アーダ
街道との分岐点まで戻った所で、ユウはその街道をリスティの市街とは反対方向へと折れた。
目立つのを避けるために街から出てしまう事にしたのだ。
バーランド家の面々は、少しがっかりするかもしれないが、もしかしたら戻って来ないかもしれない事は、屋敷を出る前に伝えてある。
その事は彼等も了承してくれているので、大騒ぎする事も無いだろう。
北街区を抜けると、街道は道幅の狭い山道になっていた。
それを半日程行けば山腹に小さな村があると聞いているのだが、ユウはそこまではいかずに、途中にあった小さな草地の端に、落ちていた木を集めて簡単な囲いを作り、そこで休むことにした。
そして四人で輪になって座り、その子の話を聞く事にする。
ユウが助けたその子の名前はアーダ、十歳くらいの女の子…らしい。
らしいというのは、アーダがはっきりとは答えなかったからだ。
とはいえ、傷を手当した時、その身体的特徴はフィノとルティナが確認した為、間違っている事はないだろう。
アーダはこの貧民街の出身らしいのだが、両親の記憶は無いと言う。
気が付いたら一人ぼっちで、他人の食べ物を盗んだり奪ったりして、何とか命を繋いできたのだそうだ。
魔獣を狩る力があれば、狩りをして食べ物を得る事も出来たのだろうが、幼いアーダにそんなことができる訳もなく、食べ物を得る為には他人の食べ物を盗むくらいしか手が無かったというのだ。
しかし、貧民街の者達は、アーダがわずかな食べ物しか盗まない事がわかると、それについては見逃してくれるようになった。
といっても、親切でそうしてくれた訳ではない。
その代わりにアーダの事を殴るようになったのだ。
彼等も皆、貧しい者達ばかりだ。日々ストレスは抱えている。
それをほんの僅かな食べ物と引き換えに発散する事を思いついた。つまり、彼等はアーダをストレス解消の道具にする事にしたのだ。
しかしそうとわかっていても、アーダは盗みを繰り返すしかなかった。
それ以外に食べ物を手に入れる手段がなかったからだ。
そんな話をしている間も、アーダはずっとユウの腕にしがみついていた。
何が気に入ったのかはわからないが、少し前までのフィノの様にユウに寄り添い離れようとしない。
それを最初は先輩としての余裕をみせて見ていたフィノだったが、次第に我慢ができなくなったのか、アーダの肩を叩いて注意した。
「ねえねえ、その場所は今はあなたに譲ってあげているけど、その場所は私…、いえ、私達の場所でもあるんだから、独り占めしてはダメなのよ」
それでもあまり強く言わないのは、お姉さんの意地がある、と言う所だろうか。
しかし、それもそろそろ限界なのだ。
アーダはフィノとルティナに対しても、もう敵対心を顕わにはしていない。
なので激しく言い返して来る事もしないのだが、それでもユウから離れようとはしなかった。
フィノの気持ちが昂って来るのがわかる。
そこでユウは一つ提案してみる事にした。
「ねえフィノ。ここで少しアーダと二人で待っていてくれない? 俺とルティナで街に出て、アーダの服を買って来ようと思うんだけど…」
「えっ? それなら私も…」
言い返そうとするフィノを遮る様にして、ユウは続けた。
「いや、できればフィノにはここに残ってアーダの事を守ってあげて欲しいんだ。ルティナだと、俺達がいない時にルティナを知っている奴に出くわしたら面倒な事になるからさ。俺一人で行ってきてもいいんだけど、できれば、ルティナにはアーダの服を見繕ってもらいたいと思って…」
「でも…」
逡巡するフィノの目の前では、ボロ布にまみれた状態のアーダが、ユウにしがみつきながらフィノの反応を窺っている。
ユウはアーダの手をフィノの方へと導いて、フィノの腕を掴ませた。
アーダは戸惑いつつもおとなしくユウのする事に従っているが、その目はまだ疑心暗鬼だ。
「すぐに戻って来るからさ。アーダにずっとそんな服を着せておくわけにはいかないだろ、だいぶ臭うし…」
ユウとしては、アーダには少なくとももっと女の子らしい格好をしてもらいたい、という思いもあったのだが、それとは別に、アーダにはフィノやルティナともっと仲良くなってもらいたいという思いもあった。
これがそのきっかけになるのではないかと考えたのだ。
「う、うん…」
だが、フィノはまだ少し迷っているようだった。
フィノを安心させる為、ユウが更に付け加える。
「絶対にフィノの事を置き去りにしたりしないから、心配しないで」
その一言でフィノも心を決めたようだった。
「…うん、わかった。でも、早く戻って来てね」
それでもその一言を聞くまでは頷けなかったという事は、フィノの不安は完全には消えていないという事なのだろう。
二人のやり取りを見ていた所為か、アーダも特にごねたりしない。
しがみつく先をユウからフィノへと移しただけだ。
ユウは出来るだけ早く戻ってくる事を約束し、ルティナを連れて、その場所を離れた。




