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丘の向こう側

一つ目の丘を越えると、さらにその先の丘の向こうから、強烈な打撃音が聞こえてきた。

今いる場所からははっきりとは見えないものの、その丘の向こう側にも草原が続いているのだとすると音の出所は想像できない。

たとえ思いっきり叩いてもそこまで強烈な音がでるモノがこの草原にはあるような気がしないのだ。


フィノが物凄いスピードで次の丘の中腹を駆け上がって行くのが見える。

走っていくその姿は遠目から見ても美しい。


『フィノ、気を付けて。何かいる』

ユウの忠告もフィノはあまり真剣にとらえていない。

『大丈夫、どんなに大きな相手でも私は負けたりしないから』


『いや待って、今回の声は何かに襲われているっていう感じじゃ…』

ユウが最後まで言い切る前にフィノは丘の頂上まで登り切り、丘の向こう側へと消えた。


と、同時に奇妙な声をあげた。

『えっ、なっ、なにあれ?』


『どうした?』

ユウが問いかけるが、その声がフィノに届いているのかどうかはわからない。


『へっ、うわっ、すごっ』

フィノの声とは別に、何かを打つような大きな音は続いている。


『フィノ! どうした、何があった』

『何って…』

フィノがどう答えていいか迷っているのが伝わってくる。


『?』

ユウが少し黙っていると、フィノが戸惑いつつも何とか言葉を探そうとしているのがわかった。


『喧嘩している…みたい』

『喧嘩?』


『そう、殴る蹴るの壮絶なヤツ』

『っていう事は人間か?』


喧嘩に負けそうになった人間が助けを求める事は有り得るが、先程の声はそんな感じには聞こえなかった。

だが、声の出所がそう遠くではない事はわかるので、そこにいる誰かが声の主である可能性は高い。


『…………』

ガッ、ドガッ、ドガガガガ。

フィノの応答はまだないが、近づくにつれ、打撃音は大きくなってくる。

とても喧嘩くらいで出るとは思えない大きな音だ。


『フィノ? 相手が人間なら悪いけど止めてあげてくれないか』

『うーん、どうかな。ちょっと難しいかも…』


その喧嘩の当事者が声の主かどうかはわからないが、できれば喧嘩は止めて上げた方がいい。

フィノならそれも容易くできるだろうと思い言ってみたユウだったが、意外にもフィノは難色を示した。

こんな時、フィノが弱気になるのは珍しい。


『へ?そんなに手ごわそうな相手なのか?なら俺が行くまでそこで待っていてくれ』

それならまずは自分の目で見てみようと、ユウは速度を上げた。


しかし、近づくと丘は意外に大きくて、なかなか超える事が出来ない。

それでもユウは必死に登り、あと少しで丘の頂上に到達するという所まで来た時、フィノが突然言ってきた。


『あんなに大きくて強そうなヤツは初めて見るけど…、でも…、やってみるよ』

どうやら何か決心した様子だ。


『いや、いい。フィノ、もうちょっと待て!』

『大丈夫、無理そうだったら引き下がるから』

こうなるともうユウの制止も届かない。


フィノが痛めつけられるような事態になるとは考えにくいのだが、フィノの反応がいつもと違った事が気に掛る。

ユウは必死に丘を登りきった。


すると、少し先で二人の女性が殴り合いの喧嘩をしているのが目に入ってきた。

二人とも燃えるようなオレンジの髪の女性で、一人は長めの髪を後ろで束ねていて、もう一人は毛先がウェーブしたショートヘアだ。

身に着けているのは一瞬ドキッとする様な露出の多い革の鎧。素肌の部分が多いにもかかわらず、そんな状態で殴り合っている。


『もう、勘弁してくれ。頼む…』

その時、あの情けない声が聞こえてきた。


声は男のモノで、当然、喧嘩をしている二人のモノとは違いそうだ。

その声の方向を探ってみると、喧嘩をしている二人から少し離れた所に男が一人たたずんでいる。

やはりオレンジ色の短い髪をたてがみの様に逆立てていて、遠目から見てもその筋肉の盛り上がり方は半端ではない。

いかにも怪力の持ち主と言う風情なのだが、二人の女性から一定の距離を保ち、只々おろおろしているように見える。

少なくとも仲裁する様子は見られない。


「ユウ様、あそこを見てください」

ユウの横でやはり周りを見回していたルティナが突然声をあげた。

その指の先にはフィノ。全速力で丘を下って行くのが見える。


「ん?」

そのフィノの姿を見ていて、ユウは違和感に気が付いた。

フィノはまだ二人の女性が喧嘩をしている場所までたどり着いていないのだが、二人よりもはるかに小さく見えるのだ。


ユウは思わず目を瞬かせ、腕で目をこすったが、変わらない。

何が起こったのか咄嗟には理解できない。

「………」


「巨…人…」

絶句するユウの隣でルティナが呟いた。


「巨人?」

「はい、この辺りにいると言う噂は聞いた事はあったのですが、少なくとも私の周りには実際に見た人はいませんでした。それが本当に…」

ルティナ自身もかなり驚いていることがわかる。


だが、ルティナはすぐに正気を取り戻して言った。

「ユウ様、とにかく行ってみましょう。フィノがもう二人の所に着いちゃいそうです」


見ると、遠近感がおかしくなっていてよくわからない部分はあるが、確かにルティナの言う通りフィノは二人の近くまで駆け寄っているように見える。

巨人の女性は本気で殴り合っているようで、その拳が相手に当たる強烈な音が辺り一面に響き渡っている。

そんな危ない場所へ突っ込んでいくフィノを遠くからただ眺めている訳にはいかない。


「そうだな、まずは近くに行ってみよう」

ユウはルティナの方を向き、一つ頷きかけてから、一気に丘を下り始めた。

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