蛇退治
翌朝、朝早く、来た時と同様、ユウがレダス、フィノがチュラ、ルティナがべティールの肩に乗り巨人の里を出た。
出発の際、なんだかんだ言いながらもカージュは里の入口まで見送りに来てくれた。
もしかしたら少し名残惜しかったのかもしれない。
森の中は軽く駆け足で走り抜け、草原に出たところからは目立たないよう走るのは止めて、慎重に歩く様に切り替える。
ユウは草原に入ると障害物が無くなるので目立たないようにするのは難しいと思っていたのだが、レダスはうまい事丘の起伏を利用して、少なくとも遠くからは見えない様に気を配りながら進んで行く。
さすがに走っていたそれまでよりはスピードが落ちるものの、ユウ達が歩くよりはよほど早いので、そう時間が掛らないうちに黒い谷に着きそうだ。
しばらくしてユウがふと振り返ると、すでに森は見えなくなっていた。
「こんな遠くまで送らせちゃってごめんね」
「なあに、ちょっと遠出をしたと思えばいいだけで、大した事は無いよ。気にしなくていい」
ユウの言葉に、レダスは、気にするな、とでもいう様に軽く手を上げた。
「でも、引っ越しの準備とか有るんじゃないの?」
「それは残った者達で十分間に合うから、心配しなくて…」
さらに言葉を重ねてくるユウに対して、丁寧に答えていたレダスだったが、話の途中で急に立ち止まり、黙り込んだ。
「どう…」
「しっ、静かに!」
レダスにしては珍しく、ユウの話を強引にさえぎり、辺りの気配を探っている。
少し後ろで聞こえていた女たちの話し声も、いつの間にか聞こえなくなっている。
チュラとべティールがレダスの様子の変化に気づき、黙ったのだ。
そして、チュラがそっとレダスの後ろに近づき、ユウの事を促してくる。
「ユウ、こっち」
只ならぬ気配にユウが素直にチュラに従うと、チュラはフィノを乗せているのとは反対側の肩の上にユウの事を導いた。
ユウは流れのままにチュラの肩の上に腰かけた。
と、レダスの身体が一回り大きくなったように感じた。全身に力がみなぎっているのが見てとれる。
何か獣をみつけたのだろう。しかもそれが、自分達の事を狙っているのだ。
物凄い迫力で前を見つめている。
ふと横を見ると、チュラが笑みを浮かべている。それだけではない、チュラの向こう側ではフィノもわくわくしているのがわかる。
「見てな。すぐ方が付く」
ユウの視線に気が付いたチュラがユウに一言そう言った。その向こうではフィノが笑顔で親指を立てている。必見だよ、とでも言いたげだ。
レダスが腰の剣に手を掛けた。
と同時に、地を蹴る、ずん、という重い音を残してレダスの姿が視界から消える。
今までにない早さでユウ達のいる場所からあっという間に離れている。
その行動からレダスが何かを狙っている事はわかるのだが、ユウにはレダスの狙っているものはわからなかった。
レダスの走っていく先に、敵と思しきもののすがたは見えない。
と、突然、地面の中から巨大な口が飛び出て来た。
目に見えない速さでレダスがそこに剣を突き出す。
が、その巨大な口は器用にもその剣を避けつつ、レダスに向かって噛みついて来る。
それをレダスはうまく躱すと、その場所から大きく一歩飛び退いた。
巨大な口がその全貌を顕わにする。
それはレダスの腕の太さほどもある巨大な蛇だった。
大きな口はレダスの頭くらいの大きさのものなら軽く丸呑みできそうにみえる。
しかも、その口の中にはびっしりと鋭い歯が覗いている。
レダスから見ても十分巨大な蛇なのだから、ユウからすると化け物にしか見えないサイズの蛇だ。
レダス達と一緒に居ない時にこの蛇に出くわしていたらと考えるとゾッとする。
蛇は恐らく地面の中で身をひそめていたのであろう。
その全身を地表にさらし、バネの様に勢いをつけて一気にレダスに迫っている。
だが、レダスには余裕があった。
体が裂けるのではないかと思う程、目一杯開けたまま迫りくる巨大な口を、寸前の所でギリギリ避けたレダスは、その口に剣を咥えさせ、そのまま一気に尾の先に向かって走り出す。
蛇が慌てて身をくねらせるが、もう遅い。その体は見事に真っ二つに裂かれていた。
ズドン、と大きな音をたて、蛇の体が地面に落ちる。
「すげえ」
思わず漏らしたユウの声にすぐにチュラが反応する。
「まあ、レダスが本気になればあんな奴敵ではないさ。私の男なんだ、当然さ」
そこへべティールがやってきて口を挿む。
「あたしの男でもあるんだがな」
肩の上にいるユウやフィノ、ルティナの事も無視して、二人の視線が交錯する。
二人はしばし睨み合い、そしてその後どちらからともなく笑いだした。
ユウは、激しく揺れるチュラの肩から、振り落とされないよう必死になってつかまっているしかなかった。




