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フィノの事情

その夜、ユウが早めに寝支度を整えベッドに横になると、当然の様にフィノがユウの横に張り付いた。

それを見たルティナが二人のいるベッドに近づいて来る。


「いつもそんな風にして寝ているのですか?」

驚いたような、とはいえどこか納得したような、微妙な表情だ。


「もちろん。ずっとこうして寝ているの。こんな風にしていると安心して眠れるのよ」

フィノが少し自慢げに話してくる。


すると、ルティナは少しすねたような声で言った。

「でも、そんな寝方をしていたら窮屈じゃあありません? ゆっくり休めないのではないかと思いますけど」


「あら、私はぐっすり眠れるけど。あったかくて気持ちがいいのよ」

フィノが半身を起こしてルティナの方へ身を乗り出してくる。ルティナはその気迫に押されて身体を後ろにそらせた。それでも、何とか言い返そうとする。


「フィノの事を言っているのではありません。ユウ様の…」

その言葉を途中でユウが遮った。

「ルティナ、これには少し事情があるんだ」


ルティナは少し上を見上げ、思い出して言った。

「フィノが孤独に弱いって言っていたあれですか? この世界に来る前に、一体何があったっていうんです?」

ルティナの言葉には悪意は感じられない。純粋に聞いておきたいだけなのだろう。けれど、フィノが嫌がるなら話す必要はない。ユウはそう思い、どうやって誤魔化そうかと考えていたのだが、そんなユウが話し始めるより前にフィノが口を開いた。


「そうね…。そろそろ自分自身だいぶ整理がついて来たみたいだから、少し話してみようかな…」

言いつつユウの腕を抱きしめている。

けれど、その力はかなり加減されたもので、さほど痛くは無い。


なのでユウも聞いてみる事にした。フィノの過去については、自分が関わって以降の事は別にして、それ以前の事はあまり詳しく話してもらっていないのでユウもほとんど知らない。ユウ自身、実はずっと気になっていた事でもある。

「俺も聞いておきたい。フィノがどうしてあそこにいたのか。もちろん、苦しくなったら途中でも話すのを止めて構わないし、抱きしめれば落ち着くなら抱きしめてやる」


「ありがとう。でも、今は大丈夫」

フィノはフィノの隣でやはり身を起こしたユウの顔を下から見上げる格好で見つめそう言うと、今度はルティナを自分とは反対側のユウの隣に誘った。


「ルティナもこっちに来て。ユウの隣って落ち着くのよ」

ルティナは少し迷った後、思い切った様に布団をめくり、ユウの隣に座ると、恐る恐るユウの腕にしがみついてくる。

その姿を確認し、フィノは自分もユウの腕をしっかりと掴み直して、ベッドの上の天井を見上げ、何か思い出しているのか少しの間黙った後、ゆっくりと話し始めた。



それは穏やかな日差しの降り注ぐのどかで平和な世界での事だった。

フィノが住んでいたのは争いのないそんな世界のとある王国の宮殿。フィノはその国の王女の一人だった。


兄弟は兄が二人に弟が一人、少し離れて妹が二人。喧嘩する事もあったが、それでも兄弟の仲は良いといえた。

そんな兄弟の中でもフィノは最も愛されていた。母親譲りの美貌を持ちながら、父親の荒々しさをも受け継いだのか、兄達の指南で始めた武道も天下一品。兄達に負けない腕を誇り、それでいて傲慢にはならず、他人に優しく、民にも慕われた国中で評判の姫だった。

