それから
結局、この世界の神の座には再びキウルが返り咲く事となった。
サントがその時の気分で振りまいていた邪気もキウルが一掃した事で、一旦は王の座を追われたルティナの国の先王が玉座に戻る事となり、それも含めてその他人の世のあちこちで生じていた様々な異常事態も収束し、平和な世界が戻ってきた。
邪気の消えたサントは自ら申し出て特別な力を失い、神域から出て人の世のしかもとある辺境の奥地に居を構え、隠遁生活に入ったと聞いている。
しばらくは誰とも顔を合わせたくないと言っているらしい。
しかし、そうは言っても神は神、寿命は人の比になるモノではない。
長い間には何が起こるかわからないという事で、キウルはサントに監視役としてキウルの眷属をつける事にしたという。
今後はサントはその監視役と二人きりの生活を送る事になるのだろう。
バーランド家のあるリスティの街の雰囲気もだいぶ変わった。
ルティナと出会うきっかけとなった闘技会については、闘技会自体は継続しているものの、王の座に復帰したカプアの指示により人を含む非人道的な景品などは禁止される事となり、以前のような殺伐とした空気は無くなった。
フィルスにも領地が完全に戻される事となり、フィルスは早速荒れた領地の再生に取り掛かっている。
新しく始めた商売の方も順調のようで、バーランド家は今てんやわんやな状態だ。
ユウはと言えば、お世話になっているバーランド家がそんな状態の中、ルティナと共に馬車で王家の別荘に向かう事となった。
もちろん、フィノとアーダも一緒だ。
何故そこへ行く事になったのかと言うと、王の座に返り咲いたカプアに呼ばれたからだ。
ユウはあまり行きたくなかったのだが、王の招待を無下にする事も出来ず、渋々迎えの馬車に乗り込む事となったという訳だ。
そんな今までにない豪華な内装の馬車に揺られながら、ユウは誰にともなく呟いた。
「しかし、キウルも余計な事をしてくれるよな。面倒くさい」
「そうか? この馬車なら疲れないし、快適だと思うけどな」
アーダは豪華な馬車が嬉しいらしく、フカフカのシートに寝転がったり、窓から外に身を乗り出してみたりと、結構テンション高めでいる。
四人で乗るには十分すぎる大きさの馬車なので、座席には余裕があり、馬車の中もあちこち移動する事ができるのだ。
「私はユウと一緒なら何処に行っても構わないわ」
フィノは窓際に座るユウの隣に陣取って離れようとしない。
対してルティナはユウの正面に座している。
その所為なのかルティナは少々ご機嫌斜めの様相だ。
「それはフィノだけではありません。私だってアーダだって同じ考えです。ねえ、アーダ、そうでしょう?」
「当たり前だろ、そんな事。ユウが行くからあたし達も行くんじゃないか。でも、どうせ行くなら、この馬車みたいに快適な馬車で移動するのも悪くはないだろ。楽だしな」
「それはまあそうですけど…、王家の別荘までは結構かかりますからね」
ユウ達が呼ばれた王家の別荘に行くのには普通の馬車なら五日ほどは掛る距離だと聞いている。
往復で最低十日間、その間は何もする事が出来なくなってしまう。
いい馬車なので、疲れる事はないのかもしれないが、暇になるのは避けられない。
「だからさ。特に用事もないのにわざわざそんな遠くまで行く必要なんてないと思うんだよね。帰りの事を考えると倍の距離を移動しなくちゃならなくなる訳だしさ」
「いいじゃない。王様が何かくれるって言っているんでしょ。別に怒られに行く訳でもないんだし、そんなに面倒がらなくってもいいんじゃないの? 馬車だって快適だし、こんな風にのんびりした旅なんて滅多にない事なんだから、難しい事は考えないで楽しみましょうよ」
フィノがそんな風に言いながらユウに体重を預けてくる。
馬車の中は広いのに、馬車の窓とフィノとに挟まれたこの空間だけはかなり窮屈な状態だ。
「それはそうかもしれないけどさ。俺は別に褒美なんて欲しくないんだよね。っていうか、その褒美をくれる時に何だか仰々しい儀式みたいなことをされたりしたら、嫌だし困るんだよ」
「そんな大層な事まではしないと思いますよ。精々、王主催のパーティに呼ばれる程度ではないでしょうか」
「それが充分面倒くさいんだけど」
こんな事になったのは。キウルがサントによって国中に充満させられていた邪気を払った事に端を発する。
それにより幽閉から解放されたカプアは、あっという間に王の座に返りついたのだが、その際、天啓により、キウルが神の座に返り咲いたのは、リスティのバーランド家でお世話になっているユウという若者の功績であるという事を知らされたと言うのだ。
それを聞いたカプアがバーランド家に使いを寄越し、そんな事など何も知らずのこのこ戻ってきたユウ達三人を半ば強引に王都に向かうこの馬車へと押し込んだという訳だ。
という事はつまり、キウルがカプアに余計な事を吹き込まなければ、そんな所へ行く羽目にはならなかったという事で、だからユウはキウルに文句を言っているのだ。
と、その時、突然ユウの頭に何者かの念声が届いて来た。
『まあまあ、そんな事を言わずにとりあえず行ってみてくださいよ』
ユウはそれが誰なのかすぐに分かった。
ずっとその所在を追ってきた声だったからだ。
「キウル…さんか?」
ユウは思わず天井を仰ぎ見た。
