大跳躍
蜘蛛豹が提案してきた方法とは、浮遊島を使って神域に入るというものだった。
浮遊島ごと、神域とこちら側との間に横たわる針の山を越えようというのだ。
それは、ゴフジールの小屋を通らずに神域に入る事に他ならない。
理由はわからないが、蜘蛛豹はゴフジールに止められる可能性が高いらしく、それで思いついた方法なのだそうだ。
「でも、それって浮遊島があの針山の向こう側に行く事が前提なのでしょう? 浮遊島がそっちに行くとは限らないんじゃない?」
島が何処に向かうのかは、わからないと聞いている。
折角島に登っても、島がそちらに向かわないのでは仕方がない。
しかし蜘蛛豹はそれについては楽観的に考えているようだった。
『それはまあそうかもしれないのだが、それよりも、浮遊島がここまで降りてきている事自体が珍しい事なのだから、このチャンスに浮遊島に渡っておきたいという事らしい。そうすれば、仮に今回はダメだったとしても、いずれ神域に入った所で降りればいいという事の様だ。それにここは神域のすぐ前でもある訳だしな、島の流れてきた方向から推察しても、事実上、かなり高い確率で向こうに行くものと考えられる』
「なるほどね。けど、蜘蛛豹はどうやって島まで行くつもりでいるの?」
『俺がヤツを乗せて思いっきりジャンプした所で、ヤツが俺の背を蹴りさらに跳び、さらに糸を飛ばして島に取りつく作戦なのだそうだ』
「そんな事が可能なの?」
『やる事はやれるが、たぶんそれでも届かない。だから、島に渡るのは無理だろうな。…っと、ちょっと待っていてくれ。クリアムの奴、焦れて話しかけてきやがった』
見ると、蜘蛛豹は再びバールリッツの事を正面から見つめている。
どうやら見つめ合う事で意志の疎通を行っているらしい。
少しして、バールリッツは大きく息を吐きだした。
『ふう、仕方がない。…ユウ、悪いが一旦降りてくれないか、ダメもとで一回やってみる事にした。奴め、手伝わないならここは通さない、とぬかしおったのだ。無視して行く事も出来るのだが、その場合、ここを通るのにはそれなりに時間がか掛る事になりそうだからな、それよりは一回協力する方がずっと早いし、手間もない』
蜘蛛豹はもうすっかりやる気でいる様で、バールリッツの横に並びかけるようにしている。
そして、ユウとアーダがバールリッツの背中から退くのを待っている。
二人が退かなければ、強引に押しのけかねない勢いだ。
ユウは、アーダと共にバールリッツの背中から降り、バールリッツが少しでも身軽になるようにと、バールリッツの躰に括り付けていた盾も外して手に持った。
浮遊島が緩やかに動いている所為で、今はちょうど浮遊島の中心の真下の位置にいる。
それはつまり島との距離が最も近くなるタイミングだという事だ。
かなり大きく見えているので、島には手を伸ばせば届きそうなくらいにすら感じるのだが、実際は、普通の獣がジャンプして届くような距離にある訳ではない。
しかし、バールリッツは普通の獣ではないので、出来る可能性もあるように思える。
それだけ近い距離にあるように感じられるという事だ。
バールリッツが跳躍の準備に入ると、ラビアローナがユウの後ろにやってきて、フィノとルティナをそこに降ろした。
フィノがすぐに駆け寄って来る。
「何? どうしたの?」
「なんでもあの蜘蛛豹さんがあの浮かんでいる島に行きたいんだって。バールリッツに跳んでもらって、そこからさらに跳んで行くつもりみたいだよ」
「ふーん。でもまあ、確かにあそこから眺める景色には興味があるかも」
「いや、別に観光に行く訳ではないんじゃないかな。あの島に乗って針山の向こう側に行きたいみたいだから」
そこへ、少し遅れてルティナが追い付いてきた。
「それなら、行先は私達と同じだという事なのですね」
アーダもそこに加わってくる。
「だったらあたし達も一緒に行けばいいじゃないか。あそこは眺めもよさそうだし、一石二鳥だぞ」
「さすがに無理なのではないですか。あんな所まで跳べるわけがありません」
「うん、まあ、確かに、あたし達には難しいか。…あの蜘蛛豹の実力がどの程度のモノなのかはわからないが、いずれにしても、そう簡単な話ではないという事だな」
が、フィノだけは一人首を捻っている。
「そう…なのかな…」
その横で、バールリッツは跳躍の準備に入っていた。
後ろ足を深く沈め、足に力を溜めているのがわかる。
『ユウ、すぐに終わらせるから待っていてくれ。行ってくる』
そして、バールリッツはそう一言言うと、一気に足の力を開放した。
バールリッツの大きな躰が、まっすぐ空へと駆け登り、見る見る小さくなっていく。
と思った次の瞬間、その背中の上からまるで二段ロケットの様に蜘蛛豹の躰が射出された。
もうはっきりとは見えないが、かなりの高さにまで登っているものと思われる。
が、それでもまだ島には至っていない。
肉眼では、かなり近くに見える浮遊島だが、距離はやはり結構あるらしい。
だが、蜘蛛豹はまだ諦めてはいなかった。
蜘蛛豹は放物線の頂点に達した所で、糸を射出させたのだ。
浮遊島目がけ、糸が一直線に延びていくのが見える。
この糸が島に届けば、後はその糸をうまく使って登って行けばいいという事になる。
が、そのまま更に小さくなっていくはずの蜘蛛豹の躰は、そうはならずに逆に次第に大きくなり始めた。
少し向こうに、先に降りたバールリッツが着地する。
微かな振動を伴って、着地の際の大きな音がユウの耳にも届いて来る。
その音に引き付けられるように、蜘蛛豹の姿も次第に大きくなってきた。
蜘蛛豹の糸は、やはり浮遊島には届かなかった様だ。
蜘蛛豹の目論みは失敗に終わったと見て間違いなさそうだった。




