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森の外

翌日、ユウとフィノはオルシェの案内で森を出た。


といってもオルシェに同行してもらった訳ではない。

当初オルシェは森を出る所まで送って行くと言っていたのだが、ルゲラの様な輩にまた襲われたのでは元も子もないという事で、ユウが辞退したのだ。

いくら森の妖精でも、森の住民については排除できないらしく、彼らが悪さをしたからと言って、例えば彼らを何処かへ吹っ飛ばすなどと言う事はできないのだそうだ。


とはいえ森に住む者は皆妖精に敬意を払っている為、少なくとも今まではそんな輩はいなかったらしいのだが、せっかく助けたというのに森の外まで送る途中でまた攫われたのでは意味がない。

そこで、出来る所までオルシェがユウに念声で指示して森の外まで導く事となったのだ。しかも、念声は森の勢力範囲内では遠くに離れていても通じるようで、おかげでオルシェの指示はきちんと届き、迷うことなく森の外まで出る事が出来たという訳だ。


森の外に出たといっても、そこにいきなり街が広がっている訳ではなく、ユウから見ればむしろそれまでの森とあまり変わりのない風景が広がっているだけだった。

それでもよく見ると生えている木の種類などが異なる等、オルシェの森とは異なる点がいくつかあり、その事がオルシェの森の勢力外である事を表しているらしかった。


そして何よりもオルシェの念声が聞こえなくなった事が、その事実を告げていた。

今いる場所からはまっすぐ進めば街道に出る、と、少し前にオルシェの声で教えられているので、その事についてはあまり心配していないのだが、オルシェの声が聞こえなくなった事は少し寂しかった。


「また、二人っきりだね」

オルシェの声がしなくなった事を教えられたフィノがユウに話しかけてきた。

それまではオルシェの指示を受けているユウを邪魔しないようにと話しかけるのを我慢し黙っていたのだ。


「そうだね。でも、こうして口に出して話ができるのは有難い事だね。オルシェ達に感謝しなくちゃ」

念声での会話はそれはそれで便利だが、それだけだと全く声を発しないので、声が出なくなってしまったような錯覚に陥るし、聞こえる音も静かすぎて違和感がある。

その点言葉に出してする会話と言うのはしっくりくるし、コミュニケーションも取りやすい。


「本当、ユウとこうして会話できるなんて夢みたい。ユウの念の声が聞こえた時もうれしかったけど、こうやってユウと話ができるなんて…、すっごく嬉しい」

フィノが少し袖をまくると、腕に埋め込まれた「精霊の涙」が緑色の光を放った。それを撫でながらフィノは言う。


「ユウは私の救世主。あの暗闇の中にいた時、私はもう二度と誰とも会う事も無く、孤独のまま命を終えるのだと諦めていた。ううん、諦めきれなかったから、気が狂いそうだった。それをユウが救ってくれた。あの暗闇から助け出してくれた。それだけでも充分嬉しかったけど、声を出して話が出来なかったのは少し、ほんの少しだけ寂しかったの。でも、今こうして話す事も出来るようになって…。なんだか夢みたい」


フィノの暗闇恐怖症はこれでも少しづつ良くなってきている。

最初の頃は目を瞑るだけで震え出していたし、何かを思いだし暴れ出したりして厄介だった。それが、ユウの手を堅く握りしめたままだとは言え、こうしてあの時の事を自ら話す事が出来るくらいにまでなっているのだ。

ユウはその事がうれしかった。


しかし、だからと言って深く突っ込んだりはしない。あの暗闇に閉じ込められる前はユウとは違う世界にいたらしいという事は知っているのだが、具体的にどんな所に住んでいたのか、何故あんな場所に一人閉じ込められていたのかなど、ユウは全く知らない。

