帰り道
その後、ユウはレダスに黒い谷の端まで送ってもらい、そこで別れる事になった。
黒い谷はその辺りでは珍しくないなだらかな丘がいくつも連なっている場所に突然現れる谷で、谷の存在はその際まで来なければわからないくらいなのだが、谷に行くまでの丘の上からは、はるか遠くまで見渡す事が出来る。
しかし逆に言えば、遠くの人に見つかりやすい場所という事になる訳で、隠れて暮らす巨人達にとっては滅多に来る場所ではない。
それもあって彼等はユウ達を降ろすと、あっけないほど早々に戻って行ってしまった。
見送るフィノは大きく手を振っていたが、フィノと親しくしていたチュラでさえ手を振り返しはしない。手を振ると余計に目立ってしまうからだ。
とはいえ彼らがユウ達三人に感謝していた事は確かだ。
その証の一つとして、レダスは倒した大蛇の皮を剥ぎ、その一部をユウに渡していった。
彼等にとっては、それなりに価値のあるモノなのだそうだ。
巨人達が上手い事丘の向こう側に姿を隠し見えなくなると、フィノがぼそっと呟いた。
「あーあ、行っちゃった」
フィノは彼等と共に狩りをした所為で、親しくなった巨人も多い。
その狩りが楽しかった事もあり、少し寂しく思っていたのだ。
「仕方がないよ、彼等は人から離れて暮らしているんだ。ここまで送ってくれただけでも感謝しなくちゃ。谷が俺達には見つけにくいだろうからって、人に見つかる危険を押してここまで来てくれた訳なんだし…」
「わかってる。ちょっと気が抜けただけ」
ユウが慰めるとフィノはユウに笑みを返したのだが、その笑顔は少し弱々しいものだった。
それを見たユウがワザと明るく切り返す。
「フィノはずいぶん楽しそうだったもんな。何だったら…」
フィノを元気づけようという意図なのだが、選んだ言葉が悪かった。
フィノはユウが最後まで言う前に、フィノにしては低い声でユウの言葉を遮ってくる。
「ユゥウ、怒るよ」
見ると、上目づかいにユウの事を睨んでいる。
こうしてみると、背中の剣が妙に怖い。
「じょ、冗談だよ」
ユウは慌てて身体の前で手を振った。
すると、フィノとは反対側からルティナも話に入って来る。
「ユウ様、私もフィノもユウ様から…」
ルティナはフィノに加勢するつもりなのがわかる。
こうなると、どう考えてもユウの方が分が悪い。
ユウはルティナの言葉が終わる前に、強引に話を切り上げにかかった。
「わかってるって、ほら、涼風たちが待ってくれているよ、早く行こう」
ちょうどその時タイミングよく視界に入ってきた涼風を利用し、話をすり替える。
そしてそのまま後ろを振り返らずに、黒い谷の縁を回り込んで駆けてくる涼風達に向かって小走りに走りだした。
ユウに置いていかれたフィノとルティナは、二人で目を見合わせ、それから同時に吹き出すと、その後二人して笑い合った。
そして、ひとしきり笑った後、フィノの、行こう、の一言で、二人連れだってユウの後を追いかけた。
涼風はユウとの約束の期日を守り、ユウを迎えに来てくれていた。
もちろん、春風と秋風も一緒だ。
少し走った事で彼等と先に合流したユウは、フィノとルティナが追いかけてくるのを少し待ち、それから三頭の馬に分乗して、リスティの街に向けて発った。
街まではかなり距離がある。
出来れば夜までにリスティの街に入りたいと思ったユウは、涼風に飛ばしてもらうよう頼み込んだ。
それは幼い子供のいる涼風にとっても有難い申し出だったので、三頭の馬は草原を全速力で駆け抜け、そのおかげでユウの望み通り、まだ日のあるうちにリスティの街を望む小さな丘の上まで来る事が出来た。
それ以上街には近づかず、彼等と別れる事にする。
街の近くまで行くと、涼風達が誰かに捕まる可能性が高くなるからだ。
『ありがとう。本当に助かったよ』
涼風から降りたユウはその首を優しく撫でてあげた。
涼風はずっと走り詰めだったにもかかわらず、意外に平然としている。
『いいえ、このくらい大したことではありません。ユウさんが乗るのがうまくなったおかげで、この前よりだいぶ楽に走れましたしね』
つまり、この前は乗り方が下手だったと言う事だろう。ユウとしては苦笑いをするしかない。
『ははは、この間は初めてで必死だったからね』
しかしこの時涼風はユウの事を見ていなかった。
その視線は春風と秋風の方を向いている。
『春風と秋風もフィノさんやルティナさんと一緒に走れて楽しかったと言っています』
そう言われてユウもそちらを見てみると、春風も秋風も其々にフィノとルティナとじゃれ合ってうれしそうにしている。確かに、彼等の相性はよさそうだ。
『彼等にもありがとうって伝えておいてね』
ユウの言葉に、涼風は頷いた。
『はい、それと、もしまた遠出をする機会があれば、私の事を呼んでください。可能な限り駆けつけさせて頂きます。もちろん、春風と秋風も一緒にです。彼等もフィノさんやルティナさんの事が気に入ったみたいですから』
『いや、それは有難いけど、今回の事で充分助けてもらったし、俺達の事はもう気にしなくていいよ』
涼風の申し出は有難いのだがそこまでしてもらうのはユウとしては気が引ける。そんなつもりで涼風のお産を助けた訳ではないのだ。
しかし、そんな風に遠慮をしようとするユウに、涼風はさらに言葉を重ねてくる。
『いいえ、こちらこそ気にしないでください。私達に出来るのはあくまでもユウさんの声が聞こえた時だけですし、それに、申し訳ありませんが用事のある時はそう言いますから』
そう言う事なら、ユウとしてもまだ頼みやすい。
彼等となら楽しく過ごせそうだし、もしかしたらそんな機会もあるかもしれない。
『わかった。じゃあ困った時はまた声をかけさせてもらうよ』
ユウのその言葉を聞いた涼風は満足そうに頭をあげ、春風と秋風に合図して森の方へと向きを変えた。
『では、また呼ばれるのを楽しみにしています』
そして一言そう言うと、森に向かって駆け出した。
その後ろを春風と秋風もついて行く。
『ありがとう、涼風』
ユウはその後ろ姿を、二人と共に手を振って見送った。




