天剣
ティラノが落ちた落とし穴にはたくさんの槍が立ててあった。
その槍で動けなくなった所をレダスの槍が止めを刺したという事らしい。
穴はカージュが掘ったらしく、持っていた大量の槍もこのためのモノだったようだ。
穴を掘るための時間はさほどなかったはずなのに、短時間でティラノがすっぽり入る程の大きな穴を掘り上げて、槍もしっかり仕掛け終わるとは、カージュもなかなか凄い男といえるだろう。
「すまん。少し読み間違えてしまった」
ティラノを仕留めてすぐに、レダスはユウ達の元にやって来て、開口一番謝ってきた。
ティラノがユウ達を襲った事はレダスの想定外の事だった。ティラノは通常視線を上には向けないからだ。
そのため枝の上にユウ達を降ろしたのだが、少し配慮が足りなかったとレダスは悔やんだ。
しかしユウからしてみれば、誰も怪我をした訳ではないので、そんなに気にする話でもない。
むしろそのティラノを仕留めた事の方が驚きだ。
「そんな事よりレダス、あのいかにも狂暴そうなティラノの事を仕留めるなんてさすがだな」
ユウの言葉に、最初レダスは少し戸惑ったような表情をみせた。一瞬、何の事を言っているのかわからなかがわからなかったようだったが、すぐにわかったようで応じてくれる。
「ティラノ? ああ、ボアリーブの事か。いや、あれくらいは当然の事だ」
レダスはあたりまえの様に言ってくるが、ユウの見た所、巨人にとってもボアリーブは決して楽な相手ではなさそうだった。なにしろ奴は全身が装甲の様な皮膚に守られているのだ。それをレダスは一撃で倒している。
「でもあれ、レダスが止めを刺したんだろう? しかも一撃で…」
ユウがそれを指摘しても、レダスの表情は変わらない。
「いや、カージュの罠のおかげで奴はろくに動けない状態だったからな、あれで仕留められなければ後で皆に何を言われるかわからない。って、ずっとそんな状態が続いてしまっていたので、あまり大きなことは言えないんだけどな。けど、今回狩りが成功したのは俺が吹っ切れたからっていうだけじゃあない。お嬢さんのおかげだ」
レダスはそう言ってフィノの事を指差した。
「私?」
急に話を振られたフィノは目をぱちぱちさせている。
確かにフィノは、結果として見れば、巨人達がボアリーブを捕らえるのを手伝った事になるのかもしれない。が、よくよく考えてみれば大した活躍は出来ていない。ほんの少しのかすり傷を負わせる事が出来たくらいだ。
フィノの戸惑っている様子を見たレダスは、フィノが手にしているフィノの背丈ほどもある大きな短剣の方に視線を移して、言ってきた。
「そう、あなたがそのケイデンの投げた短剣でボアリーブに斬りかかってくれなければ、奴はこの木の向こうに抜けてしまい、罠には誘い込めないで終わる所だった。まさか君がそれを扱う事が出来るとは思っていなかったよ」
「ああ、これ?」
フィノが右手に持った巨大な剣で軽く自分の右側の空間を薙いでみせた。
フィノがそのくらいの事をやってのけても、ユウはもう驚きはしないのだが、レダスは目を見張って驚いている。レダスだけではない、その後ろにいた何人かの巨人も驚いて目を丸くしているのがわかる。
フィノの事を良く知らなければ、自分の身長ほどもある大きな剣を軽々と振り回すフィノの姿は確かに異常に見えるかもしれない。しかし、その剣を簡単に投げる事の出来る巨人がそれ程驚くというのはユウには意外に思えた。
「フィノは俺達の中ではずば抜けて力持ちなんだ」
ユウが説明になっていない説明をすると、フィノもすかさずそれに続けた。
「うん、これ、切れ味は言い様だし、案外使い勝手は悪くないみたい。気に入ちゃったかも」
大きな剣をくるくる回し、すっかり悦に入っている。
その様子を少し離れた場所で見ていた男が、慌ててレダスに声を掛けてきた。
「おい、レダス。こいつら、一体何者だ?」
「ああ、俺もさっきはこの娘がただ木から飛び降りる時の力を利用して剣を振るったのだと思ったが、どうやらそうじゃないらしい」
気が付くと巨人たちは皆、フィノに注目している。
その様子に気を良くしたフィノがさらに大きく剣を振り回す。
ユウはレダスの言い方と皆の様子が気になったので聞いてみた。
「この剣って何か特別な剣なの?」
するとレダスはユウの方に視線を戻してから言った。
「まあな。それは我らに伝わる古い言い伝えでは、はるか昔に神が人に与えた天剣という剣だと伝えられている。なんでも人が悪さをした時に、神がその剣を人から取り上げ、それを我等巨人族が譲り受けたという事らしい。だが…、最近はそんな言い伝えは作り話だと思われていて、だから我々は狩りの時の補助用の武器として使っていたんだ。というのも、この剣は同じサイズの短剣に比べてはるかに重いからな、我々にとっては持ち手が短いのが難点だが、重さのある分、短剣にしては殺傷能力が高くて、狩りに使うには重宝なんだ。まさか人間にこれを振り回せる者がいるとは思っていなかったしな。だが、振り回せる者がいるというのなら、その伝説もあながち嘘とは言い切れないかもしれない」
フィノは剣を振り回すのを止め、足元の枝の上に勢いよく剣先を刺して仁王立ちの様な格好で立った。その反動で枝が大きく揺れる。
その揺れが収まるのを待って、ユウはレダスに聞いた。
「あれ、そんなに重いものなの?」
レダスは即答した。
「ああ、だからみんな驚いているんだよ」