聞きたい気持ちはあるのだが、フィノがその事を話せるくらいに回復するまで待つ事にしている。

それはそれとして…


「フィノ…」

ユウははにかむように俯いているフィノに話しかけた。


「なあに?」

フィノが期待に満ちた眼差しでユウを見つめてくる。


ユウはその視線から大げさにならないよう少しだけ目を逸らし、小さな声で言った。

「…痛い」


ユウのその言葉を聞き、慌てて握っていた手を放すフィノ。

「ご、ごめんなさい。つい、力が入っちゃった」

言いつつ、今度は強く握りしめすぎないよう注意しながら、すぐにユウのもう一方の手を握る。今はどうしても手を放したくないらしい。


「大丈夫。気にしなくていいよ」

そうは言ったものの、ユウの手は痺れて感覚が無くなるくらいにはなっている。

しかし何も無かったかのように振る舞い、フィノに笑顔を向けた。

「もうすぐ道に出るはず…だ…」


そんな会話の途中で、突然、ユウの頭に声が響いてきた。

『誰か、助けてくれ。俺の事をここから出してくれ』

いやにはっきりとした男の声だ。


ユウの変化に気が付いたフィノはいつもどおりにすぐに黙る。

が、少し様子がおかしい。ユウと同じように辺りを見回し始めている。

「フィノ、どうした?」


ユウの問いかけにフィノは森のとある一角を指さした。

「何か、向こうの方から声が聞こえた気がするの」


「フィノも声が聞こえるようになった…とか?」

もしかしたらフィノにも助けを求める人の声が聞こえるようになったのかと思ったユウだったが、どうやらそういう事ではないらしかった。


「ううん、違うの。念の声じゃなくって、本当の声。多分この石のおかげなんじゃないかな。男の人の声みたいだった」

フィノが腕に埋まった「精霊の涙」をユウの方に向けている。


「そうか、たぶん近くに誰かいるんだ」

だからフィノにも声が聞き取れたのだ。


「行ってみよう」

ユウが言うよりわずかに早くフィノは既に動いていた。

あっという間に木と木の間を駆け抜けていく。あれだけこだわって繋いでいたユウの手もいつの間にか放している。


『気をつけろよ、フィノ』

ユウがそう呼びかけた直後、


『あっ!』

フィノが一声上げて静かになった。


『どうしたフィノ! 何があった!』

ユウが焦って呼びかけるが、しかしフィノの返事はない。


『フィノ! 大丈夫かフィノ! どこにいる!』

ユウはフィノの走った後を追いかけ、木々の間を駆け抜けた。


そして背の高い木々の間をあと少しで抜けようとするその直前、

「ユウ、ダメ! 止まって!」

フィノの叫ぶ声がして、ユウは急停止した。


その目の前に直径三メートル程の深い穴。

足元の石がパラパラと音をたてて落ちていく。


「フィノ! ここか? この中に落ちたのか?」

ユウが下を覗き込み、穴に中に向かって声を投げかけるが、その中は暗くてよく見えない。


しかしその穴の中から意外に元気な声が返ってきた。

「大丈夫! ユウ、ちょっと下がってて!」

その言葉に従いユウが一歩下がると、


 ダン!、ダン!、ダダン!