しかし、ある時この国の神に仕える神官の元に神のお告げがあった事からフィノの運命が変わる事になる。


「大変です。ついにこの時がやって来てしまいました」

この国にしては珍しく風が吹き荒れた嵐の夜、一人の神官が王の元へと駆けこんできた。


「どうした。何事だ?」

聞き返す王に、神官は必死に息を整え自ら落ち着こうと努力しているのがわかる。

「はあ、はあ。……。神が生贄を御所望の様です」


この世界には絶対的な神が存在する。その神は王家の樹を通じて啓示を表し、それに従う事で人々に安寧を与え、国を繁栄させていた。

その王家の樹の花が蕾のまま枯れたのだ。これは古の時代、国が亡びる程の凶事の前兆であった。実際、一度は王家の血筋も絶える寸前にまで至った事があるくらいだ。


だがその凶事も、長い年月の間に変容を見せる事となる。

ある時、その凶事を防ぐため、王が若い娘を生贄に捧げたのだ。

すると、それ以降、王家の樹の蕾が枯れた時も何の凶事も起こらなくなった。そうすることによって以降長らく平和な時代が続いているのだ。


「いかがなさいますか?」

神官は苦しそうな表情で王へと問いかけた。

長女であるフィノはもちろん、次女クアラ、末妹リモティも幼いながらも整った容姿を持つ優しい少女だ。いくら国を守るためとはいえ、その身を散らせるのは忍びない。


王は苦悩の末、決断を下した。

「リモティを神の元へ差し出す事にする」

リモティはこの時五歳。二人の姉が大好きな真っ直ぐな女の子だった。


リモティはまだ生贄の意味もよくわからない子供だった。

人懐っこい笑顔でフィノに話しかけてくる。

「姉さま。私、今度、お国の為に役に立つ事が出来るのよ」

「リモティはいい子ね。お姉ちゃんがきっと何とかしてあげるからね」


フィノはリモティの唯一の話し相手になっていた。

生贄がリモティに決まって以降、リモティの周りの人は徐々に遠ざけられる事となったからだ。神へ捧げる前に世俗にまみれた身を清める為、生贄の日までの間、食事を運ぶ人など限られた人としか接触する事を許されなくなるのだ。


しかしそんな中でもフィノは無理やりリモティに会いに行っていた。

日に日に会える人が少なくなっていくリモティに対して、その時のフィノには入れ代わり立ち代わり訪問者があった。幼馴染に将来有望な騎士、国を担う貴族の子息たちもこぞってフィノの周りに集まってくる。美しく妙齢の姫の元に男達が集まるのは当然の事なのだが、フィノにしてみれば余計に妹がかわいそうで仕方が無い。なので、見張りの隙を縫って強引にリモティの所へ潜り込んでいたのだ。


そんなある日、王がフィノの元を訪れた。

「リモティの所へ行くのは止めよ」

王は表情を変えずに言い放った。後から考えれば、苦しかったのだとわかるが、この時のフィノにはそれはわからない事だった。


「いやよ。あの子、母さんにも会えなくなったって私の腕の中でずっと泣いているのよ。放っておけるわけないじゃない」

リモティの悲しい涙を見ているフィノは、自分が行かなければ妹が狂ってしまうのではないかと強く感じていたので、ここは引く事が出来なかった。


しかし、父はそれもわかっているであろうはずなのに、やはり表情は変えなかった。

「我らは国を預かる身なのだ。民が平和に暮らす為に心を砕かねばならない。その為には犠牲にしなければならない事もあるのだ」


「それなら、なんであの子なのよ。父様が生贄になればいいじゃない」

反射的に毒づくフィノ。


それをすかさず幼馴染が諌める。

「フィノ。ダメだ。そんな事を言っては」

彼は、フィノとは幼少のころから一緒に育てられてきた一番親しい友人で、王の信頼も厚い男だった。事あるごとにフィノの事を訪ね、楽しい話を聞かせてくれていた。


「そうだよ、王様だってリモティの事が可愛くない訳がない。苦渋の決断をしたんだ」

そんな風に言って来るのは王のそばに控える若き騎士、最近は王と一緒でないときもフィノの事を訪ねて来て、プレゼントをしてくれたりした。フィノが気に入る物を選ぶのが上手く、フィノは彼の送ってくれたものが気に入らなかった事がなかった。


「第一、古来、神が所望しているのは穢れの無い乙女なんだ。王様は変わりたくても変われないんだよ」

更に言葉を重ねるのは宰相を務める貴族の御曹司。フィノが弱った時にはいつも慰めてくれるし、困った時には助けてくれる頼りになる男だった。


彼等の他にもフィノにはたくさんの友人がいたが、皆口をそろえて仕方がない事だと言う。

リスティの事はかわいそうだと言うものの、誰も動こうとはしない。みんな神に逆らうつもりはないのだ。


たかが一人の命で多くの人の生活を守る事が出来ると言うのなら、やむを得ない事だという事はわかるのだが、フィノはどうしてもリスティを見捨てる事は出来なかった。

お姉ちゃんが何とかする、と、約束したのだ。

きっとリスティはそれを信じて待っている。


「わかったわ。私がリスティと代わります」

気付いた時にはフィノはそう言っていた。


しかし、周囲の反対はフィノの想像を超えたものだった。

先の三人を始め、入れ代わり立ち代わりフィノの説得に訪れ、と同時に王に変更を認めないよう陳情した。

だが、リスティが病に倒れ、寝込んでほとんど動かなくなるに至り、王はフィノの申し出を認める事とした。生贄の儀式までリスティでは持たないと判断した為だった。


これによって今度はフィノが隔離される事となった。

そうなってみて初めてフィノはリスティの苦しみがわかった。


それは外で想像していた以上に厳しいものだった。

食事を持ってくる侍女も、フィノが話しかけても何も答えず、ただ食べ物の乗ったトレイを置いて行くだけ。誰とも話す事すら出来ないのだ。


あんなに親しくしていた男達も、リスティの時にフィノがやったみたいに密かに会いに来てくれる事も無く、待っても待っても誰も現れない。

国の事を思えばさすがに自ら抜け出す事は出来ないのだが、少し頑張れば忍び込む事も可能な隔離場所だと言うのに、それまで親しくしていた誰一人フィノの元を訪れない。


それだけでもフィノにとってはきつい事実だったのだが、それに輪をかけて隔離の期間が長くなった。フィノにはその本当の理由はわからなかったが、フィノは勝手に自分が世俗にまみれて汚れている為だと受け取り、納得するしか仕方がなかった。


