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二人目の同行者

少しの間無言の時間が続いた後、ルティナは急に何かを思い出した様にはっと体を起こして、今度は念声ではなく普通の声でユウに言った。


「でも、それなら闘技会の前にこの声で教えてくれれば良かったのでは…。い、いえ、ごめんなさい。説明してくだされば安心できた…と、思うのですが…」

恐らく怖い思いをしていた事を思いだし、早い時期でこの声を使って助けに来ている事を教えてくれればそんな思いをしなくて済んだのにと思ったのだろう。


けれど、それは出来なかった事だ。

「俺も予め話が出来ればいいと思うんだけど、残念ながら助け出すまではこっちの声は通じないみたいなんだ」


「でも、ステージの上で、あなたの声は聞こえたわ。まだ縛られた状態だったのに…」

「俺も良くはわからないんだけど、あの時はもうルティナの処遇はおかしな事にならない限りは決まっていた訳だから、そのおかげかもしれないし、もしかしたら声の主であるルティナと俺が直接顔を合わせる事が出来たからかもしれない。いずれにしてもそれより前には俺の声が声の主に届く事は無いみたいなんだ」

ユウ自身もその理由はよくわからない。けれども、声が最初に聞こえた段階では、自分の声は相手に届かない事は経験上知っている。


「私…、ごめんなさい。あの場から助けてもらっただけでも有難い事なのに、文句なんて言ってしまって…」

急に我に返ったルティナは、助けてもらったのに文句を言っている自分に気が付いて、ユウに謝ってきた。恥ずかしさに身を捩り赤くなっている。


「いや、気持ちはわかるよ。気にしないで」

ユウはそれに軽く手を振って答えた。

少しの間俯いたまま静かにしていたルティナだったが、そうしているうちにだいぶ落ち着いてきたのか、思い切った様に顔を上げ、切り出した。


「それで…、私はこれから何をすればいいでしょうか?」

公衆の面前で誓いまで立てさせられたのだ、ルティナとしては自分がこれからどんな扱いを受けるのか、気になるのも当然の事だ。

しかしユウにしてみれば、そんな事はあの場から抜け出すための方便でしかない。抜け出しさえすれば、後は何もするつもりは無い。


「いや、ルティナは別に何もしなくていいよ。少ししてほとぼりが冷めた頃、こっそり自分の家に帰ればいい。枷だってすぐに外してあげるよ」

しかし、ルティナはすぐにそれを否定した。


「いいえ、そんな事をしてはいけません。私の所有権は今日、その…ユウ様…のものとなったわけですし…、それをたくさんの人が見ていたのです。私が枷を外してしまったら、恐らく私が誓いを立てた相手であるユウ様にも迷惑をかけてしまいます。それに私はもう、バーラント家の人間ではありませんから、家にはもう…、戻れません」

実は、この世界の誓いはユウの考える誓いとはかなり重みが違うものなのだが、ユウにはその感覚は理解できていない。


「こっそり帰ってしばらく家から出なければわからないんじゃない?」

その程度の事としか思っていなかった。


「いえ、そう言う事では…ないんです。私は…、両親に売られた…のです…から…」

苦しみに耐え、絞り出すように言うルティナの顔を見て、ユウも辛くなってきた。ルティナの家の親子関係がどのようなものだったのかはわからないが、たとえどのような関係であったにせよ、実の親に売られたという事実はそう簡単に消し去る事は出来ないだろう。


「いや、でも…」

ユウはルティナの事を元気づけてあげたいと心から思うのだが、それをうまく言葉にする事は出来ずにいた。

代わりにユウの腕にくっついていたフィノがルティナに声を掛ける。


「ルティナ、それなら私達と一緒に来たら? ユウは優しいし、一緒にいると昔あった嫌な事なんてすべて忘れられるわよ」

突然のフィノの勧誘に驚くユウ。ユフィノがそんな事を言いだすなんて、これっぽっちも考えていなかった事だ。


「何言ってるんだよフィノ」

「いいじゃない、本当の事だもの。私だってユウに助けられてこうして一緒にいる事で物理的にも精神的にも救われたんだもの。だから、今の私は身も心もユウのモノ。ルティナだってきっと一緒、ユウと一緒に暮らしていれば元気が戻るわ」


「お、おい。いったい何を…」

「私は、私がユウと一緒にいられさえすれば、他に女の人が何人いようと平気。私の…父…なんて、五人もお嫁さんがいたけど、皆仲良くやっていたもの」

「ちょ、ちょっと待て。俺、そんな女ったらしじゃない」

どんどん話を進めていこうとするフィノに圧倒され始めるユウ。


そんなユウには構わず、フィノは続けた。

「私の世界では別にそんな事で女ったらしだなんて誰も言わないわ。魅力的な男の人ほど複数の女性を妻にしているものだって、母…さん…が…、良く言っていたもの」

フィノは自分の家族の事を口に出す時、少なからず抵抗があるようで、口籠る事が多い。しかし、この時のユウにはそんな事は気にしている余裕が無かった。


「いや、仮にそれはそうだとしても、俺はそんなに魅力的じゃあないから…」

自分が良く見られる事を否定する事の方が重要だったのだ。


「いいえ、ユウは私にとってはあの暗闇から助け出してくれた英雄だもの。だから私は一生ユウと共に生きるって決めたの。ユウだってそう誓ってくれたじゃない。違うの?」

フィノの目が真っ直ぐにユウの目を見つめてくる。その身体が震え始めているのをユウはすぐに感じ取った。暴れ始める前兆だ。考えてみればフィノは今回だいぶ頑張って自分の過去に関する事に触れているので限界が近い事は簡単に想像がつく。これ以上は否定するのは得策ではない。


