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午前三時の回復魔法  作者: 28号
午前三時の攻撃魔法
11/13

カルテ06:急患

 急患が飛び込んできたのは、ローガンを追いやってから30分ほどした頃のことだった。

 地元の騎士団に酔って担ぎ込まれたのは5名ほどの冒険者達。

 それを応対したエイナ先輩の暗い表情から、私はローガンを帰したことを後悔した。

 診療所には最低でも3人の治癒術師が待機しているが、たしか今日の3人目は妖精族のキキル先輩だ。

 彼は素人目に見ても腕が良い治癒術師とは言えず、いつもエイナ先輩やローガンにどつかれている。

 そして案の定やってきたキキル先輩は「あわわ、どうしましょうどうしましょう」と治癒術師とは思えない取り乱しぶりである。

 その上運が悪いことに院長と控えの治癒術師も隣の街まで往診中なのだ。

 勝手な判断でローガンを帰したのはやはり間違いだったと後悔し、私は慌ててエイナ先輩にローガンが自宅に帰ったことを伝える。

 けれど彼女はさして慌てなかった。

「帰るって判断したのは先生だしジグの所為じゃないわよ。むしろあのくっさい先生と一緒に看る方が苦痛だし」

「でも手が足りないですよね?」

「先生むだに鋭いからきっとすぐに来るわ。でもまあ、来るまでの間ジグにも少し手伝って貰おうかな」

 カルテの回収以外で診察室に入るのは少し気後れするが、自業自得なのでここは素直に頷いておく。

 手伝いが事務作業ではなく治療であることは想像に難くないが、エイナ先輩ならば無茶を言うことはないだろう。どこかの誰かと違い、彼女には新人事務員を気遣う優しさがある。

