霧の森
それから少しして、森は何処からともなく流れてきた霧に覆われ、あまり視界が利かなくなった。
それでもまだ最初の内はある程度先が見通せた事も有り、しばらくはユウの感覚を信じて先に進んでいたのだが、霧が深くなるにつれ馬の足元くらいしか見えなくなるに至り、安全を考慮し、たまたま見つけた四人で手を繋いで囲んでもまだ届かないくらい大きな木の、人の背丈ほどの高さに開いた洞の中で休む事にした。
その木の下に馬を繋ぎ、まず最初にユウが洞の中へと入ってみる事にする。
洞の中は思ったよりも高さのある広い空間になっていた。
立てかければラビアローナの槍でさえ持って入る事が出来そうなくらいの高さがある空間だ。
しかも、冷たく湿った空気も洞の中までは入って来ない様で、意外に暖かくて心地よい。
武器を持って入れるのは、湿った霧に晒されずに済むという意味でも有難い。
そんな事を考え、ユウが洞の中で少し考えを巡らせている間に、アーダ、フィノ、ルティナと次々に洞の中へと入ってきた。
皆、武器は入口の脇に立てかけ、身一つで入ってきているのだが、全員が入る余裕はさすがにない。
残念ながら洞の底には四人がくつろげる程の広さまではなさそうだ。
だが一人抜ければなんとか三人が横になれるだけのスペースは作れる。
なので、ユウは三人を残し、自分だけ洞から出て行こうとしたところで、後ろから延びて来た複数の手に身体中を掴まれ、強引に引き戻された。
「何処へ行くつもり?」
「一人だけ外に出るのは良くないです」
「外はもう真っ白だぞ」
口々にそう言われ、洞の底に引き倒される。
底には枯葉が溜まっていたため、別に痛くは無かったのだが、そこへ三人が更に迫って来た事で、ユウは三人に押しつぶされるような格好になってしまった。
「ちょ、ちょっと。重いよ、重い」
ユウはそれを何とか引き剥がそうとするのだが、如何せん狭くて身動きが取れない。
それをいいことにフィノがしがみつくように抱き付いて来る。
「ダメ、私はここを離れない」
ここのところ、ルティナかアーダと一緒ならという条件は付くものの、ようやくユウと離れて眠る事が出来るようになってきたフィノではあるが、それでもユウといるのが一番なのは変わらない。
この状況を利用して、落ち着くポジションを確保するつもりのようだ。
次いでルティナが少し控えめにフィノとは反対側のユウの横へと滑りこんでくる。
「私もです。だいいち、今外に行出ても何も見えませんよ。気配ならここでも探れますし、霧に濡れる事も有りませんから、ここで霧をやり過ごした方がいいです。ユウ様だってそのつもりでこの中に入ったのでしょう?」
しかも、冷静にユウの考えていた事を言い当てている。
「それはそうだけど、ちょっと狭そうだし…」
それでもなんとか言い訳しようとするユウの上に、今度はアーダが覆いかぶさってくる。
「スラムの寝床に比べればここは全然狭くないぞ。それに、そんな事はユウと一緒なら全く気にならない」
その言葉にフィノが素早く反応する。
「あっ、アーダずるい。それは私が言いたかった事」
「あたしはあたしの気持ちを行っただけだろ。フィノの思いはフィノの思いであたしも尊重するけど、あたしはあたしの気持ちを偽るつもりはないぞ」
一番小さいアーダだが、自分の主張はしっかりする。
しかもそれを偉そうな口調で話すのだが、しかし、フィノやルティナの事をないがしろにするような真似はしないので、三人の関係は悪くはない。
特にルティナはいい緩衝役となっている。
「まあまあ、二人とも喧嘩は良くないですよ。私だって気持ちは二人と一緒です。だからユウ様、ユウ様は少しくらい窮屈だからといって、私達から離れてはならないのです」
そのルティナも最終的には、ユウの意見を聞く事も無く、そう結論付けて身体を預けてくる。
ユウとしても、この状況が嫌な訳はない。
フィノやルティナはもちろんの事、偉そうな態度を取るアーダにしても、小さな身体で威張っている姿は、なんだかとても愛らしい。
三人に身体を預けられ、物理的に動けなかった事も有り、ユウはもう動く事を諦めた。
時間的にこのまま休んでしまってもいいような気になってくる。
皆もそれを感じ取ったのか、体を伝ってそれぞれの安心する気持ちが伝わってくる。
それはユウにとっても心地よい感覚だった為、そのままじっとしている事にした。
少しして、フィノの可愛らしい寝息が聞こえてきた。
久々にこれだけ密着した状態となった事で、安心したフィノは眠くなったのだろう。
それにつられたのかルティナもうとうとしているのがわかる。
対してユウは妙に意識が冴えていた。
全員が眠ってしまうと危険だという事も有るのだろうが、下には馬が繋がれているので、何かあればその反応でわかるはずで、深く眠りすぎなければ問題ない。
なので、眠ってもいいはずなのだが、何となく眠れずに小さく視線を動かすと、そこにいたアーダと目が合った。
そのままじっと見つめていると、アーダが一言小さく言った。
「なんだよ」
そして、言ってからプイッと顔をそむけた。
だが、身体は動かさない。
狭い為動かせない事も有るのかもしれないが、それ以前に動く気がなさそうだ。
「別に、なんでもないよ」
ユウが静かにそう言うと、アーダも静かに言い返してくる。
「あたしの事なんて見ても仕方がないだろ。フィノやルティナの寝顔を見た方が目の保養になるぞ」
アーダはそう言いながら、フィノとルティナの顔をそっと窺った。
アーダがあまり大きな声を出さないのは、どうやらフィノとルティナを気遣っての事らしい。
「アーダだって子供らしくてかわいいぞ」
「へっ、こんな悪がき、可愛くなんかねえだろ」
そんな小さな悪態も、小動物が虚勢を張っている様で可愛らしい。
ユウは腕を動かし、ルティナの頭越しにアーダの身体をそっと撫でた。
アーダの肌は撫でると少し引っ掛かるような抵抗があるのだが、それでも気持ちよさげに大人しく撫でられている。
「どんなふうに成長するか楽しみだしな」
そんな風に思っている事も本当の事だ。
ユウはアーダが無抵抗でいる事を良い事に、調子に乗ってアーダの背中から首の辺りにかけてを撫でまわした。
少しして、アーダは不意にユウから少し身体を離し、ユウの事を睨みつけた。
「ユウのすけべ。…。でも、…ありがと」
そして、表情を緩めユウの胸に顔を埋めてくる。
ユウはその身体から暖かな鼓動が伝わってくるのを感じていた。




