きそうになってしまった。

「そう言うこと、息吐くみたいにするっと言わないで」

「事実を口にしたらまずいのか?」

「あんたの事実は私にとって毒なの」

 そしてその毒は、未だに解毒の仕方がわからないからたちが悪い。

「毒か……、なんだかそれも悪くないな」

「喜ぶ所じゃないわよ」

「でも毒だったらエイナに解毒の魔法をかけて貰える。俺は、エイナの魔法にかかるのが好きだから、だから毒で良い」

 どういう発想だと呆れつつも、何故だか堪えていた涙がうっかりこぼれてしまった。もちろん、彼に気付かれる前に拭ったが。

「解毒したらあんたは消えるのよ」

「俺はしつこいから、そう簡単には消えない」

 繋がれた上に指まで絡められて、私はもう今度こそ降参した。

「もういい、あんたの好きなようにしなさい」

「じゃあ家に来てくれ。ご飯を食べて、少しだけ話がしたい」

「下らない話だったら寝るからね」

「じゃあ俺はソファで、エイナはベッドで、昔野営した時みたいに一緒に、寝っ転がりながら話そう」

「話ながら寝ちゃうかもよ」

「それでも良い」

 エイナと一緒なら良いと言う言葉に、私は返す言葉を見失った。

 そんな私の動揺を知ってか知らずか、彼はおもむろに私と繋いでいた手を持ち上げた。

「あと、実は料理してるときに指を切ったんだ。だからあとで、魔力が戻ったら回復してほしい」

「わざと切ったんじゃないの?」

「わざとやるならもう少し大きい傷にしてる」

 そう言う彼に呆れながらも、私は彼と繋いだ掌に魔力を込める。

「女神の加護と癒しを」

 そしてそのままぎゅっと握ってやれば、魔法は絡んだ指を伝い、彼の傷を優しく癒やした。

「やっぱりエイナの魔法が一番好きだ。それに呪文を唱えているときのエイナは、凄く綺麗だ」

 何気ない言葉ではあったが、夜勤明けの治癒術師の体力を0にするくらいの一撃は秘めている。

「あんたって、本当に毒ね」

 思わず項垂れた私に、私の毒は穏やかに微笑んだ。

 その微笑みは忌々しいほど優しげで、だから私は治癒術師の癖に、この毒を消すことが出来ないのだ。



 午前三時の回復魔法【END】

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