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午前三時の回復魔法  作者: 28号
午前三時の回復魔法
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カルテ02:治癒術士と勇者

「紙で指を切った」

 そう言って手を差し出す友人に、私がむけるのは侮蔑の表情である。

 しかし彼はそれに反応を示すことなく、小さな切り傷のある人差し指をズイと前に突き出す。

「こんなのツバつけとけばなおるわよ」

「お前それでも医者か」

 こんな切り傷でわざわざ医者にかかるお前に言われたくない。

 それも深夜の0時に、町はずれの診療所までやってくるお前にだけは言われたくない。

 けれど彼はそんな私の苛立ちに気付く様子もなく、人差し指を差し出し続けている。

「じゃあ、消毒液でもかけとくか」

「それですむなら自分でしている」

「なら自分でしてよ」

「俺は、お前の回復魔法で治して欲しいんだ」

「嫌よ、こんな傷に魔法なんて使いたくない」

「でも凄く痛いんだ」

 そんなこと、これっぽっちも思っていなさそうな無表情で、彼はもう一度「痛い」と告げる。

 もうすぐ30になるというのに、この男は表情筋の使い方が未だにわかっていないようだ。

 顔の作りが整っているとはいえ、もう少し愛想良くしないと一生友達が増えないぞと、言ってやりたくなる。

「ただ紙で切っただけでしょ?」

「でも、最近怪我をしてなかったから」

 だからこんな傷でも痛く感じるのだと、彼は言いたいのだろう。

 口数が少ない彼の言葉を脳内補完しつつ、けれどやはり納得もできなくて、私は彼を軽く睨む。

「でも先週、西の竜王からお姫様を奪い返してきたんでしょ?」

「あのときは無傷だった」

 今まで何百という数の人間を食い殺してきた竜の王を前に無傷とは、やはりこの男はただ者ではない。

 些細な傷ばかり見せに来るから忘れそうになるが、彼はこの世界でその名を知らぬ者はいない、有名な勇者様なのだ。

 一定の武勲を立てれば誰もが勇者になれる昨今、町にはたくさんの勇者と勇者見習いが溢れている。 

 その数は膨大で、治癒術師の数より勇者の数の方が多いくらいだ。だから勇者を前にしても大した感動はないのだが、それでも彼だけは別だ。

 その他大勢に埋もれぬ勇気と実力と実績を兼ね備えた彼は、今や頭に「伝説」がつく正真正銘の勇者なのである。

 今まで倒した魔王の数は10人。同じ数だけ国を救い、それ以上の人々を彼はその剣で守ってきた。

 そんな彼と私がどうして親しいのかというと、実はこの私、下っ端ではあったが魔王を倒す旅に同行したこともある元旅の仲間なのである。

 彼との付き合いが始まったのは、彼がはじめて魔王を倒す旅に出たときの事だ。

 ここより北にある小さな町で暇をもてあましていた私を、彼が仲間に加えたのである。

 彼の同行者には私以上に魔力と外見のレベルが高い治癒術師の姫君がいたが、旅の仲間は多いに越したことはないと思ったのだろう。

 あのころは私も若く、魔王退治にもやる気があったのですぐさま契約し、私は彼の連れとなった。

 正直そのときは途中で解雇される気満々だった。そもそも自分のような下っ端治癒術師を雇う男が本気で魔王を倒すと思えなかったし、せいぜい街を2つか3つ移動しただけで旅の仲間は解散すると思っていたのだ。

 まあ実際はそのままあっけなく魔王を倒した上に、この男にせがまれるまま7年ほど彼の旅に同行するはめになったのだが。

 ちなみにこの話をすると、人々は私に賞賛の目を向ける。

 だが残念ながら、私が褒められるようなことは何もない。何せ彼は、竜王を前に無傷で帰還した男である。つまり、彼は怪我も全くしないので私の出番はほぼ無いのだ。

 宿屋のベッドの角に小指をぶつけた、とかどうでも良いことで呼び出されたりはする物の、私が魔法を使うのは、もっぱら仲間のためと言うより訪れた先で出会った怪我人達のためである。

