痴話喧嘩
必死になって丘を駆け下りるユウのその視線の先では、フィノが二人の巨人が喧嘩をしている場所に行き着いていた。
フィノは初めそこで何やら話しかけていた様だったのだが、無視されたのか、ジャンプして彼らの視界に入ろうと試みている。
凄まじい威力の高速のパンチや、当たれば骨が粉々にされてしまいそうな強烈なキックを何とか掻い潜ってはいるものの、フィノの運動神経をもってしても二人に割って入る事は難しいように見える。
見るからに破壊力抜群のパンチやキックが無数に飛び交う状況では、フィノといえども気を緩める事は出来ないはずだ。急所に一撃喰らってしまえば、命の保証はできないだろう。
それでもなんとか彼らの視界に入る事が出来るよう必死に頑張っているのだろうが、遠目に見ると、フィノはせいぜい二人の巨人の周りで踊っている様にしか見えない。
巨人の背の高さはフィノの軽く二倍以上はある。その顔の高さまで飛び上がる事などフィノ以外にはできない事だろうが、それができても巨人に無視されてしまっては意味がない。
無視と言うより、お互いに相手を倒す事のみに集中していて他の事は目に入っていないのかもしれないが、だとすればフィノは存在さえ認められていない事になるのでさらにたちが悪い。
『フィノ、もういい。そこで待っていてくれ』
ユウはとりあえずフィノにそう指示を出した。いくら注意していたとしても、流れ弾のような攻撃がフィノに当たってしまったら目も当てられない。
けれどもフィノは、まだ何かするつもりのようだった。
『もう少しやってみる。絶対ユウの役に立ってみせるからね』
そして、フィノはユウ達に向かって軽く手を振ると、勢いよく巨人の一人に飛び掛かった。明らかに今までとは動きが違う。
どうやらフィノは巨人に攻撃を仕掛けようとしているようだ。ターゲットはショートヘアの女の方だ。
もう一方の女とのパンチの応酬で僅かに動きが止まった瞬間を狙い、首の後ろに回し蹴りを蹴り込む…、つもりが避けられて、逆に髪を束ねたの女が繰り出した拳と激突する。
フィノの蹴りの威力は生半可なものではないはずなのだが、女は何事も無かったように戦いを続け、逆にフィノは大きく飛ばされた。
フィノが飛ばされたのはユウとルティナが走る場所の少し先だ。
その辺りから土煙が上がる。フィノが斜面に叩きつけられた所為だ。
ユウの隣でルティナが息を飲むのがわかる。
『フィノ! 大丈夫か!』
ユウが念声で呼びかけても、フィノの返事は返ってこない。
この間にも巨人たちは何事も無かったかのように普通に喧嘩を続けている。
ユウはようやくフィノの飛ばされた場所までたどり着いた。
「フィノ!」
フィノは大きな窪地に身体全体がハマってしまったような状態のまま、立ち上がれないでいる。一目見た感じでは怪我はなさそうだが、これだけの衝撃を身体に受けたのだ、普通なら無事に済むはずがない。
「いたたたた。もうっ、やってくれたわねぇー」
ユウがフィノの身体を軽く揺らすと、フィノはようやく声を発した。
「大丈夫か、怪我してないか?」
「痛いけど、大丈夫。怪我はしていないわ」
フィノは立ち上がると、体に着いた泥などをパンパンと叩いて落としながら、斜面の下を睨みつけた。その視線の先では依然として喧嘩が続いている。
フィノは本当に大した怪我をしていないようだ。
フィノの無事を確認し安堵したユウは、巨人たちの事について聞いてみた。
「フィノ、あの二人が何で喧嘩をしているのかわかる?」
「よくわからないんだけど、レダスがどうとか言っていたみたい」
「レダス?」
「うん、たぶんそのレダスっていうモノを取りあっているんじゃないかな。渡さない、とか言ってたし…」
それが事実だとすると、これはそのレダスというものを巡る争いだという事なのかもしれない。
ルティナが何か言おうとするが、それより早くフィノが走り出している。
「もう一回やってみる」
「いや、その人達は声の主じゃないから…」
ユウの制止も今のフィノには届かない。
フィノは自分の攻撃が効かなかった事で密かに燃えているのだ。
「ルティナ、フィノを止めよう」
ユウもルティナと一緒にフィノの事を追いかけた。
近づくと、二人の女巨人は何か言い合いをしながら喧嘩をしているのがわかった。
その内容が聞こえてくる。
「絶対にあんたには渡さない」
「それはこっちのセリフよ」
女達はめまぐるしくその場所を変えながら、その間にもぬかりなく攻撃と防御を繰り返している。
「あんたにレダスは釣り合わないのよ」
「何言ってるの、レダスは私の男なの。後から来たくせに何言ってんのよ」
「いいえ、彼は私のもの、絶対に渡さない」
どうやら一人の男を巡る争いが行われているのだとわかる。
それにしてはド派手な喧嘩だ。
ユウはその対象となっている男に対して、最初は少し羨ましく思った。
二人の女性にそれだけ思われているという事なので、ある意味ではそれはそうなのかもしれない。
しかし、改めてその二人の繰り広げる死闘を見ると、ユウはこれがあまり羨ましい事態ではない事を思い知らされる。
自分がその男の立場になった事を考えると、こんな場合、恐らく自分は何もできないだろう。
等という事を考えていたユウは、思い出した。近くにその想像の自分に似た男がいた事を。
見回すと、その男は最初に見かけた位置から動けずずっとおろおろしている。
ユウとは違って、立派な体躯の大男なので、本気を出せばけんかを止める事くらい簡単に出来そうなものだが、どうやらそれをする気はなさそうだ。と言うより、恐らくはできないのだ。
だとすると、今度の声の主だと思われるその巨人の男は、自分を巡って争っている二人の女性の喧嘩を自分では止める事が出来ない為、自分の代りに誰かに止めて欲しいと、助けを求めてきたと考えられる。
男の立派な身体を見ると、喧嘩の仲裁に最も適しているのは自分ではないかと突っ込みたくなるが、そうも言っていられない。
フィノはもう攻撃の態勢に入っているし、もちろんこれをフィノだけに任せておく訳にはいかない。
ユウは男の事は後回しにする事にして、目の前の二人の仲裁に神経を集中させることにした。




