今後の方針
少し体を休めた後、三人は宿の食堂で夕食を取り、その後再び部屋へと戻ってきた。
今回の食事代や宿代はフィノが闘技会で勝ち抜いた事でもらった賞金で賄った。ユウが報酬を受け取っている間にフィノは勝ち抜き分の賞金を受け取っていたのだ。
その為、フィノはステージの上でユウがルティナの事をどんな風に扱っていたのかは見ていない。ユウはそれを知った時、なんだかほっとしたような気持ちになった。
フィノのもらった賞金は金貨にして一枚にも満たないものだったのだが、二人分の闘技会参加料よりは多かったので、闘技会参加前より懐は潤った事になる。しかし、その後ルティナの服を買ったりした為、今はほぼトントンの状態だ。
それでも当面の生活費くらいは賄えるだけのお金を確保できたことは大きいが、何か考えないといずれお金を使い果たす事は間違いないだろう。
ここへ来る前の事を考えれば、野宿する等してお金を使わないようにする事も出来なくはないが、いつ獣に襲われるかわからない野宿をするよりは、できればフカフカのベッドで眠りたいし、たまたま狩れた獣の肉だけを食べるのではなく、もっとまともな食事だってしたい。
その為には何か収入を得る事を考えなければならない様だ。
「とりあえず、今日はここに泊まるとして、明日からはどうしようか」
ユウはベッドに身体を投げ出して天井を向いたまま思いっきり伸びをした。
その隣にフィノが来てユウの顔を覗き込む。
「声は聞こえないの?」
フィノが言っているのはこの世界に来るきっかけになったあの声の事だ。
「ああ、あれからは全然」
ユウがフィノから目を逸らすように横を向くと、そこにはルティナがいた。
「あの、声って?」
ルティナにここへ来た目的をまだ話していなかった事に気が付いたユウは、簡単にここへ来た経緯を説明することにした。
そして、この世界に来てからこの街に来るまでの事を大まかに話した。
「じゃあ、ユウ様もフィノもこの世界の人間ではないと言うのですか?」
ユウとフィノの腕に埋まった「精霊の涙」を見せられ驚くルティナ。しかし、それが森の妖精を助けた証と聞き、余計にユウを敬愛する気持ちが大きくなっていた。
ちなみにルティナがフィノに様を付けないのはフィノの要求だ。ルティナはこれを受け入れたのだが、同様のユウの願いは退けた。ルティナにとってはそれが誓いを立てた主である事の証しなのだそうだ。
「そうなんだ。だからこの国の事もよくわからない。ただ声を追って来ただけだからね。しかも、その声もしばらく聞こえてこないし。……。ルティナの事は片付いた訳だから、また聞こえてもいい頃だとは思っているんだけど…」
ユウの考えでは、あの声よりも近くで助けを求める声があがると、あの声は聞こえなくなるような気がしている。もしそうなら、今はもう聞こえてもいい時期のはずなのだ。もっとも、声の主が何も言っていないのであれば、聞こえる訳がないのだろうが…。
「私はその声の主の方にも感謝したいです。その方がいなければ、きっとユウ様に助けて頂く事も有りませんでした。その方が困っているのであれば助けたいです」
ユウの方へルティナも身を乗り出してくる。
ユウはその圧力に負けて、やむなく二人の間をすり抜ける様にして立ち上がった。
「もちろん、そのつもりでここまで来たんだから、声が聞こえ次第そうするつもりだ。声がするたびに近づいて行けば、いずれは声の主にたどり着けるはず、そう思っている」
そして窓際まで歩いて行く。
それをフィノが追いかける。
「もしかして、他の声が聞こえた、とか?」
ルティナの時の様に別の声が割り込んで来ると、あの声は聞こえなくなる。フィノはそれが聞こえたのかと聞いているのだ。
「いや、ルティナの声以降、新たに聞こえた声は無いよ。残念ながらあの声も含めてね」
最後に声を聞いたのはラーブルの村に着く前なので、だいぶ長い事聞いていない事になる。
村でリスティの街の方角から聞こえたらしいと当たりは付けたのだが、実際どうなのかはもう一度聞いてみなければわからない。ルティナの件でも声の主の近くまで来ている時に声を聞けば、声の主のいる場所はかなり絞り込む事が出来るのはわかっているので、今はまた呼びかけてくれることを信じて待つしかない。
「それじゃあ、明日はどうするの?」
窓際まで追いかけてきたフィノがユウを下から覗き込んでくる。
可愛いのだが、可愛いが故にユウとしては気を散らす必要がある。
「うーん。初めは街中をぶらついて声が聞こえるのを待つつもりだったんだけど…」
気の無いそぶりで遠くの風景を見ているふりをする。
「けど?」
それでもフィノはユウの腕にかじりつき、さらに顔を近づけてくる。
腕に当たる柔らかな膨らみの甘美な感触から、フィノが不機嫌にならないよう丁重に抜け出し、ユウはベッドのある場所まで戻って来てそこへ腰かける。
「いつ声が聞こえるかもわからない訳だし、このままうだうだしている間にお金も無くなっちゃいそうだから、何か考えなくちゃいけないかなって思ってる」
「何かって?」
フィノはぱたぱたと音をたてつつやってきて当然の様にユウの隣へと座った。