「違う。いや、違わない。そう、そうだった。俺はフィノを二度と一人にしないと誓った。だ、だから、落ち着いて、フィノ」

ユウが必死にフィノの事を落ち着かせにかかる。フィノは目に涙を溜めつつも、何とか暴れる寸前で落ち着きを取り戻したようだった。


「私も…」

突然、ルティナが大きな声で割り込んできた。そして、それに驚いて二人が静かになった事を確認し、続ける。


「私も、ユウ様…に、この身を捧げる事を、神に誓いました」

「いや、あれはあの場を切り抜けるための方便で…」


慌てて口を挿もうとするユウの言葉を遮るようにしてルティナは続けた。

「いいえ、どんな事があっても、神への誓いは破る事は出来ません。破れば自分だけではなく、私に関わったすべての人に災いが降りかかる事になるからです」


「災いって…」

ユウにしてみれば災いがそんな風に起こるとは思えない。が、此処の人達は皆そんな風に信じているのかもしれない。


ユウが何も言わない事を確認し、ルティナは続けた。ユウが災いを恐れているのだと受け取ったのかもしれない。

「あの誓いは…、実は、古い書物で読んだ大昔の伴侶の誓いを参考にさせてもらいました。もちろん、私はユウ様に隷属する意味を込めて誓いましたので、奴隷や従僕のように扱われても文句は言えません、というか、それが普通です。けれども、もし、ユウ様が私の事を受け入れてくださるのであれば…」


「もちろんよ。ねえ、ユウ」

即答するフィノ。


「あのなあ」

なぜ、お前がそれを決める。と文句を言いそうになったユウだったが、後が面倒になる事に気が付き、何とかその言葉を飲み込んだ。


それによく考えればフィノもルティナも美人なので、本来なら文句などあろうはずもない。

あるとすれば、自分がフィノのトラウマを人質にとって縛っているのではないかという思いから、そうでないことがわかるまで手を出さないと決めた事、つまりは自主規制をしている事の方なのだ。フィノに手を出さないのにルティナだけ手を出す訳にもいかないだろうから、その苦労というか忍耐は二倍必要になる。ルティナにだけ手を出したりしたらフィノに殺されそうだ。


ユウがそんな事に考えを巡らせていた為、その間黙っていた事を否定と受け取ったルティナが恐る恐る口を開きはじめる。

「ダメですか? そうですよね。図々しい事を言ってしまい申し訳ありませんでした。恥ずかしいです。……。私は当初の予定通りご主人様に従僕としてお仕えさせて頂きたいと思います」

急にご主人様などと呼び始めるルティナ。ユウの奴隷となる覚悟を決めようとしている。

ユウは慌てて否定した。


「い、いや、ルティナを奴隷扱いするつもりは無いよ。でも、本当にそれでいいのかい?」

「神に誓った以上、私にはユウ様の奴隷になるか、その…、伴侶の末席に加えてもらうか、しか、選択肢はありません」

そんな強迫観念で伴侶となると言われても、ユウとしては素直には喜べないところだ。が、奴隷にすると言う事はもっとありえない。


「わかった。なら、とりあえず二人とも旅の伴侶(・・・・)として一緒に生活しよう。でも、気が変わったらいつでも、その…、離れて行っていいから」

ある程度冷静になれば、自分の様な何のとりえもない男について行く事が間違いだったと思う時が来るかもしれない。ユウは二人がそう思う時まで、いい思いをさせてもらう事にした。

それまでは、この二人の美女が常に近くにいてくれる幸せを味わっておこう。ユウはそんな風に考えた。


しかし、それを聞いたフィノは明らかに怒っていた。強引に視線を合わせ言って来る。

「何、その言い方、気に入らない。私は絶対に気が変わったりなんかしないわ。ユウも私に誓ってくれたんだからずっと一緒にいてくれるのよね。だから、私がユウと離れる事なんてあり得ないの。そんな言い方は二度としないで」


フィノはユウの隣でユウの腕を強くつかんでいる。フィノとしては充分に手加減しているつもりなのだが、それでもユウにとってはかなりの激痛だ。

それに耐えていると、ルティナがフィノとは反対側の腕を取った。どうやらルティナも少しばかりお怒りの様子で、ルティナにしては珍しい厳しい口調で抗議してくる。


「私も生涯ユウ様と共に生きる事を誓いました。ですから私も自らユウ様と離れる事など有りえません。たとえユウ様に捨てられようと、既に私の全てはユウ様のものです」

少なくとも今は二人に何を言っても冷静に聞いてもらえないようだと悟ったユウは、それ以上いう事は止めた。


その上で、この後何をするべきかという事に考えを巡らせてみる。

考えねばならない事はたくさんある。お金を稼ぐ事も考えなければならないだろう。

何しろ、これからは食事も宿も三人分必要になるのだから。


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