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出産補助

次の瞬間、二本ほど先の木の向こうからフィノが現れた。しかも立派な角の鹿を引き連れている。


引き連れてと言うよりは強引に引きずってと言う方が近いかもしれない。頭に生えた立派な角の一本を握り、嫌がる鹿を強引に引っ張ってくる。フィノでなければとてもできそうもないやり方だ。


「ユーウ、捕まえて来たわよ」

鹿が何とかフィノから逃げ出そうと必死に力を込めているのがわかるが、フィノはそんな事は全く気にせず、もう一方の手でユウに向かって手を振っている。


「捕まえた…のか」

フィノの事なので、追いつきさえすれば鹿を仕留めるくらいの事は容易く出来てしまうだろうとは思っていたものの、まさか生きたまま連れて来るとはユウも思っていなかった。しかも、鹿はほとんど無傷で、という事は今も力をフルに発揮できる状態なのだ。そんな状態の鹿をフィノは力で押さえつけているという事になる。


「角だけ取ればいいんなら、何も殺さなくてもいいかなーって…」

「いや、まあそうだけど…。ルティナ、どう?」

ユウがルティナに振ったのは、その辺の事情がわかるのはルティナしかいないからだ。


ルティナは鹿を引きずってくるフィノの姿にしばし呆然と見入ってしまっていたが、ユウの呼びかけで我に返ると、記憶を手繰り寄せて答えた。

「あっ、はい。この鹿の肉は食用にもなるのですが、あまりおいしくは無いので、売ってもたいした金額にはならないと思います。この鹿で売れる部位というのはやはり角ですね。同じ鹿の角でもランクが有るようなので一概には言えないのですが、角は薬の原料にもなるので、それなりの額で取引されていると聞いています」


「やっぱり。私の元いた世界でもそうだったから、もしかしたらそうかなっておもったんだ。で、肉はどうする?いるの?」

「いいえ、たった今ユウ様がイノシシを仕留めた所ですので、売るにしろ食べるにしろこれだけで十分かと思います。持って行くだけでも大変になりますし…」

この時ユウはイノシシを仕留めたのはルティナだと言おうとし、ルティナに目で制されて止めた。


「うん、そうだね。わかった」

それには構わず、フィノはルティナの意見に頷くと、腰に差していた剣を一閃、鹿の角を二本とも根元から一気に切り落とした。


頭が軽くなった鹿は、ようやくフィノの拘束から逃れる事が出来るようになり、ものすごいスピードで一直線に森の奥へと消えて行ってしまった。

フィノがあれに追いついたのだと考えると驚くしかない。

そしてフィノの足元には、二本の鹿の角だけが残された。


「フィノ、怪我は無い?」

ユウがフィノに近づき声を掛けると、フィノは拾い上げた鹿の角をユウに向かって差出した。

「私は平気。それより、ユウも獲物を仕留めたのね。すごいわ」

フィノの視線は横たわっているイノシシの方を向いている。


「いや、これはほとんどルティナが仕留めたんだ。ルティナは弓の名手なんだよ」

「い、いいえ。フィノに比べれば私なんて…」

ルティナが手を振って否定しようとするのを、フィノはその手を掴んで遮った。


「そっか、なら、ルティがいればますます安心ね」

「えっ、そ、そんな事、フィノだけでも充分じゃ…」

「ううん。だって、今みたいに私が他の獲物を追っている時でも、ユウとルティで力を合わせれば何とかなるかもって事でしょ。ありがとう。またお願いね、ルティ」


フィノは自分がいない間に襲ってきたイノシシをルティナが退けた事について、倒されたイノシシの状況から、ほぼ正確に理解していた。

だから、ルティナに感謝したのだ。


ルティナにしてみても、フィノの言うように、自分がユウの助けになる事が出来るのなら、今まで弓をやってきた事は無駄ではなかったという事になる。

それはルティナにとって嬉しい事だった。


「わかった。私、頑張るわ」

ルティナはフィノの手を握り返して微笑んだ。


一方でユウは自分のふがいなさを自覚し、フィノもルティナも自分に気を使ってくれている事に気づいていた。そして、そんな彼女達に愛想を尽かされないようにする為にも、自分自身、もっと強くならなければいけないとも思っていた。

良く考えれば、弱い自分が何の努力もしないまま他人を助ける事など、そうそう出来る訳がない。一番努力しなければいけないのは自分なのだ。


ユウがそんな思いに耽っていると、唐突に頭の中に声が響いた。

『どなたか、助けてくださいませんか』


特別大きな声ではないが、はっきりと聞き取れる丁寧な声だ。

残念ながらあの声とは違う様だが、こんな風にはっきりと聞き取れる声という事は、声の主はそう遠い所にいる訳ではないという事だ。声の主の居場所を探る事も難しくないだろう。

ユウが辺りを見回すのを見て早速察したフィノが、ルティナの手を握ったままユウの様子を窺うと、ルティナもフィノの様子が変わったことに気が付いて、視線の先のユウの動きを見守った。


