巨人の狩り
ティラノザウルスは一直線にユウ達のいる樹のある方向に向かって走って来た。
「ベティ、四」
レダスの声が終わるか終らないかのタイミングで、ティラノの斜め前方に飛び出てきたべティールが槍で突く。
それを避けるとともにティラノはその走る方向を微妙に変えた。
ユウ達のいる木とその少し先にある岩の間を駆け抜けるつもりのようだ。
ユウ達のいる枝には見向きもしない事から、ユウ達の事は気付いていないと思われる。
ユウは安堵し、浮かしかけていた腰を枝の上に戻した。
その時、ティラノの体が大きく傾いだ。
別にレダス達が何かしかけた訳ではないようで、恐らくは足下の石か何かに躓いただけなのだろうが、その所為で再びユウのいる木の方向にティラノの身体の向きが変わった。
ユウ達のいる枝のすぐ下を通り抜けて逃げる事に変えたようなのだ。
「ケイ、トウ五」
すぐにティラノの進行方向を遮る様に小型ナイフが投じられる。ナイフが木に刺さる乾いた音が響き渡る。
それをいち早く察したティラノは、急制動でナイフを躱し、再び向きを変えようとして一度はその視線を岩の方へと変えたものの、そこでわざわざ振り返った。
その血走った大きな目とユウの視線がばっちり合う。
と同時にティラノは今度はユウに向かって大きく地を蹴った。
今までとは明らかにその動きが違う。逃亡者のそれから捕食者のそれへと動きを変えたのだ。
「ベティ、ケイ、五だ。早く!」
今までにない切迫したレダスの声が聞こえ、と同時にべティールがユウ達の方に駆け寄ってくるのが見えるが、まだ遠い。
ユウは枝の上に立ち上がった。
枝はティラノの頭の位置より高い位置にあるのだが、ティラノが背伸びをすれば届かない事も無い高さなので、飛び上がれば間違いなく届くはずだ。
あの鋭い歯に噛みつかれれば巨人でもただでは済まないだろうと思われるが、ユウなら間違いなくバラバラだ。
その時、後方から物凄い勢いで一本の槍が投じられた。
しかし、槍は僅かにティラノを掠ったものの、そのままユウ達のいる枝の下を通り過ぎて行ってしまった。狙いを外してしまったのだ。
だが、その所為で、ティラノの視線が一瞬ユウから離れる事になった。
ティラノがその血走った視線をユウへと戻そうとしたその時、
「こっちよ」
いつの間にかユウより高い位置まで登っていたフィノが空中へと飛び出していた。
その手には自分の背丈ほどもある巨大な剣。先程巨人の誰かが投げた短剣だ。
それをフィノが持っていると、巨大な剣にみえる。
ティラノの視線がフィノの姿を追っていく。
そしてフィノが飛び降りてくるその先に大きな口を向けてくる。
が、その視線のすぐ前をルティナの放った矢が通り抜け、わずかにそちらに意識を奪われている間に、フィノの剣がティラノの顔の上に振り降ろされた。
グオウ
フィノの剣は確かにティラノの上顎を捉えていた。
しかし、少し浅かったのかティラノは一声小さく唸っただけで、上顎を振ってフィノを弾き飛ばし、しかもすぐに今度はその鋭い爪で踏みつぶしにかかってくる。踏みつぶして動かなくしてから食べようという魂胆なのだろう。
上顎からは血が流れているモノの、全く気にしている様ではない。それどころかティラノの怒りは増しているように見える。
何とかしようと考えたユウが持っていた自分の剣を投げつけるが、剣はその分厚い皮膚に僅かに傷をつけただけで、大したダメージを負わせる事なく空しく地面に突き刺さった。
ティラノは、弓を構えるルティナの事を一瞬ギロッと睨みつけはしたものの、お前は後回しだ、とばかりに大きく足を振り上げる。
その脚がフィノを踏みつぶそうとする寸前に、フィノの両側から槍が突きだされた。
べティールと恐らくはケイと呼ばれた男だろう。
その二人が追いついてきたのだ。
二人の姿を目の当たりにし、ティラノの目の色が変わった。
そしてすぐに逃げる事に決めたようで、踵を返して走り出した。
もうフィノの事は眼中にない。
少し先の岩に向かって一直線に走っている。近づいてから岩を回り込んで逃げるつもりなのだろう。
下ではフィノが、既にユウとルティナの元へと登り始めている。
どうやらフィノは無事のようだ。
「チュラ、カージュ、七」
レダスの声で、ユウはまたティラノの方へと視線を戻した。
ティラノは岩を左に回り込もうとしていたようだったが、その左側をチュラが槍で突いた。
しかし、勢いのついたティラノの動きを変えるまでには至らない。位置的に角度が浅かったのだ。
だが、そこへ泥のついた鍬が飛んできて、ティラノの左の肩に当たって弾き跳んだ。
鍬はティラノにダメージを与える事は出来なかったが、その方向に誰かがいる事を悟ったティラノは進行方向を岩の右側へと変える。
それをさらにチュラとその後ろからべティールとケイが追いかけていく。
ティラノは岩の右側を回り込もうとし…、
そしてユウの視界から突然その姿を消した。
と言っても、岩を回り込んで消えた訳ではない。その場でふっと消えたように見えたのだ。
ティラノが消えた辺りに巨人たちが駆け寄ってくる。
一番最初にそこにたどり着いたチュラがその場で下を覗き込んでいる。
どうやらそこに落とし穴を作ってあったらしい。
その時、ユウは岩の上に人影がある事に気が付いた。
レダスだ。
レダスは手にしていた槍を大きく振りかぶり、力いっぱいティラノの消えた辺りの地面に向かって投げつけた。
クウォォォォォォ
ティラノの断末魔の声が辺り一帯に響き渡り、そしてその後全ての音が消えたかのように静かになった。