派手な音と共に、その穴の中からフィノが飛び出して来た。

光の加減があるとはいえ、底が見えないくらい深い穴の底から飛び出してくるフィノの運動神経にユウは改めて驚愕するが、当のフィノは息一つ切らしていない。


「ちょっと油断しちゃった。こんなところに落とし穴があるなんて、ずるいわよね」

フィノが落とし穴を睨んで言う。落とし穴を睨んでもどうにもならないのだが、何かに怒りをぶつけなければ気が済まないようだ。


そんなフィノの頭を撫でて宥めつつ、ユウは穴を覗き込だ。

「これ…、どのくらい深いの?」

するとフィノは少し考え、ユウの方を向いて言った。

「うーん、わかんない。私、途中で何とか止まったから、一番下までは行ってないし…」


初めにユウが穴を覗き込んだ時、フィノの姿は見えなかったので、フィノはそれなりに深い所まで落ちていたはずなのだが、それでも底までは落ちていなかったらしい。

だとするとこの穴は一体どれほど深いのだろう。

ユウがそんな事を考えていると、辺りに助けを求める男の声が響いた。


『誰かいるのか? お願いだ、助けてくれ』

ユウの頭の中で響く念声と同時に、すぐ近くから肉声でも同じ言葉が聞こえる。


「ユウ、あの声って、この穴からした訳じゃないみたい」

フィノの言う通り、声は目の前の穴の奥から聞こえて来た訳ではなかった。

おかしいと思ってよく見ると、周囲に似たような穴がいくつも空いているのがわかる。


「こっちだ」

ユウはその中の一つに駆け寄った。


そして穴に向かって叫びかける。

「おーい! 誰かいるのかー」

ここまで来れば、念声を使って話しかければそんなに大声を張り上げなくても済むはずなのだが、ユウは何となく勢いで肉声で声を掛けていた。

フィノと同じで話す事ができる事が嬉しかった所為かもしれない。


「ここだー。頼む、引き上げてくれ!」

穴の中から男の声が帰ってくる。念話で聞いた声と同じ声だ。


ちなみにユウには同時に念話も聞こえている。しかし、耳から入ってくる言葉の印象の方が大きく、同時に聞いた場合には肉声の方が優先する様に感じていた。


「ちょっと待ってろ! 何とかする!」

取り敢えず穴に向かってそう言ったユウだったが、実際にどうしたらいいのかはわからなかった。

辺りを見回してみても、使えそうなものは見当たらない。


『ユウ、行くね』

突然、フィノが念声を使って一言ユウに声を掛けた。

その声でユウが振り向くと、フィノが目の前の穴の中へと飛び込んでいく所だった。


『おい、フィノ。何するんだ』

ユウがそう言って手を伸ばすが、フィノはそれをすり抜けるようにして穴の中へと消えていく。


『出る方法はさっき試したから大丈夫。だから、ちょっと待ってて』

穴の中からフィノは念声でそう答えてきた。


そして、少しの間の後…。

「誰、おまえ、どこから、えっ、ええっ、おおおおー」

男の野太い叫び声が穴の奥から急激に大きくなってくる。


直後、革の鎧を纏った大柄な男が穴から飛び出し、低い木の高さくらいまで飛び上がった後、ゆるい放物線を描いてゆっくりと落下へと転じ、そのまま尻餅をついた状態で地面に落ちた。


「い、痛ててて」


男が腰を擦り、しりもちをついた時に瞑ってしまっていた目を開けようとする。

その直前にフィノは穴から飛び出してきて、ユウの隣に降り立つと、念声を使って声を掛けた。

『後はよろしくね』

フィノは全てユウがやった事にするつもりなのだ。


確かに目の前の大男を、可愛らしい女の子がこの深い穴の底からぶん投げた、などと言っても信じられないだろうが、かといってユウの様な見るからに非力な男がそれをやったといっても大して変わらないような気がするのだが…。


それでも、フィノがそう言うのならと、ユウはフィノがやったという事は黙っている事にした。か弱い女の子を演じたいという女心かもしれないし…。


なるべく平静を装い目の前の男に話しかける。

「お怪我はありませんか?」


男は目をつむったまま立ち上がり、それからゆっくりと目を開いた。

「ああ、大丈夫だ」

男はそれでもまだ腰の辺りを擦ってはいたのだが、立ち上がったその姿を見る限り大きな怪我はなさそうだ。


「すまねえ。助かったよ。俺はラーツ。今は無職だが、あちこち渡り歩いて傭兵をやっているんだ。街道を行っていたつもりなんだが、気が付いたらこんな所に迷い込んでいて、しかも何の穴だかわからねえが巨大な落とし穴に落ちちまった。あんたが通りかからなかったらのたれ死んでいたかもしれねえ。本当に助かった。ありがとう。礼を言うよ。……。しっかし、おめえ、すげえ力だな。この俺をあんな風にぶん投げるとは…」


ラーツは自分を助けたのはユウだと思い疑っていない。

ユウはフィノをチラと覗き見てみるが、にこやかな笑顔を振りまいているだけで無関係を装っている。


「まっ、まあ…ね。たまたま上手くいっただけだよ」

「いいや、たまたまじゃああんな風には投げられねえ。あんた凄いよ。何なら一緒に傭兵やらねえか?」

「いや、俺はそう言うのは苦手だから…」

ラーツの勢いに押され気味になってしまったユウだったが、さすがにそれは受ける訳にはいかない。なのでやんわり断ると、ラーツは意外にあっさり引き下がった。


「そうか、それは残念だな。まあ、そんな可愛い彼女を連れてちゃあ傭兵はできないのも当然か」

どうやらラーツはフィノの姿を見てユウの事を強く誘うのを止めたようだ。

いくら世界が違うとはいえ、確かに彼女連れの傭兵などいないのだろう。


「とにかく、街道まで出てしまいましょう。でないとまた、落とし穴に落ちかねません」

ユウはまずはちゃんとした道に出ることを提案した。

そうしないと、せっかくオルシェに聞いた方角もわからなくなってしまいそうだったのだ。


今なら辛うじて街道の方向はまだわかる。しかしこれ以上うだうだしていると、下手をすると元の森の中へと戻りかねない。そうなったとしてもオルシェ達は怒りはしないだろうが、カッコ悪い事この上ない。


「おお、そうだ。でも、どっちに行けばいいんだ?」

これにはラーツも乗ってきた。首を伸ばし辺りを見回している。


「あそこに見えるのが街道じゃあないですか?」

後ろから、フィノが少し木々の密度がうすくなっている方向を指さして言った。

オルシェから聞いて、さっきまで向かっていたその先の方向だ。フィノもちゃんとその方向を把握していたのだ。


「そうみたいだ、行ってみよう」

そうしてユウとフィノはようやく森の外へと続く街道に、何とかたどり着く事ができたのだった。

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