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午前三時の回復魔法  作者: 28号
午前三時の回復魔法
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カルテ03:嵐の夜間治療

「うわわわわ、何ですかこの団体さん!」

 やってくるなり酷く耳障りなキーキー声で叫んだのは、本日の当直治癒術師キキルである。

 妖精族である彼は見た目は10そこそこの子供だが、これでも今年20になる一人前の治癒術師だ。

 とはいえこの特殊な診療所に未だ不慣れなため、いつもいつもこの手の患者を診ると取り乱す。

 確か、前は妖精族の住む北の森林部で、日に一人患者が来るか来ないかという、小さな診療所に勤めていたらしい。それと比べたらここは驚きと血にまみれた地獄だろう。

「魔力汚染があと4人来るからさっさと支度して」

「じゃあさっさと回復魔法かけてベッドあけましょうよ」

 という馬鹿な発言に苛立ちながら、私は一番重体な勇者の前に彼を引きずっていく。

「腹部に裂傷及び左右の大腿骨損傷。脈拍呼吸共に微弱。あげくドラゴネ反応まであるのに回復魔法をぶっ放すわけ?」

「どっドラゴネ反応って…その…何でしたっけ?」

 口ごもる彼に呆れつつ、私は素早く説明を始める。

「胸部に見られる紫色の斑点よ」

「えっと、ドラゴネイト毒素が原因のやつですよね」

 ようやく頭が仕事に切り替わったのか、キキルは手際よく脈を計り瞳孔を確認する。

 だがその場をすぐに任すのは不安だったため、私はもう2つ3つ彼に質問をしてみることにした。

「毒素が人体に与える影響にはどんな物があるか、覚えてる?」

「回復及び強化系魔法を妨害です」

「それに加えて肺機能を低下させ呼吸不全を引き起こすのも覚えてるわね?」

 私の説明にキキルは大きく頷くと、背中の羽根を使い患者を処置できる位置まで飛び上がる。

「まず、毒を外に出さないと駄目ですよね。胸部に反応有りって事は心臓だから…」

「ちなみにこいつは北の山の毒竜に喰らった物よ」

「毒霧ですか?」

 頷けば、キキルは右手に風を生み出す魔力を、左手に毒を消す浄化の魔法を宿す。

「なら毒がたまってるのは確実に肺です。なのでまずは、口から魔法を送り込んでまず毒素を排除。そのあとでまず腹部の裂傷を回復魔法で一気に塞ぎます。骨折の方は状態にも寄りますが、酷くないようなら治癒能力を高める持続型回復魔法をかけて様子見ですかね」

 説明する言葉にはまだ不安な色があったが、彼の判断は正しかったので、私は上出来だと彼の頭を撫でた。

 するとキキルはようやく緊張が解けたらしく、患者の口から直接魔法を流し込む。

 その途端、患者の胸にあった斑点がすっと消えていく。

 同時に、私は腹部の裂傷にかざしていた手から、肉体の損傷を瞬く間に治す高位の回復魔法を放った。

 高位魔法の発動には高度な呪文と魔力を有するが、下っ端とはいえ勇者と共に長い旅をしていた自分にとって、これくらいは朝飯前のことだ。

 彼自身の回復はしなかったものの、修羅場に立ち会うことは多かったので持久力は身に付いている。

 高位回復魔法だろうとなんだろうと、1回くらいじゃ汗もかかない。

「さすが、姉さんの回復魔法は凄いッスね」

「褒めるのは良いから奥の患者の毒も抜いてきて。あと廊下の患者はまだ透視魔法かけてないからお願いね」

「えー、俺あれ苦手なんですよぉ」

「だからこそやんなさいよ。あんたが視覚化した画像、いっつもブレブレでホント酷いんだから」

 苦手ならなおさら場数を踏みなさいと言えば、キキルは慌ててすっとんでいく。

 口うるさい所はあるが、自分の非に気付けばそれをすぐ挽回しようとするのは彼の良いところだ。

 処置や魔法の発動も早いし、彼自身には言わないがキキルは私以上の治癒術師になるとこっそり思っている。

「ぎゃーー! 姉さん! この人心臓止まってる!」

 まあ、まだまだ未熟な点の方が多いが。

「患者を不安がらせるようなこと言わない! 今すぐ人工呼吸して、それでも駄目ならレベル2の電撃魔法を胸にくらわせなさい!」

 それでも駄目なら1ずつレベルを上げろと怒鳴れば、雷の魔法特有の肌を刺すような魔力の高揚を隣のベッドから感じる。

 しかしその直後、放たれた雷の魔法はどう見ても威力が強すぎる。

 とはいえ隣の患者は、筋肉の鎧で武装した大柄の格闘家だった気がするので、まあ死ぬことはないだろうが。

「姉さん、戻りました!」

「じゃ今すぐ毒を消して!」

 それから側にいた若い看護婦を捕まえて、残りの患者がいつ運ばれてくるか尋ねようとした。

 だがその直後、看護婦の方が私の肩を掴んできた。

「大変ですエイナさん!」

 という声を聞いた時点で嫌な予感がしていたが、ここで逃げ出すことは勿論出来ない。

「酒場で『ゴブリンの肩肉』を食べた男達が、診療所の外に押しかけてきてるんですがどうしましょう!」

「何でそんな物食べたのよ」

「珍味だという話を聞いたとか」

「珍味どころか猛毒なんだけど」

 呆れつつ外をうかがえば、大の男10人ほどがバケツを片手に吐きまくっている。

 このまま放置したいところだが、ゴブリンの肩肉がこのまま消化されると非常にまずい。

「今すぐ胃洗浄する。水の魔法と透視魔法が使える子をかき集めてきて」

 私の言葉に若い看護婦が駆け出すのを見送ってから、私はその場をキキルに任せると男達の側へと向かった。

 ゲロまみれの男の体を支えながら、私は長い夜を覚悟した。

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