「お金を稼ぐ方法さ。稼ぐっていっても別に貯金をしたいわけでもないから普通に生きていく事が出来ればいい。かといって、ずっとこの街にいるとは限らないから定住しなくてはならないような仕事はダメだ」
ユウはフィノを見てその目が少し曇っている事に気付き、これ以上動き回るとフィノが発作を起こしかねないと判断し、その場に落ち着く事にした。
フィノの勝ちだ。
「それなら、ハンターをしてみてはいかがでしょうか」
ここで、しばらく前からユウとは反対側のベッドに落ち着いていたルティナが二人の話しに入ってきた。
「ハンター?」
「いわゆる獣を狩るのもハンターですが、森や荒地に行って武器などの素材を獲って来るのもハンターの仕事なんです。辺境まで行けば一攫千金、一生遊んで暮らせるくらいのお金をもらえるような獲物もあるみたいですよ」
ルティナはユウの方を向き微笑みながらそう言った。美しい笑顔だが、見ようによってはどこか氷の様な微笑みにも見える。
「で、でも、それは結構獰猛な獣を相手にしなければならなかったりするんだろう?」
想像以上の圧力に思わず同意しそうになったユウだったが、自分の非力さを思いだし消極的な発言をする。
「いいじゃない。そういうのは私が相手をするわ」
逆にフィノはノリノリのようだ。あまり心配はしていないのだろう。フィノ程の実力があれば無理もない所だ。
「いや、でも危ないだろう」
それでもユウはフィノの事が心配だ。人の心配などしている場合ではないのは重々わかっているのだが…。
しかし、フィノは何処か楽しそうな目をしている。ハンターに興味が湧いているようだ。
「大丈夫よ。私やりたい。せっかく訓練した武術や剣術だって、使う機会が無いと錆びちゃうわ。やっと少しは役に立てそうなんだもの、私、ハンターやりたい」
「でもなあ」
簡単には頷けないでいたユウにルティナが情報を付け加える。
「ユウ様。この辺りは比較的獰猛な獣は少ないので、闘技会で優勝するくらいの実力があればあまり危険な事は無いかもしれません。ある意味、打って付けの職業かも…」
「けど…、俺がな…」
ユウが迷っているのを見たルティナは、別行動を提案してくる。
「それならフィノが狩りに行っている間、私とユウ様は別の仕事を…」
しかし、最後まで言う前にフィノがそれを強烈に否定した。
「ダメ。それは絶対にダメ。ユウが一緒じゃなきゃ私はどこにも行かない」
物凄い剣幕に、一度は怯んだルティナだったのだが、体勢を立て直し、フィノに向かって言い返した。
「別にフィノがいない間に変な事をしたりはしませんよ」
変な事ってなんだよ、と思ったユウだったが、言葉にはせずに黙っている。
「そういう事じゃないの。私はユウと離れない」
フィノはユウの腕をきつく抱きかかえたまま言い切った。
ユウは、抱き付かれた状態のまま、フィノがまだ震えていない事を確認した。フィノもだいぶ強くなってきたようだ。
そして、フィノの背中を軽く叩きながら、ルティナに向かって言った。
「フィノはいろいろあって孤独がダメなんだ」
「…そうよ。もう二度とあんな目にあうのはいや。だからユウとは離れない」
すぐにフィノもそれを認め、その上でユウと離れない事を宣言する。
フィノの必死の形相にルティナもここは認めざるを得なかった。
「わかりました。それなら皆で行きましょう。私はこの間にもう少し色々な情報を得ておこうかと思っていたのですが…」
つまり、ルティナはルティナで何か考えがあったという事だろう。確かに何をするにも情報は大切だ。何の情報を得ようとしていたのかは、ユウにはわからないのだが。
「なら、ルティナだけ残ってもらってもいいけど…」
ユウがそう言うと、ルティナは少し顔を曇らせた。
「いいえ、ユウ様が一緒ならともかく、私が一人だけで街中を歩いてたりしたら…」
ルティナの言う事は尤もだ。今、この街ではルティナは超有名人なのだ。好奇の目で見られるのは間違いないので、一人にするのは少なくともしばらくは避けた方がいい。
「それもそうだった。なら、明日は三人で狩りに出てみようか」
何か嫌な事でも想像したのか、ルティナは表情を曇らせたまま俯いている。
ユウは慌てて話題を変えた。
「ところで、ルティナは弓が得意なんだよな」
ユウの質問に答える為、ルティナは顔を上げた。その反応は悪くは無い。
「はい、たしなみ程度ですが、多少は…」
その反応を確認し、ユウは言葉を続けた。
「なら、狩りに行く前にルティナ用の弓と剣を買って行こうか。お金は使っちゃうけど、その分何か獲物を獲ってくればいい」
「いいんですか?」
そんな風に言ってくる割にルティナは意外にうれしそうに見える。弓を扱うのは好きなのかもしれない。
「いいに決まってるじゃない。その代りいっぱい獲れるよう頑張りましょう」
フィノにも異存はない様で、笑顔でルティナの手を取った。
「…はい」
二人が嬉しそうにしているとユウまで嬉しくなる。三人の中で一番弱いのは恐らくユウだ。つまり一番頑張らなければならないのは自分なのだ。ならば、一番気を引き締めなければならないのも自分だ。
「決まりだな。なら、まだ少し時間は早いけど、明日に備えて寝るか」
ユウはそう言うと、体力を温存するべく今度こそベッドに横になった。




