長老の家
長老の家は村のちょうど真ん中辺りに位置しており、街道からは少し奥まった場所に有った。
さすがにこの村の長だという事なのか、門構えの立派な他の家より一回り大きな家だ。
前を行く長老の後ろを二人に娘に挟まれるようにして歩いて来たユウとフィノは、その二人の娘に促され、家へと入った。
するとそこには意外に大きな空間があった。
広い割にあまり物等は置かれておらずガランとしているのだが、それでいてきちんと整理されているさわやかな印象の部屋だ。
長老は部屋の奥へは行かず、入口の脇の日の当たる窓際に置かれたテーブルの方へ二人を招き座らせた。
すぐに飲み物が運ばれてくる。
湯気の立つカップに入っているのは褐色の液体。香ばしい匂いはコーヒーを思わせる。
「まずはカフワでもお飲みくだされ。追々食事も出来上がりましょう」
長老が二人の前の席に着くと、二人の娘は隣の部屋へと消えていった。
別に意図したわけではないが、その後ろ姿をユウは目で追ってしまっていた。
『ユウ、何見てるの?』
フィノの声で我に返ると、フィノがユウの方を見つめ睨んでいた。
それでも念声を使ったのはフィノなりの気遣いなのだろう。
「ところで長老様。この村に若い女性はたくさんいるのですか?」
何がところでなのかしゃべっているユウ自身にもよくわからないのだが、ユウはフィノの厳しい視線を振り切るかのように長老に話しかけた。
あの声の主につながる手掛かりを得たいという思いもあっての質問なのだが、そうするにはタイミングが悪かったようで、長老は勘違いをしたようだった。にやけた笑みを浮かべている。
「ほう、連れは一人では足りないという事かの。いやいや儂もそうじゃったからの、わからん事は無いぞ」
どうやらユウがフィノ以外にも女性を求めているとでも思ったようだ。
もちろんユウの真意はそんな所にはない。長老の話に割り込むようにして慌てて弁解する。
「ちょ、ちょっと、長老様。違います。へ、変な事を言わないでください」
そんなユウとは対照的に長老は落ち着き払っている。ユウが何を慌てているのかわからないという様子で、さらに話を進めてくる。
「我が孫達などはいかがですかな?」
「孫達?」
「今お主達をここに案内した娘達の事じゃ」
なるほど、彼女たちは二人とも、見かけは長老とは大きく異なるものの、その立ち居振る舞い等はどことなく長老を思わせるものもあった。
『ユウ、そうなの?』
フィノが口には出さずに念声で聞いてくる。
「ち、違います。そう言う事では無くて、と、言うより他に妙齢の女性はいないのかと…」
「ほう、我が孫達では気に入らぬと申すか。あれはあれでなかなかの器量だと思うのだがのう。お眼鏡には適いませぬか」
「そ、そうではありません。探している人がいるのです」
これ以上話が妙な方向に進んでしまっては敵わない。何とか自分の言いたい事をわかってもらおうとユウは必死になった。
「何?探し人とな」
それが功を奏したのか、長老はユウの言葉に興味を示したようで、長老の声のトーンが変わった。という事は今まではからかっていたという事か、と少しムッとしたユウだったが、せっかく進みかけた話を元に戻すのもばかげているので、そこは我慢して話を進める事にした。
「はい。ここへ来る前に、私の頭の中に若い女性の助けを求める声が聞こえたのです。私達はその女性を探しています」
「ほう、頭の中とな?」
長老が普通に聞き返してくる。ユウとしてはあまり驚かさないよう注意して話したつもりではあったのだが、それでも訝しがられるのではないかと思っていたのだ。
しかし、意外な事に長老はそんなに驚いていないようにみえる。
なので、もう少し話してみる事にした。
「ええ、耳で聞く声ではなく、頭の中に直接聞こえる声なのですが、はっきりとこちらの方向から聞こえてきたのはまちがいありません」
長老は真面目な目でユウの事を見つめている。先程までとは目つきが違う。
「ふむ、昔、言葉ではなく念じる事で話が通ずる者がおると噂で聞いた事はあるが、まさか本当にそんな声が聞こえる者がおるとはの。じゃが、孫達にそんな力は無いし、この村には孫達以外に若い娘はおらん。おるのはあれの母親以上の年の者ばかりじゃ」
長老はそう言って軽く目を伏せた。
今までの経験から助けを求める者には特別な能力は必要ないようなので、長老の言うように念声での会話が出来る者でなくともその声が聞こえてくる可能性は高いのだが、そもそも肝心の若い女性がいないのでは、百パーセントとは言えないものの、残念だが声の主はこの村にいないと考えてよさそうだ。
「そうですか…」
少しがっかりしたユウに長老が問いかける。
「その声はお主が何処にいる時に聞いたのじゃ?」
「直近に聞いたのは、森を出てすぐの頃に街道をこちらに向かって歩いている時です」
「実りの森の街道か?」
「はい。そうです」
「では、声はその場所でこの村の方角から聞こえたというのじゃな」
「はい」
長老は腕を組み、しばし考え込んだ。
しばらくして、さらに尋ねてくる。
「……。その声は遠くても聞こえるのか?」
「よくわかりませんが、恐らく距離的には遠くても聞こえると思います。でもどのくらい遠いのかはあやふやでわかりませんでした。わかったのはその方向だけです」
「なるほど、では、この村よりももっと遠くから聞こえたかもしれんという事じゃな」
「そうなりますね」
それを聞いて長老は大きく一つ頷いた。
「ならば、リスティの街の者かもしれん。実りの森とこの村を結ぶ線の延長線上にあの街はあるからの。ただし、住んどる人の数は此処とは比べ物にならんのだが…」
「リスティか…」
それはオルシェからも聞いていた町の名前だ。近くで済めば楽だったのだが、やはりそんなに簡単には済まないらしい。さらなる声の主の手掛かりを得る為にはリスティに行かなければならない、と言う事だ。
その時、例の娘達が入口から顔を出した。その向こうから美味しそうなにおいが流れてくる。
「お爺様。お食事の準備が出来ました。お持ちしてもよろしいでしょうか?」
「おお、出来たか。なら話はひとまず後にして食べる事にしようかの」
ちょうどそのタイミングでフィノのお腹の鳴る音が聞こえてきた。ユウは長老の言葉に甘えて御馳走になる事にした。