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こちらの世界

フィノの儀式が終わると、オルシェは約束通り手料理を御馳走してくれた。

いい匂いがしたのはやはり食べものの匂いだったのだ。


食事はユウにとってもフィノにとってもとても美味しいものだったので、ユウもフィノもお腹いっぱいになるまで食べまくった。

出会って以来今までフィノは食べ物の事で不満を漏らした事など一度も無かったのだが、やはり美味しい物は食が進むのだろう、ユウが初めて見る食べっぷりで、そんなフィノを見ているだけでユウは何だか幸せな気分になれた。


そんな夕食の時間も終わり、ユウとフィノが食事の余韻を楽しんでいる所へ、片付けを終えたオルシェとラルシェがいい香りのするお茶を持って戻ってきた。

「狭い場所ですが、今日はのんびりして行ってください」


ユウとフィノはオルシェとラルシェの申し出に甘え、今晩はこの家に泊めてもらう事になっていた。

それは無理にここを出ても野宿するしかなかった二人にとって有難い申し出といえた。


「大丈夫です。二人分の横になるスペースさえあればそれだけで充分です」

そう言うユウの言葉をフィノがユウの服の裾を堅く握りしめながら訂正する。

「スペースは一人分あれば充分です」


フィノはまだ、少し前のトラウマが抜け切れておらず、ユウが抱きしめている状態でないと碌に寝る事も出来ない。なので、この発言もそれ以上の深い意味があっての発言ではなかったのだが、それを聞いたラルシェは勘違いをしたようだった。


「まあ、お二人はやはりご夫婦だったのですね。どおりで仲がいいわけです」

ラルシェが満面の笑みを浮かべて言ってくるが、ユウとしては戸惑わずにはいられない。


「い、いや、そういう…」

事情を説明しようかと話し始めたユウの言葉をフィノが自ら遮って言う。


「はい。そうなんです。ありがとうございます」

思わず、フィノの事を見つめるユウ。

フィノは笑顔を振りまいている。


『いいのかよ、そんな事を言って』

ユウはそんなフィノに念声を使って話しかけた。

この声なら、フィノにしか聞こえない。


『その方が説明が楽じゃない。ユウは嫌なの?』

フィノは依然としてラルシェ達の方を向いたまま、表情は変えていない。

なのでテーブルの向こうのラルシェもオルシェもこのやり取りに気付いていないものと思われる。


『嫌じゃない…けど…』

『じゃあ決まりね』

フィノはそう言って強引にその話題を振り切ると、強引に話しを変えた。

「ところで、この世界にはあなた達みたいな妖精って、たくさん住んでいるの?」


話題を変える為だけの質問だったのだが、ラルシェはそれに丁寧に答えてくれる。

「たくさん…とは言えないかもしれませんが、大きな森ごとに…」

ラルシェが説明を始めるが、そこへオルシェが強引に割って入った。

「ちょっと待って、フィノさん」

オルシェのフィノを見る目が真剣なものに変わっている。


「…この世界って、どういう事ですか?」

フィノが困ったような視線をユウに向ける。

ユウに助けを求めているのだ。


フィノの透き通った大きな目で見つめられれば、それに逆らう事などできはしない。

ユウは、大きく一つ息を吐いてから、話しを引き受ける事にした。


「実は…、俺達はこの世界の人間ではないのです。オルシェさんにはさっき話しましたけど、俺は何故か他人の声が頭に響く事があって、その声の主の事を助けるとその人…や動物とかと話す事が出来る様になるみたいなのです。それで、ある場所でフィノと二人でいた時、突然助けを求める声が聞こえて、その声の主を探して動き回っているうちにいつの間にか元いた世界から外れてしまったみたいで、気が付いたらこの森の中にいたのです」


オルシェは驚いたのか一度ラルシェの方を見て、それからまたユウの方へと向き直った。

「じゃあ、あなた達はどこか遠くの国から来たと言う訳ではなく、そもそもこの世界の人間ではないという事ですか?」


「はい」

この森に来てまだ少ししか経っていないが、その間に起こった様々な事を振り返ってみても、ここは少なくとも二十一世紀の日本ではない事は確信できる。

ユウはこの際はっきり言うべきだと考え、言いきった。


オルシェは探るような目でユウの全身を見まわした。

「……、でも、見かけは全く変わりませんね」

「そうなのですか?俺達はまだここで人と出会っていないのでよくわかりません」


オルシェは二人の事を交互に眺めると、もう一度ユウの顔をまじまじと見つめた。そして、しばらく真剣な目で見つめた後、表情を崩して言った。

「ええ、黒い髪の人は多くはありませんが、いない事もありませんし、見た感じ違いは無いように思えます」


それを聞いたユウは、思わず笑みを返していた。

「安心しました。それなら街に行っても大丈夫ですね」


以前猫に街の事を聞いた時には、ユウはそこに住む人の事まで気が回らなかった。それでも情報を得る為にはとにかく行かなければならないと思っていたのだが、街の人と容姿が変わらないとわかった事は今後の行動を考える上でも有難い。


