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南街区の宿

闘技場の階段を降り始めたところで、ユウにフィノの声が聞こえてきた。

『ユウ、どこ? 私、どこへ行けばいいの?』


その声の感じから、フィノがだいぶ慌てていることがわかる。周囲の人たちが一斉に帰りだしたため、取り残されたとでも感じ始めているのかもしれない。

『大丈夫だよ、フィノ。今階段を下りている所だから、すぐに合流できる。そこから動かないでじっとしてて。わからなくなっちゃうから』


『わかった。だけど、早く来てね。ユウが私の事置いて行っちゃうんじゃないかって、少しだけ心配になってきちゃったの』

『心配するな。俺はフィノの事は一人にしないって何度も約束しただろ。だから落ち着ついて。すぐに行くから』


ユウはルティナの手を引き彼女の事を労わりつつも、階段を下りる速度を上げた。

フィノは不安が募ると暴れ出し、その馬鹿力もあって手が付けられなくなる。ユウはそうなる前になんとかフィノの所まで戻らなくてはならないと急いだのだ。


その甲斐あってか、ユウはフィノが暴れ出す前に何とかフィノと合流を果たせた。

しかし、ユウの後ろではルティナが大きくその肩を上下させ、ぜえぜえと息を切らしている。

何の説明もなく突然走り出したユウに、ルティナは只々必死についてきただけで、何が何だかわからないはずだ。


ルティナはユウを見つけるや否やユウに抱き付いてきたフィノの姿を見て、彼女が大会の真の優勝者であることに気付き、思わずその身を固くした。

必然的にユウに握られていた手が強張る。その反応でユウはようやくルティナに何の説明もしていなかった事に気が付いた。


けれども今いる場所は人が多く、お姫様そのものの格好をしているルティナの姿は目立つ為、すぐに人が集まってきてゆっくりと話をできる状況ではない。たった今報酬とされた姫が目の前にいるのでは当然だ。


「フィノ、とりあえず移動しよう」

ユウはルティナを集まった人達から後ろ手に庇うようにしてフィノにそう言うと、再び走り出そうとした。ルティナには悪いが、また少し走らなければならないようだ。


『何処へ行くの?』

その時、フィノが念声を使って聞いてきた。念声を使ったのは周りの人に行先を聞かれないようにする為だ。


『そうだな、じゃあ昨日の武器屋へ行こうか。まずはルティナの服を替えないと目立ってしまって仕方がない』

ルティナには自分やフィノと同じような服装をしてもらうのが一番手っ取り早いだろう。


『わかった。じゃあ、この娘は私が連れて行くね』

「えっ?」

予想外の返事にユウが振り向くと、フィノは既にルティナをお姫様抱っこしていて駆け出すところだった。


ユウは慌てて今度はルティナに念の声を飛ばす。

『ルティナ、とりあえずその娘のいう事を聞いていて』

ルティナは驚いた様子で目を丸くしていた。頭の中に聞こえてくる声がユウのものであることはほぼ間違いない事だとは思ってはいるのだが、まだ信じられないのだ。

フィノに抱きかかえられながら、ユウの事を見つめてくる。


『大丈夫。俺達は君の敵じゃない』

ルティナのその大きな瞳が、さらに大きくなった。その事でユウは自分の言葉がルティナに届いている事が確信できた。

フィノが人の壁を軽く飛び越え走り去って行く。二人の姿はあっという間に見えなくなった。


そうなると次はユウの番だ。今度はユウがこの人だかりを越えて行かなければならない。

集まった人達はあっという間にいなくなってしまった姫の事は諦め、その主であるユウの元に集まり始めている。

俺に権利を売ってくれ、とか、一晩だけ貸してくれないかとか、勝手な事を言いながら寄ってくる。ユウはそんな人垣を掻き割って進もうとするのだが、なかなか前へは進めない。


その時、一人の男がユウの事を守る様に割って入って来た。

ユウが戦ったあの男だ。

男は怪我した足を庇う為に持っていた杖を振り回し、人垣を散らせると、自分を盾にしてユウの事を逃がしてくれる。


ユウはその男の背中に向かって声を掛けた。

「ありがとう。助かったよ」

「俺にはこれくらいの事しかできないからな。彼女の事、よろしく頼むぜ。それと、俺がお前の事を倒した時、物凄い殺気で睨んでいたもう一人の嬢ちゃんにもよろしくな。あんたが無事だってわかってくれたから助かったが、そうでなかったら俺は今頃嬢ちゃんに殺されていたかもしれなかった。まあ、嬢ちゃんはそれだけあんたの事を心配していたという事だ」

男が言っているのはフィノの事だろう。フィノはユウが伸びている間、やはり心配してくれていたのだ。


「ほら、早く行けよ」

立ち止まってしまったユウを、男が手に持った杖を振って追い立てる。ユウはもう一度礼を言ってからその場を後にした。


男はうまくやじ馬達を引きとめてくれたようで、ユウの事を追って来る者はいなかった。

念の為、少し遠回りしてから昨日の武器と防具の店に着くと、ルティナは既に着替えていた。

店内にいても目立ってしまうその姿を隠す為、店主が勧めてくれたのだそうだ。


身に着けているのは緑色の革の鎧。フィノのものに比べて腰の垂が長く、ロングスカートを穿いている様に見えるのと、薄い緑の胸当てがついている他は二人の着ているものとほぼ同じデザインだ。胸当ては、ルティナが弓が得意だと知っていた店主に勧められたものだそうだ。


