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お礼の約束

ユウがフィノの事を心配した一番の理由は、フィノがまた一人取り残されたと勘違いして震えているのではないかと思ったからだ。


「フィノ…、大丈夫なのか?」

しかしフィノはその予想に反して意外に元気だった。


「えっ、何が?」

「いや、俺、声に集中していたせいで、フィノがついて来ていない事に気が付かなかったからさ…」

「ああ、そう言う事? それなら大丈夫。元々そんなに時間をかけるつもりはなかったし、ルティがちゃんと目印を残してくれてあったから、私はそれを辿ってくればいいだけだったもの。寂しい気持ちには全然ならなかったわ」


考えてみれば、今までも声を追う時とかにはフィノだけかなり先に行っても特に震え出したりはしなかった。信じていた、と言う事もあるのだろうが、フィノ自身が何かに熱中してしまうと、一時、一人である事を忘れてしまう事があるのかもしれない。


「それより、今回の声の主はこの馬だったの?」

フィノが何事も無かったかのように普通にユウに問いかけてくる。

ユウは少し戸惑いながらも、フィノが元気でいる事に安心し、平静を装って答えた。


「あ、ああ、出産の時に仔馬が引っ掛かってうまく出て来れなかったみたいなんだ。少し手を貸しただけで無事生まれてくれたみたいだけどね」

答えながら仔馬の方を見ると、仔馬はもうしっかりと立っていて、母馬に甘えようと首を伸ばしている。


「まあ、可愛い。よかったね、無事に生まれて来れて」

フィノは仔馬に声を掛けた。

優しく声を掛けるフィノに対し、背中に鹿の角とイノシシの牙を括り付け両手に肉をぶら下げているフィノの姿を見た馬達は警戒しているのがわかる。


『あなた方はここで狩りをしていたのですか?』

母馬が仔馬を身体の陰に隠すようにしてユウに問いかけてきた。よくみればフィノだけではなくルティナも弓を持っているので、そう考えるのは当たり前だし、実際、その通りの訳なのだが、たった今助けてあげたばかりの相手に警戒されるのは寂しいものだ。

ユウは手を広げ親子に害を与えるつもりのない事を表すようにした。


『心配しなくていい。俺達は君達に危害を加えるつもりはないんだ』

ユウが母馬に念声を使って話しかけた事を感じ取ったフィノはユウに話しかけようとしていたのを止めた。ルティナもそんなフィノを見てその事に気が付いたようで、フィノに倣って、黙って見守っている。


『私達の事を捕まえるつもりなのではないですか?』

母馬はそう聞いてきたが、特に怯えてはいない様子だったので、仔馬の安全の為に聞いて置きたかったのだろうとユウは受け取った。

そして、そんな母馬の不安を払拭するよう努めて優しく言った。


『そんなつもりはないよ』

『でも、ここで狩りをする人間はよく私達の仲間を捕まえていきます』

母馬が言っているのは、人間に捕まった馬は人間の為に働かされているという事だろう。しかし、ユウにはそんなつもりはさらさらない。


『確かに。君達の力を借りれば狩りをするのも楽になるだろうから、捕まえようとする人も多いんだろうね。けど、俺達は君達の事を捕まえる気は無いよ。この先、どこへ行く事になるのかもわからないし、ずっとここで狩りをしているつもりもないしね』


移動するのに馬を使えば便利な事は間違いないが、ユウとしてはせっかく助けた馬をわざわざ捕まえてまで自分のものにしたいとは考えていない。そもそも一頭だけ馬を持っていても仕方がないのだ。馬を使おうとするのなら馬は最低三頭必要となる。


母馬はユウの言葉を此の地に定住するつもりがないと解釈したようだった。

『あなたは旅をされているのですか?』


この地に長くいるつもりが無いというのなら旅人なのだろうと考えたようだ。

ユウは少し説明することにした。


『旅と言う訳じゃあないんだけど、俺達はさっきの君の声みたいに助けを求めてくる声の主の事を追いかけているんだ。だからその声が聞こえた時には声の主を助けに行く事にしている。けど、なかなか声の主の所にたどり着けなくてね。そうなると途中の街に泊まるだけでもお金が必要になる訳で、その分のお金を稼ぐための手段として狩りを試していた所なんだ。何も出会った動物全てを手当たり次第に狩るつもりで来ている訳ではないよ。彼女の持っている鹿の角だって、角だけ取って鹿は逃がした訳だし…』

ユウはちらとフィノの方を見てそう言った。フィノは相変わらず黙っている。


『そう、ですか…。……。あっ、それなら私、いい場所を知っていますよ』

母馬は何か思い出したのか、急に首を高く持ち上げ、恐らくそんなつもりはないのであろうが、高い位置からユウの事を見下ろすようにして言ってきた。


『いい場所?』

いい場所と言われてもユウには何の事だかさっぱりわからない。

母馬はそれに気づいたようで、簡単に説明してきた。


『はい。私は人間達がさかんに探している石がたくさん埋まっている場所を偶然見つけて知っているのです。よろしければ、今回のお礼として明日そこまで案内しますが、いかがですか?私達にとっては何の価値もない物なので、遠慮する必要はありません』