ユウがそんな事を考えている間に、横からフィノが入ってくる。

「オルシェさんはこの世界の人間でない私達の事をどう思います?」


フィノの質問があまりに唐突だったため、その意図を汲み取り切れず、オルシェはフィノに聞き返した。

「どう、とは?」


「その…、あまり関わりたくなかったとか…」

フィノはもしかしたら追い出されてしまうのではないかと、心配しているのだ。

ユウが常に一緒にいると約束する事で、少し落ち着いてはいるものの、つま弾きにされる様な行為に対して、フィノはかなり敏感だ。


そのフィノの不安が伝わったのかどうかはわからないが、ラルシェはすぐに反応した。

「いいえ、そんな事は有りません。あなた達が何処のどなたであろうとオルシェを助けてくれたことには変わりませんし、それに「森の標章」をお持ちという事は、この森にとって大事な方である事も間違いないでしょう。そんなあなた方に対して私達は出来る限りの事はしたいと思っています。決して関わりたくないなどとは思っておりません」


ラルシェのこの言葉を聞いてフィノはだいぶ安心したようだった。

「ラルシェさん、オルシェさん、二人ともありがとう」

フィノは二人にお礼を言うと脱力してユウに寄りかかった。

ただ力が抜けただけなのだがラルシェとオルシェから見れば、ふたりの仲の良さをアピールしている様にしか見えない。


「いいえ、お礼を言うのはこちらの方です。それに、あなた方の様な仲睦まじいご夫婦の姿を見ているだけで私達も幸せな気分になりますしね」

ラルシェの言葉にオルシェも微笑みながら同意した。

「本当、羨ましい」


ユウは言い訳する事も出来ず、ただ苦笑いをするしかなかった。

せめてもの抵抗として話題を変えるべく試みる。

「そんな事より、この近くの街について、もう少し教えてくれませんか」


ユウのそんな意図でした質問にも、オルシェは真面目に答えてくれる。

「この森から一番近い村はラープル、街ならエルバ、もっと大きな街だと多分リスティになると思います。ラープルは小さな村ですが住民は皆森を大切にするいい人ばかりです。リスティはこの森の北西にあるイリストル王国と言う人間の国の首都で、この森からだと一番近い大きな街になりますが、たくさんの人間が集まっている反面、最近は危険なタイプの人間もいるようなので、注意が必要です」


「危険なタイプ?」

「そうです。自らの富や名誉を守る名目で、力のない者を排除しようとする勢力です。少し前までは先王がきちんと統治していたのでそんな輩はほとんどいなかったのですが、先王が行方不明となり現王が王座を引き継ぐようになってから、街は荒れてしまったようなのです」


ユウはその話を聞いていてふと思いついた事があった。

「ひょっとして、先王というのは女性ですか?」

もしかしたらその先王こそが自分達がこの世界へ来るきっかけとなったあの声の主なのではないのかと考えたのだ。


しかし、どうやらそういう事ではないらしかった。

「いいえ、先王カプアと現王ラプスは共に男、兄弟です」


だとすると、残念ながらその先王とやらがユウの事を呼んだ声の主ではないという事になる。例の声はどう聞いても女性のものだったからだ。

一瞬、声の主の手掛かりがようやくつかめたと思ったユウは、そうでなかったことがわかって少しがっかりした。


落ち込んでいるユウに変わってフィノが話を引き受ける。

「この森はその王の国の一部なの?」


「いいえ、この森は人の統べるどの国のものでもありません。この森はこの森の主のものなのです」

オルシェは凛とした態度でそう言い切った。その態度からは森に住む者の尊厳のようなものが感じ取れる。


「人が攻めてきたりしたらどうするの?」

フィノはふと思いついたことを質問した。

あまり深い意味があって聞いた訳では無いのだが、しかしそれを聞きオルシェの表情はぐっと険しくなった。


「その時は私達が森の力を借りて人が森の奥まで入って来れないように細工します」

ユウにはこのオルシェの言っている事の意味は良くは解らなかったのだが、行動によっては自分達も排除されていたかもしれなかったのだと受け取った。


自然、小さく声が漏れる。

「ちょっとした選択の違いで俺達みたいな異分子も排除されていたのかもしれないな…」


ユウはふと、もし初めてこの世界に来た時に、自分達が森に敵対する者と判断され、拒絶されていたらどうなっていたのだろうと考えてしまったのだ。

その時は自分一人だけではなくフィノもいた訳で、たどり着いたのがこの森ではなくもっと辺ぴな場所へと追いやられたなら、二人とも食べる事さえ苦労していたかもしれない。そう思うと、自分の勝手な思いつきで、ただ声のする方へ歩いて来た事は思慮が足りなかったと思えてくる。


しかし、そんなユウの小さな呟きもオルシェはきちんと聞いていた。

そして、そうはならなかっただろうと言ってくる。

「森はすべての人を排除する訳ではありません。森を壊すような事さえしなければ森は人の事も喜んで迎え入れています」

そう話すオルシェからは、どこか神聖な空気すら感じられる。さすがは森の妖精だと言う所だろうか。


「なるほど、俺達森を破壊したりはしていないもんな。排除されなくてよかった」

ユウはようやく表情を緩め、フィノの方を向いた。


「はい」

フィノもやはり何か思う所があったのか、嬉しそうな表情で元気に答えてくる。


ユウはフィノのそんな笑顔を見て、気持ちが少し軽くなったように感じていた。

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