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貧民街

フィノとルティナが楽しそうに話をしている間も、ユウは一人神経を尖らせていた。

声が聞こえてこない為、声の残滓とも言うべき微かな痕跡を探らなくてはならなかったからだ。


そうやってその気配をひたすら追って歩いたおかげで、ユウの感覚では声の主の居る場所のある程度近くまでは来ているという手ごたえが感じられる所まで、たどり着く事は出来ていた。

しかし、そこまできてユウは行き詰った。

もうこれ以上はもう一度声がしない限りは絞り込めそうもない。


やむなくユウは一度緊張を解いて、再び声がするのを待つ事にした。

そうなるとあとはこの辺りを自分の目で見て回るくらいしかやりようがない。


そう思って改めて見てみると、周囲は木造の半分朽ちた様な家ばかりだった。

家の前にも誰の物なのかすらよくわからないガラクタが無造作に放られていて、時には道を半分程も塞いでいる。

いつの間にかすれ違う人の身なりも、バーランド家の質素な服と比べても、もう二ランク程も落ちる、もう何日も洗っていないかのようなボロボロのものを着ている人ばかりになっていた。


そこはリスティの北街区でも最も北の端に当たる、俗に貧民街と呼ばれている場所だったのだ。

商人や旅人の通る街道から離れている事も有り、余所者が迷い込む事などほとんどない場所だ。


そんな場所をうろうろしているユウ達は、ある意味貴族達の住む地域にいた時よりも目立っている。

すれ違う人は皆、ユウ達を好奇の目で眺めつつ通り過ぎて行く。


それに気づいたユウが、一旦戻るかどうか思案していると、フィノがユウの顔を覗き込むようにして聞いて来た。

「どうしたの? 声の主の方向がわからなくなったとか?」


「うん。そうみたいなんだ。近くまで来ている事は確かなんだけど…」

「なら、この辺りを少し回ってみましょうよ」

フィノは当たり前の事の様にそんな風に言ってきた。


ユウとしてもそうする事に異存はない。

だが、この辺りにはガラの悪い男達がたくさんうろうろしている。

「最初は俺もそう思ったんだけど、なんだか危なそうな輩もいるみたいだし…」

ユウはそんな男達の方を見ないようにしてフィノに答えた。


だが、フィノは男達の事など気にしていない。

「平気よ。万が一の時は私が捻り潰してやるわ」

辺りを見回しながら平然と言ってくる。

フィノの実力を知っているユウとしては苦笑いをするしかない。


「ははは…、でもまあ、あまり目立ってしまっても良くないだろうから、この辺りを一周したら、一旦戻ろうか。ここまでわかっていれば、次に声がした時にはすぐに駆けつけることができそうだから、大丈夫だよ」

「わかった。ルティの事も有るし、あまり無理はしない方がいいかもね」


ユウの説得にあっさりと同意したフィノは、一歩下がってルティナの横に戻った。

ユウがルティナに注目が集まる事を危惧している事を察したのだ。


フィノが後ろに戻った事を確認したユウは、今まで歩いて来た道を、その先へ向かって歩き出した。

少し行くと、道幅は急激に狭くなっていた。

その先は森の中へと続いている。


ユウは森の中へは進まず、粗末なあばら家の立ち並ぶ路地へと入った。

そして、その路地を細かく曲がりながら、元来た方向に戻る事を意識しながら歩みを進める。

フィノとルティナは黙ってユウの後ろに付き従っている。


路地は細かく入り組んでいて、ちょっとした迷路のようになっていた。

だが、ユウには元来た方向が感覚的に掴めていたので、細かく曲がりながらも、その方向を意識しながら進んでいった。


とある小さな路地を曲がった時だった。

少し先にいた厳つい格好をした男がユウ達がいる事に気づき、近づいてきた。

よく見ると男のさらに先にも何人かの男がいる。


ユウの目の前に立った男はユウの後ろにフィノとルティナの姿を認め、下卑た笑いを浮かべ始めた。

それがわかった為、ユウはユウなりに警戒心を高めていった。

後ろではフィノも密かに身構えている。


ところが、男はユウの事を威嚇だけして、警戒心を顕わにするユウとフィノの横をすり抜けると、特に何も言葉を発する事も無く、去って行ってしまった。

すこしホッとしたユウが、前を向き直ると、さっきは確かにそこにいたはずの他の男達の姿も見当たらない。


少し先に脇道がある様なので、その道を使って立ち去ったのかもしれない。

などと、多少違和感を感じつつも、絡まれずに済んだ事に安堵していると、突然、弱々しい声が聞こえてきた。


『くそっ…、誰か…助け…、…いや…もういい。…あたし…このまま…』


声は男達の立ち去った後の路地のさらに先から聞こえてくる。

ユウは慌てて男達の集まっていた場所の近くまで駆け寄ってみたのだが、その先は道を進むのにも困る程の瓦礫の山があるだけで、人の気配など感じない。


その先にもかろうじて道は続いている様なのだが、何もない時なら、進むのを諦めて引き戻していたに違いないくらいの道なき道があるだけだ。

だが、声はこの先から聞こえてきた。

その声はここまで追って来た声とみてまず間違いないだろう。


ユウの微妙な態度の変化から、フィノもそれを察している。

「ユウ、声がしたのね」


「ああ、だが…」

しかし、ユウが説明しようとするより前に、フィノはもう動いていた。

気づいた時にはもう目の前の瓦礫の山に登っている。


「ちょっと待ってて」

そしてそう一言言い残し、フィノは瓦礫の向こう側へと消えて行った。

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