隔離されている期間が長くなってきたある時、フィノは体を鍛える事を思いついた。幸い屋敷には道場があり、剣や弓などの武具もあった為、フィノは体を動かす事で寂しさを紛らわせる事にしたのだ。


フィノは目を覚ましてから夜眠る寸前まで、何らかの形で身体を動かした。そして、そうするうちに一つの考えが浮かんできた。こんな目に合わせた神に一矢報いてやろうじゃないかという考えだ。


それからフィノは以前にも増して剣や槍、弓などの技術を磨いて行った。独学で、しかも師も対戦相手もいない中での修練だったのだが、それでも自分が強くなっていく事は自分自身感じられ、それを励みにさらに頑張る事が出来た。


結局、三年もの期間が過ぎ、もう一生ここで過ごす事になるのではないかと思い始めていた時、とうとうその日がやってきた。


祭壇へと向かう道中、こんなに長くなったのはやはり神の樹の啓示ゆえなのだと言うことがわかったが、もうそんな事はこの時のフィノにはどうでもいい事だった。

それよりも、久方ぶりに父や母、兄や弟、妹達、それに親しくしてくれた友人達と一目だけでも会えると思うと心が躍った。


しかし、彼らは一人を除いて誰も祭壇の近くに現れなかった。

唯一姿を見る事が出来た王でもある父は、儀式の為の飾りで身体全体を覆われていてその表情さえよくわからなかった。


もうすっかり回復しているはずのリスティさえその場に現れなかったのは、フィノにはショックを通り越し悲しかった。せめて最後にリスティの元気な姿を見て自分のした事を納得させたいと思っていたからだ。


王の儀式が終わると、フィノは神の祠へ入るよう促された。

神の祠とは神の住処とされる国内最高峰の山の中腹に開いた洞窟の事だ。

その中で待っていれば、神が迎えに来るのだと聞いた。


フィノは覚悟を決めて洞窟の中へと入った。赤いラインの入った白い巫女装束にも似た服は、その身が清浄である事の証し。貢物として豪華な装飾を施した剣と王家の蔵に保管されているのを見た事のある大きな大きな宝玉を持たされ、洞窟の奥へと進むよう言い渡され、それに従って奥へと進んでいる間に入口を岩で塞がれた。


その瞬間からフィノの目には何も映らなくなった。光が全く入らなくなった為である。

それまではわずかに神に一矢報いようなどと不遜な事を考えていたフィノだったのが、いくら三年もの長い間孤独に耐え精神を維持してきたフィノであっても、光の無い世界は別格だった。


不安で泣きそうになるながらも、そろそろと進んで行くと、何か蹴飛ばしてしまったのか、カラカラと乾いた音が洞窟の中に反響し、その音で全身が恐怖に包まれる。

フィノは歩くのを止め、しばらくの間その場でひたすら耐えていたのだが、いつまでたっても神は迎えに来ない。


初めのうちは握りしめていた剣も、いつの間にか手放してしまっていた。もちろん持たされた宝玉などとっくに投げてしまっている。

その状態で恐らくは長い時が流れ、何も見えない暗闇の中でただただ黙って神経をとがらせていたフィノも、遂には精神が持たなくなる時が訪れてしまう。


その瞬間、フィノは上下左右、全方向がわからなくなるのを感じた。いままで確かに踏んでいたはずの地面も、手を伸ばせば感じる事の出来たごつごつとした岩の感触も全く感じない。

これまでも孤独で心細かった事は何度もあるのだが、その比ではない不安がフィノの全身を駆け巡り、フィノは思わず声をあげていた。


「怖い、怖いよ、助けて、お願い…」

全身に震えが走り、自らの意志では止める事が敵わない。


一度声に出して助けを呼んだ後は、考える事も無く声をあげていた。

「助けて、助けてくれたら私、どんな事でもするから、必ず役に立って見せるから」

声は何処に伝わっているのか、そもそも発する事が出来ているのか、フィノは自分でもわからなくなっていたのだが、それでも、フィノは助けを呼び続けた。呼び続けるしかなかった。


「お願い、助けて、……、助けて…」

そう声を出し、あるいは頭で念じ続けるのだが、その間も震えは止まらない。それどころか震えは次第に大きくなってくる。


どのくらいそんな状態が続いたのだろう、しばらくして、フィノは突然何者かの気配を感じた。

『誰?』


『声が聞こえたから、助けに来たんだ。怪しいものじゃない』

それがユウとの出会いだった。


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