が、当然そこには何もない。
馬車の天井があるだけだ。
『今更取り繕わなくてもキウルでいいですよ。あなたはこの世界の人間ではないのだし、神という存在に対する考え方も違うのでしょう』
キウルがキウルにしては軽い調子で話しかけてくる。
突然話しかけれ、一瞬戸惑ってしまったユウだったが、すぐに持ち直し、改めて文句を言う。
『なら、お言葉に甘えて普通に話させてもらうけど、キウルを開放した事でそっちの話は完結しているんだから、俺達の事はもう放っておいて欲しかったんだけど』
『王に呼ばれた事ですか? まあ、そう言わずに、行ってみてくださいよ。損な事は有りませんから』
『いやいや、お礼って言うのならフィルスの所領を戻してもらった事で充分だよ。彼にはだいぶお世話になったからね、ルティナの事も有るし窮状を脱したようなのは良かったと思う。それも陰でキウルが動いてくれたからだろう?』
『陰でなどと、随分と人聞きの悪い事を言うのですね。…まあいいです。でも、それは政治の乱れた部分を正した結果というだけで、あなたに対するお礼には当たりません』
『でもそれで十分だよ。バーランド家の人達には随分とお世話になったからね』
『それでも、ユウさんが今後もこの世界で暮らして行くのなら、それとは別にそれなりの生活の基盤が必要になるでしょうし、そうでないのだとしても、情報は有った方がでしょう?』
『どういう意味だ?』
頭を捻るユウの元へ、三人の視線が自然にユウに集まってくる。
しかし、誰も何も言って来ない。
ユウが誰かと話している事がわかっているので集中を乱さないようにしてくれているのだ。
『この先どうやって暮らして行くのか、という事ですよ』
『別にどうもこうもないだろうさ。今まで通り、頭に声が響いたらその声の主を探すだけだし…』
『だとしてもです。一体どこから聞こえてくる声に応えるつもりでいるのでしょうか?』
『えっ?』
『あなた達が今いるその国に住む人々を日々助けて過ごすのですか? それとも、もっと遠くのもっと強い声を発する者を助ける旅に出るのでしょうか? あるいは、更に遠くのこことは違う次元の先へと進む事を望むのでしょうか? そのいずれの選択をした場合でも、それを実行する為に有用なアイテムがそこにはあります。あなたがねだれば王は断らないでしょう。だから、あなたは行くべきだと思うのです』
『別に無理にそんな事をしなくても…』
『ですが、今のままでは次第に声は聞こえなくなっていくと思いますよ。やがて私の声も届かなくなってしまうでしょう。それでいいのであれば、それはそれで構いませんが、その場合でもここで暮らす為の元手は必用なのではないですか? 王はあなたに褒賞を選ばせてくれるでしょうから、その場合は土地でも地位でもお金でも、なにか生きる糧となるモノを望めばいいのではないでしょうか。ですが、今まで同様声を聞く事を望むのなら、その目的に応じたアイテムが必用になるでしょう。そしてそのアイテムは、王がそうと認識しているかどうかは別にして全部これから行く場所に揃っています。どうです? 行く価値はあるのではないですか?』
なるほど、だからキウルは半ば強引にユウの事をそこに招いたのか。
というか、夢枕に立つとかして王に働きかけたのだろう。
『わかりました、おとなしく行く事にしますよ。今後の事も着くまでに少し考えてみる事にします』
『そうしてくれるとありがたいですね。もし、何かわからない事があれば私に声を飛ばしてください。まだしばらくの間は私に声が届くと思いますので。では…』
キウルはそこまで言うと、急に静かになった。
声を飛ばすのを止めたようだ。
恐らくキウルは、ユウにこの先の生き方を決めろと言っているのだろう。
だからあんな事を言って来たのだ。
気が付くとユウの顔のすぐ近くに三人の顔がある。
其々が心配そうな目でユウの事を見つめている。
この先どうするにしろ、この三人と別れる事ができない事は間違いない。
逆に三人がいれば、どんな暮らしをしようとも構わないのではないだろうか。
ユウはそう思うと少し心が楽になったような気がした。
思わず三人まとめて抱きしめる。
「なに、どうしたの、ユウ」
「何か重大な事でも起こったのか?」
「何が起こっても大丈夫です。私達がお助けしますから」
この三人と一緒ならこの先何があろうとも乗り越えて行けるような気がする。
ユウは少し顔を離して、三人の顔を一人づつ順々に見つめた。
考えてみれば、今までだってそんなに深い考えを持って動いていた訳ではないし、そもそも王がユウ達を呼んで何をしようとしているのかだってわかったものではないのだ。
キウルの思惑通りに王が動かない事だって充分に考えられるし、こちらの状況だってどう変化するかわからない。
そう考えると今からあれこれ考えていても仕方がないように思えてくる。
そんな事より、今のこの幸せな状況を存分に味わっておくべきなのではないだろうか。
ユウは、ユウがしばらく黙ったままでいた為怪訝な顔をし始めていた三人の事をもう一度、今度はきつく抱きしめた。
三者三様のいい匂いがユウの鼻孔をくすぐってくる。
三人が大人しくされるがままになっているのを良い事に、ユウはしばらくその態勢のまま幸せな空気に浸っていたのだった。