「奥のベッドの彼、意識があるから口頭で症状聞いて体温計って。あと様態が急変したらすぐ知らせて」

 メモを片手に言われたベッドにむかえば、そこには鎧を纏った男がひとり座っている。

 ぱっと見たところ外傷はないが、男は深く垂れ呼吸も荒れている。それに何より、纏う魔力が酷く淀んでいるのが気になった。

 魔力の乱れ方は、ローガンに目を付けられる羽目になったあの患者とよく似ている。

 そういえばあれは一体何が原因だったのだろうかと、今更のように何も聞かずにいた事を後悔した。

 治癒術師のまねごとをするつもりはないが、苦しんでいる相手を少しでも楽にしてやりたいという思いは私にだってある。

 ともかくまずは言われたことをやろう。

 そして問題があればエイナ先輩を呼ぼうと気を取り直し、私は診察台に腰掛けた患者の側に膝をついた。

「先生が来るまで、ちょっとお話できますか?」

 患者を不安がらせないよう、声はあくまで穏やかに。

 事務の先輩に教わった声音をマネしてそう尋ねると、男がゆらりと顔を上げた。

 しかしその次の瞬間、私は思わず持っていた体温計を取り落としてしまう。

「ジグ……ジグなのか?」

 青白い顔で私を見上げたのは、忘れたくても忘れられないひとりの男。

「ユイノ?」

 思わず口から出た名前に、彼――ユイノは以前よりやつれた顔を驚愕に歪めた。

 その表情に私が言葉を喉に詰まらせた直後、彼の腕が私の手首を掴んだ。

「ずっと探してたんだぞ! どうして突然いなくなったんだ!」

 予想外の言葉に、思わず息が詰まる。

 そして同時に、脳裏をよぎったのはかつての記憶だ。

 ――踊り子だから。

 ただそれだけで軽視され、嘲られ、体を貪られそうになった思い出したくもない記憶。

 それが次々とよみがえり、思わず息が詰まる。

「ジグ?」

 名前を呼ばれる度、胸にこみ上げるのは嫌悪感。

 しかしユイノはそれに気づかず、私の腕を更に強く握る。

「おいおい、ここにいるのは身動きもとれない急患じゃなかったのか?」

 そのとき、強ばっていた体と心を解したのは、不機嫌きわまりないローガンの声だった。

 それまで動かなかったのが嘘のように、ユイノの腕を私は振り払う。

「その顔、どうやら古いお友達のようだな」

 説明するまでもなくローガンは見抜き、私の隣に並ぶ。

「あんたは……?」

 ローガンからにじみ出す傍若無人な態度に、警戒心を強めるユイノ。

 さすが勇者候補の冒険者だけありその眼光は鋭い。もちろん、それ動じるローガンではないが。

「この白衣が見えないのか?」

 彼らしい人を小馬鹿にした口調で返して、ローガンはユイノの眼光をいとも簡単に跳ね返す。

 物怖じしない彼の態度を見ていると、不思議と私の方も心が落ち着いてくる。

 こんな男に動揺した自分が情けないとまで思えて、そっとため息をこぼした。

「まさか……」

 けれどどうやら、これがいけなかった。

 何を勘違いしたか、ユイノはローガンと私を交互に見やる。

「そうか、今はこいつに股を開いてるのか」

 唐突な言葉に、私は再び息をのむ。

 思わずユイノに視線を戻せば、彼はかつて私に幾度となく向けた侮蔑の眼差しを向けていた。

「じゃなきゃ、尻軽な踊り子がこんな病院で働かせてもらえるわけないよな」

 嘲りを含んだ言葉に息が詰まる。

 だが、その直後……。

「尻軽はお前だろ」

 抑揚のない言葉と共に、ユイノの顔面にめり込むローガンの拳。

 そのあまりの速さに、ユイノがベッドに倒れ込んでようやく、私はローガンが彼を殴ったのだと理解した。

「ちょ、ちょっと! 患者さんですよ!」

「患者だからって、何を言っても許される訳じゃない。それにどうせ、お前は一度も殴ってないんだろう?」

「殴る?」

「見たところ、お前とは旅の仲間だったんだろう? そしてその間、この手の暴言1度じゃ2度じゃなかったはずだ」

 見抜かれ、つい動揺してしまう。

「だから殴った。惚れた女を馬鹿にされて黙っていられるほど、俺は聖人君子じゃないしな」

 何事もないように言って、ローガンは倒れたユイノをのぞき込む。

 そこでようやく私は落ち着きを取り戻しかけたが……。

「あの、いま惚れたって言いました?」

「ああ。お前の外見は俺の性的嗜好に大変合致している。それにこの俺に臆せず、なおかつ罵りさえ口にするその性格は非常に好ましい」

 褒められてるとは到底思えない。

 けれど一方で、なぜか私の頬は激しい熱を持つ。

「じょ、冗談はやめて下さい」

「俺は冗談などいわない。とくに仕事場ではな」

 真顔で言い切り、そしてローガンは私を振り返る。

 また何か言われるのかと思わず身構えると、彼は少し呆れた表情で私を見た。

「とりあえず、気分は晴れたし治療を開始しよう」

 手伝えと言わんばかりの顔に、思わず彼の隣に並ぶ。

 するとローガンは満足げに頷き、ユイノの体に手をかけた。

「よし」

 飛び上がるほど驚いたのは、そのあとだ。

「おお、おさかんな割には小ぶりだな」

 なんと彼は、彼のズボンを一気に引きずり下ろしたのである。

 慌てて目を逸らしたが、ローガンの言葉と露出したアレは脳裏に焼き付いた後だ。

「な、なんで突然下ろすんですか!」

 抗議をしてみた物の、もちろんローガンがきくきはない。

「検証のためだ」

 言いつつ、どこか嬉々とした様子で、ローガンはユイノの股間を凝視している。

「……うん、やはりそうか! こいつとやらなくて良かったぞジグ!どうやらこの男、たちの悪い病気持ちのようだ!」

「やるとかやらないとか大声で言わないでください!」

「褒め言葉なんだから素直に受け取っておけ。こいつは相当だな、落とされた女達には同情する」

 褒め言葉はもう良いので、そろそろズボンをはかせてほしいと催促する。

 だがその直後、あたりに充満していた淀んだ魔力が、急にその濃さを増した。

「まずい、孵化したか」

「孵化?」

「この魔力の正体だ。こいつの出所は体内に生み付けられた魔物の卵なんだ」

「そんなものが、どうして……」

「人に化け、性行為を行うことで相手の体内に卵を産み付ける性悪な魔物がいる。端的に言えば、そいつと寝たんだろうな」

「うぅ……想像しただけでぞっとします」

「でも、この男はぞっとするどころか喜んで事を致したみたいだな」

 ローガンの言葉を肯定するように、ユイノの体の魔力は濃さを増す一方だ。

「助けられますよね?」

「られるが、まあ簡単ではないな……」

 いつにない弱気にローガンを見上げると、彼の顔色は少し悪い。

「孵化したとなると、魔物は血管を通してこいつの体中を這いずり回っている。そいつを取り出さなきゃならないんだが……」

「難しいんですか?」

「まず居所を探して、移動きを鈍らせる時間操作魔法をかける。その後切開して魔物を取り出すんだが、その時間操作魔法をかけるのが難しい」

 その理由は、説明されずともわかる。

 先ほどから、ユイノの体を這い回っている魔物はどうやら尋常ではない速さのようなのだ。

 先ほどは腕から出ていた魔力が胸に映り、腰を巡り足に……。と思えば首の手前に移動しているなどとにかくその動きは速い。

 そしてたぶん、そのいちを正確に把握するのは至難の業だ。

 故にローガンは鋭い眼差しでユイノの体を見つめているが、やはりどこか、その眼はいつもより精細さを欠いているように見える。

「あの、もしかして体調が悪いんですか?」

 尋ねると、ローガンは繕うことなく頷く。

「良くはないな。俺は色々と感度が良すぎて、この手の魔力に当てられやすいからな」

「じゃああの、他の先生を……」

「無理だ。むしろ孵化した時点で、ここの治癒術士では治療は不可能だ。魔物の居所を、正確に読める目を持つ治癒術士はここにはいない」

 躊躇いのない口調に、ローガンが嘘をつているのではないと私は気づく。

「じゃあユイノは……」

「あと1時間もすれば、この男の魔力を吸って成長した魔物に体を喰いやぶられる」

 医者とは思えぬ冷淡な声で、ローガンは言う。

 けれど一方で、不思議と彼の声に絶望はなかった。

「それで、どうする?」

 慌てた様子もなく、ローガンはのんびりした声で私に問いかけた。

「どうするって?」

「今までの説明を聞いて、俺の言いたいことが理解できぬほど、お前は愚かではないだろう?」

 真っ直ぐに向けられた眼差しと言葉に、私は何も返せずにいた。

 でもわかっていた。彼が言わんとしていることも、望んでいることも。

「少しだけ、時間を下さい」

 躊躇いと葛藤の末、私の足がゆっくりと出口へとむかう。

「別に急がなくて良いぞ。この男は、すこし苦しんだ方が良い」

 部屋を出て行く私を、ローガンは引き留める様子はない。

「逃げるとは思わないんですか?」

「なぜ逃げる必要がある?」

「かつての仲間が死ぬところを見たくなくて、とか」

「そんな女なら、俺のものにしたいなんて思うわけないだろ?」

 返された言葉が、なんだかもの凄く気恥ずかしい。

 そんな気持ちを気づかれる前に、私は部屋を飛び出し、寝泊まりしている事務室に駆け込んだ。

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