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妖精のお礼

ユウがオルシェから聞いた話をフィノに伝えている所へ先程の女性が現れた。

この女性がオルシェのお母さんだという事らしい。


そう思って見てみてもやはりそんな風には見えない。

お姉さんと見るのが精いっぱいだ。


お母さんはオルシェに近づくと何やら一言二言オルシェに声を掛けてから、ユウとフィノの前に立った。

オルシェが通訳してくれる。

『母のラルシェです。お待たせいたしました、と言っています』


ラルシェは先程までのオルシェと同じ薄手のワンピースから全身若草色で統一された看護士の着る白衣の様な見かけの服に着替えていた。

所々に細かな刺繍が施されていて、その部分だけ見れば豪華にも見えるが、全体的には清楚な印象の装いだ。


『大丈夫…なんだよね』

ユウはオルシェに小声で聞いた。小声と言っても頭の中で小声になったつもりで言っただけではあるのだが…。


『大丈夫、とは?』

それに対してオルシェは普通に問い返してくる。

ユウの言っている事がわからないらしい。


『いや、身体に取り込むとか言っていたから…、それに長い間やっていなかったとも言ってたし…、そもそも妖精と人間とでは違うかもしれないし…』

しかもユウもフィノもこの世界の人間ですらないのだ。

心配し始めればその種はたくさんある。


しかしオルシェは何も心配していないようだった。

『大丈夫、高い知能を持つ者なら誰でも効果は同じです』


そんな風に言われると万が一効果が無かった場合は自分には高い知能が無かったという事になるのだろうか、などと言うしょうもない考えが湧いてきてしまうユウだったが、そういう問題ではないはずだと頭を振った。

それらの話はそのままフィノにも伝えたのだが、どういう訳かフィノは平然としている。


『フィノは怖くないの?』

疑問に思ったユウが問いかけると、フィノはそんな事を聞かれるとは思っていなかったのか、一瞬ビクッと身体を震わしたものの、すぐに落ち着きを取り戻して答えた。

『ぜーんぜん。だって一人ぼっちじゃないんだもの』


平然とそう言い切るフィノを見て、ユウは心の中のもやもやが収まるのを感じた。

そう、初めてフィノの声を聞いてから今まで短い期間だがいろいろな事があった。

それを思えば、これくらいの事は大したことではない。


オルシェやそのお母さんであるラルシェは自分達に対して敵意を持っている訳ではなく、むしろ感謝の気持ちで動いている事は間違いない訳だし、もし万が一オルシェの言う通りの事にならなくても命まで失う事は無いだろう。

だから、そうびくびくする事なんてないのだ。

オルシェを見つめるユウの瞳はすっかり落ち着きを取り戻していた。


考えてみればあのまま街に出ていても言葉が通じなければ何もできなかったのだ。

逆に得体の知れない不審人物として敵視されていたかもしれない。

そう考えれば、今オルシェがしてくれようとしている事は非常に有難い事でもある。

断る理由は見つからない。


フィノはもう黙って前を向いている。

ユウは自分自身に気合いを入れる様にひとつ頷いてから言った。

『オルシェ、頼む』


『わかったわ。でも、儀式をするのはお母さんよ』

オルシェはそう言うと隣のラルシェに何やら数言話しかけ、その後、段の上から降りて部屋の隅へと下がった。

祭壇の前にはユウとフィノ、それにラルシェの三人だけが残される。


ユウの前に立ったラルシェは「精霊の涙」を一つ銀の台座の上から取り上げ、そのまま自分の額の上まで持ち上げ何やら言葉を唱え始めた。

「精霊の涙」がうっすらと光り始める。


ラルシェはその「精霊の涙」を乗せた掌をゆっくりとユウの左手の手首の辺りに近づけた。手首のちょうど腕時計を嵌める位置だ。

そしてラルシェはその手で「精霊の涙」をユウの手のその部分ごと優しく包み込むと、何やらまた唱え出した。

ユウの手首の「精霊に涙」が触れている部分が熱を持ってくるのがわかる。


少しして、ラルシェが「精霊に涙」に添えた手にぐっと力を込めた。

すると、ユウの肌に何か堅いモノが押し付けられる感覚があり、そして、その感覚は突然無くなった。

ラルシェが添えていた手をそっと離す。


するとそこには緑色の光を放つ「精霊の涙」が埋め込まれていた。

その一部が楕円形に手首から覗いている。

不思議な事に痛みはもちろん、大きな異物が埋まっているのにもかかわらず腕に違和感は全くない。ユウにとってはもうこの「精霊の涙」は自分の身体の一部の様だった。


「私の言葉がわかりますか?」

すぐにラルシェが声を掛けてくる。ユウはその言葉をしっかりと認識できた。


「わかります」

しかも聞く時も話す時も特に違和感はない。


「それは良かったです。ユウさん、娘の事をお助けいただき本当にありがとうございました。私は何よりもその事をあなたとフィノさんにお伝えしたかったのです」

ラルシェは「精霊の涙」の埋まったユウの左手を両手でつかみ、その手を握りしめるようにしてそう言った。


それを見たフィノが二人の間に割って入る。

『ユウ! 何やってるの?』


「フィノ凄いよ。本当に話しができる」

ユウはエメラルドの様な緑色の光を放つ左手首をフィノに向けて上げてみせた。


『ユウ? えっ?』

フィノはユウの返事が念声ではなく、本当の肉声で帰ってきた事に気付き言葉を失った。

しかもそれが自然に理解できるのだ。


フィノが恐る恐るゆっくりとユウに話しかけてくる。

「これって…、その緑のヤツのおかげなの?」

ユウにとってもフィノの声が直接聞き取れる事は嬉しい。肉声だと今までは何を言っているのか全く分からなかったのだ。


「ああ、ラルシェさんのおかげだよ」

するとフィノはすぐにラルシェを振り返り、ついさっきラルシェがユウの手を取ったのと同じ様に今度はフィノがラルシェの手を両手でしっかり握りしめた。


「ありがとうございます」

フィノはまだ儀式を受けていない為、ラルシェにはフィノの言葉はまだわからないはずなのだが、ラルシェはフィノの勢いに押され頷いている。

そして、ゆっくりと優しくその手を押し返した。

「次は、フィノさん。あなたの番です」


フィノがユウの方を窺っている。フィノはまだラルシェの言葉がわかっていない。

「次はフィノの番だってさ」

ユウがそう伝えるとフィノはもう一度ラルシェの事を見つめて言った。

「よろしくお願いします」


ラルシェはその様子から察したのかフィノに優しく微笑みかけると、銀の台座の上にもう一つ残っていた緑の宝玉を手に取った。

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