 そんな日々を過ごすうちに時は流れ、私も気がつけば26。

 仲間として旅に同行する意味を相変わらず見いだせなかった私は、そろそろ一所に落ち着き旦那の一人でも見つけたいと思い、今はこうして東の国リンドルで雇われ治癒術師をしているのだ。

 とはいえうっかり所属することになったこの診療所は特殊な場所なので、結局落ち着くどころか私の日常は相も変わらず慌ただしい。そしてもちろん彼氏の一人も見つける暇はない。

 だからこそこうして、私はこの男を構ってしまうのだろう。

 例えそれが深夜だとしても。

「エイナ、傷が痛い」

「やっぱりここは消毒液で……」

「嫌だ、エイナの魔法が欲しい」

「でも魔力が勿体ないでしょ」

「だからわざわざ仕事終わりに来たんだ。もう患者はいないだろう」

 確かにいないけれど、ようは気分の問題だ。

 けれど彼は一歩も引かない。その上おあずけを喰らった犬のような切なげな顔をするから、私はついつい甘やかしてしまうのだ。

「じゃあ今日は特別ね」

 指先に魔力を込めてから、私は彼の指を持ち上げる。

「女神の加護と癒しを」

 魔力を呪文で増幅させ、私は指先に宿った癒しの魔法を傷口に移す。

 すると小さな傷はあっという間に消え失せ、彼は満足そうに微笑んだ。

「もう痛くない」

「うそつき」

「怪我をしないので気付かれにくいが、俺は本当に痛がりなんだ」

「その言い訳も聞きあきたわよ」

 指に宿った魔力を拭い、私は彼の手を放す。

「さあ、痛みが消えたなら帰りなさい」

「その前にお礼がしたい。だから夕食を一緒に食べないか?」

 相も変わらず話を聞かない勇者様は、唐突にそんな提案まで持ち出してくる。

 まあ食事に誘われるのはいつものことだし予想の範囲内だが、それでも話を聞かない彼に対して、素直に頷くのは癪だった。

「こんな時間に開いている店なんてないでしょう?」

「俺が作る。エイナが好きなシチューでも何でも作る」

「あんた、本当に器用な勇者ね」

「料理はエイナにだけだ」

 そんなことを息を吐くように言うから、私はいつもいつも断れないのだ。

 彼が誰に対しても紳士的で優しい言葉をかけるのは知っている。だけどそれでも、私はついつい彼の言葉に喜んでしまう。

 彼は気付いてないけれど、私はもうずっと昔から彼が好きだった。

 一緒に旅をしてときからずっと。勇者の仲間とはいえ、ただの雇われ治癒術師である私と今や伝説の勇者とまで言われるようになった彼が結ばれることはないとわかっているのに。