母馬が言っている物が何なのか良くはわからないが、人間がさかんに探している石と言うのはユウも気になった。あまり期待する様なモノではないかもしれないが、もしかして金や銀など貴重なモノであったりすれば、お金の事は一気に解決できる可能性も無いとは言えない。

しかし…。


『明日?』

今すぐ行くのではなく、わざわざ出直さなければならない理由がユウには思いつかない。

それに対して母馬は当たり前の事だと言わんばかりに悠然と答えてきた。


『はい、少し距離があるので、準備が必要なんです。この子を連れていく訳にもいかないですし、一度仲間の所へ帰る必要がありますので…。だから、明日またここへ来ていただけませんか。そうすれば私がその場所に案内します』

つまりは仔馬を仲間に預けて来たいという事のようだった。しかも意外に遠くにまで行く事ようだ。


『面倒くさいならいいよ?』

あまり手間のかかる事だとすれば、お礼としてはいきすぎかもしれない。ユウはそう思って言ったつもりだったのだが、母馬はそれを強く否定してきた。


『いいえ、とんでもありません。私達親子を助けて頂いた上に、狩りに来ていたのにも関わらず見逃してくれるのですから、このくらいの事は当たり前です』

少なくとも面倒に思っている様子は見られない。

ユウは母馬の申し出を受け入れる事に決めた。


『わかったよ。実際、その石がお金になるのなら助かるのも事実だしね。そうすれば狩りなんてしなくて済むかもしれない』

もしかしたらフィノはもう少し狩りを続けたかったのかもしれないが、ユウとしては狩りよりもそっちの方がありがたいのは事実だ。


『喜んで頂ければ嬉しいです。では、明日の朝、ここで待っています』

母馬はそう言うと、すぐに仔馬を促すようにして後ろの森の中へと戻って行く。

ユウはその背中に手を振った。


『わかった、明日の朝ね。気を付けて帰ってね』

『ありがとうございます。では…』

母馬は一度振り返り、小さくお辞儀をすると、そのまま茂みの向こうへと消えていった。


振り返るとフィノもルティナも何が起こったのかわからず呆然としている。

二人からすれば何もせずにただ見守っている間に馬の親子が去って行ってしまった訳なので、そんな態度になってもおかしくはない。


「ごめん。俺だけで勝手に話を決めてしまった」

ユウはとりあえず謝罪した。フィノもルティナも馬達に話しかけたそうにしていたのをユウは失念していたのだ。


「別に平気よ。どっちみち私達はお馬さんとは話せないもの」

「そうですよ、ユウ様があの馬とお話し出来たのなら、それで十分です。あの馬もきっと喜んでいたのでしょう、軽やかな足取りでしたから」

フィノもルティナも苦笑いはしているものの、特に文句はない様だった。ユウがいいのならそれでいいと言うスタンスのようだ。


だが、ただ単に別れた訳ではなかったので、その事を説明する。

「いや、今は一度別れたけど、明日またここに来る事になったんだ。母馬がよく人間が探しにくる石の在り処を教えてくれるって言うんだ。その石次第だけど、もしかしたらもう狩りはしなくて済むかもしれない」


「石?」

「ああ、どんな石かはわからないけど、価値のある物かもしれないし、そうでなくても興味があるから行ってみようと思ったんだけど…」

もしかしたらフィノやルティナには興味のない物だったかもしれないと思ったユウは、話していくうち自然と声が小さくなってしまった。


しかし、フィノもルティナもその事について異論を言うつもりはないようで、むしろ今日のこの先の事について聞いて来る。

「わかった。じゃあ、今日はもう帰るのね?」


「あ、ああ、そうしようと思っている。一日分の獲物は獲ったと思うし、明日もここまで来るのなら、早く帰って休んでおいた方がいいと思うんだ」

ユウは言いつつ二人の顔を窺った。まだ日は高いので、続けようと思えば狩りを続ける事が出来る。現に、ついさっきまではユウ自身、もっと先まで行ってみようと思っていたくらいなのだ。リスティ近辺の地形や獣の縄張り等を把握したいという計算もあった。


だが、明日また同じ場所まで来るのなら、今日は無理する必要はない。しかも明日はこの辺りに詳しい(もの)と一緒に行動できるのだ。今日は無駄に体力を消耗する必要はないし、逆に体力は温存しておくべきだ、とユウは考えた。


「フィノはまだ動きたりないですか?」

その時、ルティナがフィノの顔を覗き込むようにしてそう聞いた。昨日狩りを楽しみにしていたフィノに気を使ったのだろう。それはユウも少し気になっていた事でもある。


「そうね…。でも、この辺りにはあまり強い獣もいないみたいだから、ちょうど良かったかも。このまま続けていたら私、弱い者いじめをしているみたいに思えて来そうだったもの」

フィノにも異論はないようなので、これは決まりでいいだろう。


「街に戻ろう」

ユウは二人に声を掛けた。


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