カルテ04:仕事終わりの憂鬱
予想通り、満身創痍で運ばれてきた勇者と集団食中毒患者を捌き終わった時には、すでに深夜3時をすぎていた。
普段は当直治癒術師の他に、師の弟子である研修中の治癒術師がいるのだが今日に限って彼らは隣町の学会に出向いているのでいない。
故に完全に抜け出るきっかけを失った私は、結局5人の心肺蘇生を行い、19人に高位回復魔法をかけることになった。
そうこうしているうちに時間は過ぎ、そして気がつけばもう真夜中と朝の境目である。
今日は朝の9時から診察を行っていたので、さすがの私もクタクタだ。
体力と違い魔力は回復が早いとは言え、最後の高位魔法10連発がさすがにきつかった。
お陰で私の足はフラフラで、ついにキキルから「そろそろ帰らないと姐さんが死んじゃいます」と更衣室に押し込まれた次第である。
明日はまた10時から昼の診察があるし、あと1時間もすればキキルより5倍は頼りになる師の弟子が来る時間だ。
もう帰る。絶対に帰る。例え急患が運ばれてきても絶対に帰る。
治癒術師失格だと言われそうな決意を胸に私が素早く荷物をまとめていると、そこにふらりとやってきたのは師だ。
一瞬私の着替えを覗きに来たのかと思ったが、どうもそう言うわけではないらしい。
「今日は悪かったね」
本当は小言の一つでも言ってやりたいところだが、師の顔は本当に申し訳なさそうだったのでやめた。
「さすがに老師だけじゃあの数は裁けないでしょう」
「キキルがもう少し落ち着いてくれればいいんだがなぁ」
「1年前まで、治療と言ったら回復魔法か治療魔法の連発しか知らなかったんです。仕方ないですよ」
「それは君も同じだろう」
そう言って笑う師の言葉を、要領が良いだけですと曖昧に誤魔化す。
深夜も開かれた診療所。と言うだけで十分珍しいが、ここにはもう一つ他の診療所にはない特徴がある。
それは師の編み出した、黒魔術治療と言う物だ。
基本的に治癒術師が行える回復は2種類しかない。傷の再生を飛躍的に高める基本回復術。そして毒や麻痺などを治す状態回復術だ。
だが師曰く、人の体とはたった2種の魔法だけで癒せるほど単純ではない。そして体に害をもたらす物も、たった2種類の魔法で癒せるほど甘くはない。
一般的に毒と言っても、消化不全を引き起こす軽度な物から、呼吸を止める物、臓器を腐らせる物と言ったように幅広い種類がある。
そしてそれらを駆逐するには、適切な箇所に適切な処置を施すことが一番重要だ。
それを見定め、必要とあらば攻撃魔法として用いる水や雷を生み出す黒魔術をも治療に取り入れるというのが、師の編み出した新しい治療法なのだ。
実際、彼の治療は適切で回復効果が高く延命率も高い。
少し前までは毒竜の毒霧と言えば確実に死に至る恐ろしい技だったが、風の魔法を組み合わせるという斬新な治療のお陰で、今では手順さえ誤らなければ回復は容易い。
逆に斬新すぎて治癒術協会からはあまりいい目で見られていないようだが、その延命率の高さはリンドルの国王も認めており、故にあの手の重篤患者はみなこの診療所に運ばれてくるのだ。
そしてそのあまりの多さに昼間の診療では捌ききれなくなったため、現在この診療所は24時間態勢で稼働している。
とはいえ治癒術師が足りているとは言えない状況故、こうして時間外労働を強いられることは珍しくない。
「エイナには本当に頭が上がらんな」
「わかってるなら給料上げて下さい」
「来年は上げるよ」
「それ去年も言ってました」
私の言葉に師は誤魔化すように虚空を仰ぐ。それに呆れつつ、私は時計を見て、それから白衣を脱ぎ捨てた。
「それかもう少し医師の数を増やして下さい」
「春にはもう少し弟子を増やすから、少しは楽になるはずだ」
「使える弟子にして下さいね」
せめてキキル以上にと言えば、自分もそう願っていると師は項垂れた。