 何せ彼には大陸中の国王から「ウチの姫と結婚してくれ」と言われているし、金持ち貴族から毎日のように見合い写真が送られてくるらしい。

 つまり、仕事のしすぎで肌も荒れた26の女を恋人にする必要など、どこにもないのだ。

 だからこそ新しい彼氏を作ってすっぱり諦めようと、私は彼の仲間をやめたのだ。

 けれどどうも、彼はあまり友達づきあいが上手くないらしい。

 私が抜けた途端旅の仲間は解散し、彼はあろうことか「知り合いはエイナだけだから」とこのリンドルを活動の拠点に選んでしまった。

 お陰で休みが出来ると彼は診療所にこうしてフラフラやってくるため、せっかくの決意は正直揺らぎつつある。

「いつものアパートにいるの?」

「来てくれるか?」

「あと15分で仕事終わるから、そしたらね」

「わかった。じゃあ先に言って準備している」

 そう言うと、彼は治療費と称して金貨一枚を置いていく。あれくらいの手当ならただで良いのに、彼は無駄に律儀なのだ。

 そして私も、少ない実入りの所為で生活費が切迫していので、ありがたく貰っておく。

「魔法をありがとう」

 そう言って出て行く彼を見送って、私は金貨を白衣のポケットに入れた。

 それから彼が去った診察室の扉を開け、私は外を確認する。

 日によってはこの時間でも多くの患者が並んでいるが、今日は人っ子一人いない。

 久しぶりに時間通りに帰れること、そして彼のシチューが飲めることに内心ほくそ笑んでいると、唐突に背後からイヤらしい忍び笑いが聞こえてくる。

 この診療所には全部で3つの診察室と急患用の処置室があるが、医師や看護師が素早く行き来できるよう、それらは全て繋がっている。

 それを隔てているのは薄いカーテンで、忍び笑いが聞こえてくるのはそのカーテンの向こう。つまり医師か看護婦しか立ち入れない場所からである。

 この時間、診察室にいるのは私を除けばただ一人。

 そしてその相手の顔を思い出した私は、笑い声を無視することを即座に決定した。

 だが勇者同様、私の周りには空気を読まない自分勝手な輩ばかりが揃っている。

 無視していると、案の定笑い声と共にカーテンが大きく開かれた。

「愛されているのぉ」

 そう言って飛び出してきたのは、しわがれた声と顔を楽しげにゆがめたクソジジイである。

 そしてクソジジにもかかわらず、彼はよりにもよってこの診療所の院長だ。その上更にたちが悪いことに、このクソジジイは私の治癒術の師でもある。

「覗きは感心しませんよ」

「我が弟子の恋路を応援して何が悪い」

 昔から相当の変わり者だったが、それは今も健在だ。年の割に妙に若者ぶるし、人の恋を茶化してくるし、隙あらば私を含めた女性治癒術師の着替えを執拗に覗こうとまでする。

 勿論そのたびに手痛いお仕置きをくらっているが、それでもやめないという手のかかるクソジジイなのだ。

 けれど一方で、彼の魔法の腕は超がつくほど一流でもある。

 そして着替えを覗くのと同等かそれ以上の情熱を、治癒術に捧げている点は尊敬している。

 その気持ちは自分でも思うほど強いらしく、だからこそ私はここにいるのだろう。

 深夜にも関わらず明かりを消さない、この不思議な診療所に。

「それで、これからデートか?」

「食事だけです」

「二人で食事は立派なデートだ」

「でも彼の家だし」

「ならもっと親密だ」

 そう言う師の顔に呆れつつも、それが事実なら良いと考えてしまう自分が悔しい。

 だがそんなおごりがいけなかったのだろう、あと10分で上がりの時間だというのに、慌てた様子の看護婦が、急患の到来を告げに来る。

「街道を巡回中の騎士団から伝令です。西の山で毒竜にやられた勇者のご一行が、まもなく搬送されてくると」

 その上看護婦の言葉を聞く限り、相手は団体さんである。

 西の山は毒を扱う竜の巣窟になっており、勇者達の格好の腕試しの場になっている。だが危険も多く、少人数での探索を行う者はまずいない。

 少なくて6人。下手に勇者同士が徒党を組んでいたならその倍はいる。

「どれくらいで来る?」

「5分ほどです。伝令の騎士の報告によると、重度の裂傷が7名、軽度の魔力汚染が4名だそうです」

 あと全員もれなく毒状態ですと言われ、私は重い腰を上げた。

「今日の当直って誰?」

「キキルだな」

 師の言葉に、お喋りだけが得意のそそっかしい妖精族を思い出し、私はため息をついた。

「残業代お願いしますね」

「デートは良いのか?」

「帰っていいなら帰りますけど?」

 私の問いかけに、師が申し訳なさそうな顔で私の白衣の裾を掴んだ。

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