剣の意志
フィノは獲物に飛び掛かって行く際に、大きくジャンプする事がある。
なのでフィノが飛ぶように移動するのは決して珍しい事ではない。
しかし、それは主に獲物に向かって行く時の事で、獲物から大きく遠ざかる方向に飛ぶのは珍しいし、そもそも、そんな時に鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている事はほぼないと言っていい。
だが、フィノは今まさにそんな状態で飛ばされていた。
フィノは自分が今何故空中にいるのか、わかっていないようだった。
しかし、そんな状況下にあってもフィノの身体は確実に反応していた。
空中で体の向きを変え、着地の衝撃に備えている。
そしてその準備が整った直後、うまい事地面に着地した。
フィノの身体にダメージは無いようだ。
そして着地後すぐに反撃に移るべく動きかけ、しかし、それは出来ずに結局その場に留まった。
持っていた大剣が地面に突き刺さってしまっていた為、動けなかったようなのだ。
地面が乾燥していた所為で、刺さりやすい状態になっていたらしい。
とはいえ、剣はそれほど深く刺さっている訳ではない。
軽く刺さっているだけなので、フィノの力ならば充分引き抜く事が出来るはず…、
だったはずなのだが、これがなかなか引き抜けない。
それどころか、徐々にではあるものの逆に埋まっていっているように見える。
フィノの持つ巨大な剣は、普通の人ならそう簡単に振り回す事が出来ないほど重い為、柔らかい地表なら自重で刺さってしまってもおかしくはないのだが、それはあくまで剣のみの力、剣の重みに任せた場合の事で、いくら重いと言っても、普段からそれを振り回しているフィノが力を込めれば少なくとも更に沈んでいく事などないはずなのだ。
にもかかわらず、まるでそこが自らの存在するべき場所だとでも言うかのように、剣はどんどん深く沈んでいく。
「なにこれ。動かない…んだけど…」
フィノが力を込めても、沈むのを止める事はできていない。
沈み込む速度を遅くするくらいが精一杯だ。
「くっ、もうっ。何なのよ、急に…」
フィノがぼやいているその間に、オオトカゲはフィノに狙いを付け直している。
このままその場に留まっていたのでは、フィノは炎に焼かれてしまう。
「フィノ、剣の事はいい。とりあえず逃げろ!」
「でも、これは大事な剣だもの。捨てる訳にはいかないわ」
「大丈夫、その剣なら炎を浴びたくらいでダメになるような事にはならないはずだし、それにその剣は…」
オオトカゲの口の中で小さな炎が渦を巻き始めているのがわかる。
もう話をしている余裕はない。
ユウは話を中断し、大きく叫んだ。
「いいから、とにかく逃げるんだ!」
フィノはその声で吹っ切れたらしく、剣の柄を踏みつけるようにしてその場を跳び退いた。
直後、炎がその一帯を覆い尽くす。
フィノはそこから跳び退く事には成功したものの、動くのが僅かに遅かったようで、炎がフィノを捕らえる勢いで迫っている。
しかし、そう思った次の瞬間、フィノはなぜか突然現れた大量の水の中にいた。
気が付くと、フィノのすぐそばまで迫っていたはずの炎も、既に消えて無くなっている。
フィノはそんな状況の中でも冷静に判断を下し、水面の方向を見極めると、水面から顔を出して大きく息を吐き出した。
辺りを見回すと、炎を吐いていたはずのオオトカゲも逆方向の水流に飲み込まれ、遠ざかっていっていくのが見える。
水は、元々フィノとオオトカゲがいた場所の中間付近から、ひっきりなしに流れ出ている。
この流れは収まる気配が見られない。
ここが砂漠とはとても思えない光景だ。
幸い、ユウの居る辺りは小高い丘になっていた様で、この水の流れはユウの所までは至っていない。
同様に、ルティナとアーダも、水に飲まれずに済んでいる。
二人ともユウと同じ丘の上にいたようだ。
ユウ達の中では、一人フィノだけが水に飲みこまれてしまった様なのだが、そのフィノも既にユウ達の方に向かって泳いで来ている。
流れは意外に激しいが、フィノの運動能力なら溺れる事もないだろう。
一方、オオトカゲの方はといえば、すっかり水に飲み込まれている。
必死に足掻いてはいるものの、流れから抜け出す事は難しそうだ。
しかもその動きも次第に小さくなってきている。
どうやらオオトカゲは水が苦手ならしい。
こんな所に住んでいたのでは、水などというものはほとんど見た事が無いのだろうから当然の事なのかもしれないが、完全に溺れてしまっていて、もはやどうする事も出来ないようだ。
フィノが水流を泳ぎきり、ユウの方へと近づいて来る。
「なにこれ、どうなっているの?」
しかし、どうなっているのと聞かれても、ユウには答えようがない。
ユウが何と答えて良いのか悩んでいるうちに、二人がそれに答えて言う。
「剣の刺さった場所から水が噴き出したように見えたから、その地下に水脈でもあったんじゃないのか? でもさ、フィノはよくそこに水脈があるってわかったよな。さすがだよ」
「本当に。こんな所に水脈があるなんて、誰も思いませんものね」
フィノは照れて頭を掻いた。
「ううん。私はただユウの指示に従っただけだから。狙ってやった訳でもないし…」
二人の視線がユウに集まる。
ユウは苦笑いをするしかなかった。
「いや、俺はあの時、フィノが珍しく剣の扱いに苦労しているみたいに見えたから、剣の動きに逆らわないようにしてみたらどうかって思っただけなんだ。こうなる事が予想できていた訳ではないよ」
確かに、この時例の石碑の文の事が、頭をよぎらなかったかと言えば、そんな事はない。
とはいえ、こんな所に水脈があるなど、もちろんユウは知らなかった。
ただ、何となく悪い様にはならないだろうと、漠然と思っていただけだ。
結果そのカンが的中したという事になる。
と、突然、フィノが大きな声をあげた。
「見て、あんな所に扉がある!」
急いでフィノの指差す方向を見ると、そこには人の背丈の二倍ほどの岩がある。
フィノは知らなかったのだが、フィノが剣を蹴って飛んだ時、噴水のように激しく吹き上がった水流の一つがぶつかったのがその岩だ。
当たったのは噴出した最初の一瞬だけで、今はもうその岩に水は当たっていない。
ユウは、その岩に見覚えのある扉がついている事に気が付いた。
ここへ来る時に通った扉とほとんど同じ形の扉だ。
「さっきまでは何も無かったはずなのに…」
ルティナも眼を瞬かせている。
「これは、ここはクリアしたと考えて良いんじゃないか?」
確かに、これはそう考えていいのかもしれない。
この扉をくぐって行けば、次に進めそうな感じがする。
ユウは突然現れたその扉に向かってゆっくりと歩き始めた。




