次の扉の向こう側
「待って!」
歩き始めたユウの腕をフィノが掴んで引き止めた。
フィノの視線はある一点に惹きつけられている。
「どうかしたの?」
「行く前に剣を回収しておかないと…」
そう言えば、フィノの剣はまだ水の中だった。
恐らくこの水はその剣の刺さった所から湧いているのだろうから当然だ。
「けど、水の流れはどんどん強くなっているぞ。この強い流れの中から回収するのは無理なんじゃないのか?」
「でも、あの剣はちょっと大きいけど使い勝手が良かったし、それに、せっかく巨人達から貰ったものなのに…」
「それはそうかもしれないけれど、水位も上がってきているし、この水の流れに逆らって剣を取りに潜るなんて無謀だと思うけど…」
実際、水の流れは刻々と激しくなってきている。
この激しい水流の中で動くのは、いくらフィノでもそう簡単ではないはずだ。
それにはルティナも同意する。
「私も、残念だけどあの剣の事は諦めた方がいいと思います。私は、フィノが飛ぶ時、剣が地面の中に勢いよく埋まって行くのを見ました。剣は勢いよく沈んでいきましたから、もう人の手では届かない所まで埋まってしまっていると思います。いくらフィノでも引き上げるのは無理なのではないでしょうか」
剣が水底に埋まってしまっているとしたら、掘り返さなければ剣は取り戻す事が出来ない。
激しい流れに逆らって剣の所へたどり着く事だけでも難しそうだというのに、現状、それは無理そうだ。
「剣をくれた巨人達だって、怒りはしないと思うよ。有効に使った結果なんだし」
ユウの言葉に、フィノが徐々に力を抜いて行く。
「でも…」
しかし、フィノはまだ盛んに背中の辺りを気にしている。
長い事相棒として使って来た剣が無くなってしまった事で、不安な思いが湧いて来ているのかもしれない。
ユウは自分の剣を鞘ごと外し、フィノの前へと差し出した。
「ここでは新しい剣なんて手に入りそうもないから、フィノはとりあえずこの剣を使っておいて。特別な剣ではないし、あの剣に比べると小さくて頼りないかもしれないけど、フィノが使えばそれなりに使えるはず。俺が持っているより遥かに有効に使えると思うしね」
「でも、それだとユウが使う剣が…」
「大丈夫、俺はこっちの剣を使うから」
ユウは反対側の手でもう一つ腰に差していたクリスタルの短剣を軽く持ち上げフィノに見せた。
あまり頑丈そうには見えない剣だが、護身の為くらいなら役に立ってくれるはずだ。
そもそも、ユウは言わばユウ自身の精神の安定の為に剣を身に付けていた様なものなので、剣を持つ事が必須と言う訳ではない。
実際、ユウが剣を振るう機会など、今までほとんど無かった訳だし、気持ちを落ち着かせる事が目的なら、このクリスタルの短剣で充分だともいえる。
ユウはなかなか受け取ろうとしないフィノに、半ば強引にその剣を手渡した。
それを待っていたかのように、ルティナが声を掛けてくる。
「ユウ様、もう少し上に登った方がいいみたいです。水位が上がってきているみたいです」
その声の響きから、なかなかの緊迫感が伝わってくる。
見ると、水はもうユウ達の足元のすぐ近くまで迫って来ている。
水の勢いは依然収まる気配がない。
アーダがフィノの腕をつかんで言う。
「もう、剣を取りに潜っている余裕なんてなさそうだぞ。 フィノ、ここは先に進むしかないんじゃないか?」
「…わかったわ」
フィノがちいさく頷いたのを確認し、ユウは扉に向かって走り出した。
すぐ後ろにルティナが続く。
フィノもアーダに促され、二人の後ろに付いて走り出した。
この間にも水はどんどん上って来ている。
水中に没したからと言って扉が無くなる訳ではないのかもしれないが、水中に没してしまっては扉の前に行くだけでも大変な労力を要する事になる。
急いだ方が良い事は間違いなさそうだ。
ユウは扉の前まで来ると、そこで一旦立ち止まった。
三人がユウのすぐ後ろに並ぶ。
「ユウ様、あまり余裕はないみたいです。水がどんどん上がってきます」
ルティナが後ろを振り返り、やや早口で言ってくる。
「ここまで来たら行くしかねえだろ、もう迷っている場合じゃねえみたいだぞ」
アーダもだいぶ焦っているようだ。
確かに、水位の上昇は加速度的に早くなってきている。
流れ出る水の量も、次第に多くなってきている様だ。
水流の轟轟と流れる音が大きくなっている。
ユウがフィノに視線をやると、フィノはそれに答えるように頷きかけた。
その姿を確認し、ユウが扉に手を掛ける。
そしてその扉をゆっくり開けていく。
扉の向こうは、まるで白い膜か何かでおおわれているかのように真っ白だった。
その様子にユウは一瞬戸惑ったものの、思い切って扉の中へと歩を進めた。
水音はもうすぐ後ろまで近づいている。
ユウに続いて、三人も扉の中へ入っていく。
扉をくぐると、すぐに強い風が吹き付けてきて、ユウは思わず目をつむった。
と同時に、強烈な寒気がユウを襲う。
身を縮めるようにして何とかその風をやり過ごしたユウが、瞬間瞑ってしまった目をゆっくりと開けていくと…、
そこは一面の銀世界だった。