「フィノ、ルティナ。こっちだ」

しばらくしてユウの発した一言に、フィノはすぐに反応した。

「声が聞こえたのね」

「ああ、あの声とは違うが、誰かが助けを求めているみたいだ。行ってみよう」

ユウは、声を聞く事に集中しながら歩き始めた。


その後に続こうとするルティナにフィノが小声で囁いた。

「ルティ、先に行ってて、すぐに追いかけるから。少しの間、ユウの事お願いね」

ルティナは一瞬迷ったものの、すぐに頷き了解の意思表示をすると、ユウの後を追いかけた。ユウの一歩後ろをユウと同じ速さでついて行く。

フィノとルティナのそんなやり取りに気づく事も無く、ユウはどんどん森の奥へと入って行く。


しばらく行くと周囲の樹と比べてもことさら大きい一本の樹が見えてきた。そのすぐ前に立派な体躯の一頭の馬。しかし馬は倒れたまま起き上がれないようだった。

「あそこだ」

ユウはその馬に向かって駆け出した。


少し遅れてルティナも走る。

「どうかした? 何かあったの?」

ルティナがユウに追いつくのを待ち、ユウはルティナに聞いてみた。走り出す前に、ルティナが一瞬しゃがんだように見えたのだ。


「いいえ、なんでもありません。それより…」

ルティナに促されユウは前を向いた。

声の主はもう目の前だ。少し先に倒れている馬が今回の声の主で間違いない。


ユウは一気にスピードを上げ、その馬の元へと駆けつけた。

『助けに来たよ。どうしたの、罠にかかってしまったのかい?』


ユウの呼びかけに反応した馬は、ユウの方をちらと見て、すぐに念声(こえ)を飛ばしてきた。

『いいえ、違います』

冷静に否定してくるが、その身体全体からは脂汗が滴っていて、相当の痛みに耐えているのがわかる。


『なら、どうした?』

『子供が…、なかなか出て来てくれないのです』

見ると、馬のお尻から、何かが少し覗いている。

この馬は出産の途中だったのだ。


『待ってろ』

すぐにそれに気づいたユウは一声かけて後ろに周ると、お尻からわずかに覗いていた棒状のものに手を掛けた。ユウはそれが仔馬の脚だとすぐに気が付いた。


よく見ると、そのすぐそばに、わずかにもう一本の脚が見えている。何かに引っ掛かっているのか、その脚は産道から外まで出て来ていない。

ユウは意を決して腕を母馬の産道の中へと突っ込むと、手探りで引っ掛かっていた脚を掴み、そのまま一気に引き出した。すると、既に出ていた足と合わせ、二本の脚がニョキッと姿を現した。

やはり、仔馬は出て来る事が出来ないでいたのだ。


ユウが手伝った事により、その後、仔馬はするんと生れ、すぐにその細い足で立ち上がった。

母馬も満足そうにそれを見つめている。


しばらくの後、落ち着きを取り戻した母馬は感謝の気持ちをユウに伝えた。

『ありがとうございました。本当に助かりました』

『母子ともに無事でよかった。間に合って良かったよ』


『あなたは私達の恩人です』

『いや、そんなオーバーな話じゃないよ。でも、本当に良かった』

確かに、ユウは大層な事をした訳ではないのだが、それでも彼等にとってユウの助けは必要だった。ユウが助けなければ下手をしたら母子ともに命を落としていた可能性だってあるのだ。

しかも、今回はユウ一人で、フィノやルティナの力を借りずに、彼等の事を助ける事が出来た。


少しだけ誇らしい気持ちになっていたユウは、何気なく後ろを振り返り、そこでようやくフィノの姿が無い事に気が付いた。

「ルティナ、フィノは? フィノはどうした?」

慌てて辺りを見回すが、フィノの姿は見当たらない。


ルティナはしゃがみこんで生まれてきた仔馬の世話をしていたのだが、ユウが慌てる姿を見て立ち上がった。

「先に行ってって言って、あの場に残りました。でも、大丈夫…」


『フィノ! どこだ! 』

ユウはルティナの言葉が終わる前に、念声を使ってフィノに呼びかけていた。

つい今しがたまで馬の助けを求める声に集中していた為、フィノとは念の会話ができない状態だった。

はぐれたのだとするとフィノはまたどこかで震えているかもしれない。そう思うとユウはじっとしていられなくなったのだ。


声に集中していたとはいえ、フィノの事を失念していた事が悔やまれる。

考えてみれば、ユウがフィノよりも早く声の主の所へ到着したのはおかしな事だった。

いつだって気が付けばフィノはユウより先に走っていたのだ。


ユウは大きな声でフィノを呼んだ。さほど離れていないのであれば、フィノとは念の声が届くはずだ。

声が届けば合流する事は容易い。

『フィノ! 返事をしろ! どこにいる!』


思いっきり力を込めて念の声を送る。

直後、少し先の木の陰から何か黒い物体が勢いよく飛び出して来た。

それは…、フィノだった。

背中に鹿の角とイノシシの牙を括りつけ、両手に捌いた肉をぶら下げている。


「どうしたの、ユウ。何を焦っているのよ」

フィノはユウの目の前まで駆けてきて、小さく首を傾けた。


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