ルティナは革鎧姿もなかなか似合っている。

思わず見惚れそうになるが、そんな視線を投げかける間もなく店を出た。店主が面白がってひっきりなしに話しかけてくるためだ。ここではルティナとゆっくり話をする事は出来そうもない。


そしてその後城壁の南に張り出した南街区のはずれの小さな旅荘に宿を取った。

南街区はリスティの街の四方に張り出した街の内、南に張り出した地域で、街の中にも農地が散見できる穏やかな街区なのだが、そこに住む住民の生活は決して裕福とはいえない。しかし、北街区のスラム街等と比べれば遥かにましな街区で、治安もそんなに悪くは無い場所だ。さすがに城壁の内側の街とは比べる事は出来ないが、普通にしていれば犯罪に巻き込まれる事も無いような比較的のどかな地域だ。

そんな街区のさらにはずれの小さな宿では、闘技会の話題もあまり興味は持たれていないようで、特に騒がれる事も無く、普通に部屋を取る事が出来た。


「ようやく一息つけそうだ。まあ、とにかく座ってよ」

部屋に入るなり、緊張しているのか固くなっているルティナに、自分の向かいのベッドに座る様、ユウは促した。


ルティナはどうしていいのかわからないようで、ちらちらと視線を彷徨わせながらユウの事を探る様に見ている。

ルティナが警戒するのも無理もない。なにしろ宿は三人で一部屋しか取っていないのだ。

フィノはもちろんまだ別の部屋で寝る事はできないし、かといってルティナだけを別にするのは不自然だと思ったユウがそう決めたのだが、ルティナにしてみれば何かされるのではないかと恐れるのも当然な事だ。


「大丈夫。ユウは変な事しないから安心して」

ずっと動かないでいたルティナにフィノが優しく声を掛けた。

それを聞いたルティナは、重大な決意をしたかのように一つ頷いてから、ゆっくりとユウの向かいのベッドに腰を下ろした。


ちなみにベッドは二つしかない。ユウの座っている方のベッドにはユウの腕にかじりつくような格好でフィノも座っている。

ルティナにしてみれば、それに対してもどういう反応をすればいいのか悩ましい所だ。


「やっと、落ち着いて話ができるね」

ユウはルティナの警戒心が薄まるよう、なるべく笑顔をつくるよう心がけながら言った。


「俺達は君の助けを求める声を聞いて、何とかしてあげたいと思って闘技会に参加しただけで、君の事を奴隷にしたくてあの場に行った訳じゃないんだ。だから、そんなに警戒しなくてもいい。ほとぼりがさめるくらいまで、しばらくは一緒にいてもらった方がいいとは思っているけど、その後は君の自由にしてもらって構わない」

ルティナはユウが何を言っているのかわからないと言う様子で、少し頭を傾げたままの状態で黙っている。


その間を使って、今度は横にいたフィノが口を開いた。

「正確には声を聞いたのはユウよ。私はユウのやる事を助けただけ。だからあなたの事を助けたのはユウという事よ」

フィノはルティナを助けたのはあくまでもユウなのだという事をはっきりさせておきたかったらしい。


「いや、優勝したのはフィノだ。俺は一回戦負けしたんだから、ルティナの事を助けたのはフィノだよ」

「違うわ。私はユウが助けるつもりが無ければ助けなかった。だからルティナの事を助けたのはユウ。ルティナもその事は覚えておいて」

フィノはユウではなくルティナを見つめながらそう言った。一方のルティナもフィノの顔をじっと見つめ返している。


しばらくして、ルティナはユウへと視線を移し、何か言おうとしたのだろうか、口を開けた。

「あの……」

しかし、すぐに言葉に詰まり黙ってしまう。


ユウが優しく先を促した。

「なんだい?」

するとルティナは思い切った様に言葉を続けた。


「あの声、頭の中に直接話しかけてくるようなあの声は、あなたの声ですか?」

ルティナはそれがずっと気になっていたのだ。真剣な眼差しでユウの事を見つめている。


ユウは念声を使ってそれに答えた。そうする事で、ルティナが納得すると考えたのだ。

『そう、今朝、ルティナの助けを求める声がこんな風に俺に聞こえたから、俺は闘技会に参加する事を決めた。負けちゃったけどね』


「これって…」

ルティナは驚いているのがわかる。しかし、どこか納得したような様子も見られなくはない。


「ルティナも心の中で俺に話しかけてみて」

ユウがそう言うと、ルティナは少し黙った後、小さく頷いた。


『もしかして、朝、私が誰か助けてって言ったのを、聞いてくれたのですか?』

ルティナの質問にユウはすぐに答えた。

『ああ、俺はその声を聞いた』


ルティナは一度大きく目を見開き、そのままユウの事をじっと見つめてきた。その目にはうっすらと涙が浮かんでいるように見える。


『ありがとう』

しばらくしてルティナは一言そう言った。

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