朝市
バーランド家の屋敷のある貴族たちの住むエリアを抜け、リスティの南街区に入ると、途端に人々の往来が増えて来た。
朝市に向かう人たちの群れだ。
近づくと、更に人の数が増えてくる。
ユウは朝市の入口で立ち止まり、ラビアに聞いた。
「さあ、どのお店に行ってみようか?」
朝市に行くに当たって、ユウはフィルスから幾ばくかのお金を預かってきている。
額については大した額では無いのだが、これはフィルスがケチだと言う訳ではなく、あまり高価なものを買ってしまうと目立ってしまうからだという。
その為、ユウもフィノも、アテルやラビアがねだっても自分のお金を継ぎ足さない様、フィルスに釘を刺されていた。
「何処でもいいけど、何かおいしい物が食べたいわ」
ラビアに答えに、アテルも頷き同意する。
「うん。僕もそろそろお腹がすいて来たから、それでいいよ」
元々朝飯はここで食べる事にして来ていた訳で、二人がそう言うのならそれにはユウも異存はない。
「じゃあ、とりあえず食べ物の屋台を探してみようか」
という事で、まずは腹ごしらえをしようという事になった。
しかし、ユウ達が今いるこの入口の近くには食べ物の屋台は見当たらない。
いや、正確に言うと、色とりどりの野菜や様々な種類の肉など、たくさんの食材は売られているのだが、その場で食べられる様に調理された物を売っている店は見当たらないのだ。
とはいえ、何処からか香ばしいいい匂いが流れてくるのも確かなので、そういう店もきっと奥にはあるのだろうと思われる。
この朝市は通りの両脇にたくさんの屋台が並べられて出来ている。
しかも、どうやらそんな通りがユウ達が今いるこの通り意外にもあるようで、交差する幾つかの通り沿いにも同じような屋台が出ている事がわかってきた。
そんな通りと交差する毎に明らかに人の数が増えてくる。
ユウはアテルと手を繋ぐ事にした。
恥かしいのか、初めアテルは少し渋っていたのだが、ユウが、
「迷子になったりしたらもう二度とフィルスに外に出してもらえなくなるぞ」
と少し脅しを掛けると、アテルは渋々手を差した。
ラビアの方はもう既にフィノと手を繋いで歩いている。
ここからはユウとフィノで注意して歩かなければならない。
朝市を奥に進むにつれ、人通りはさらに激しさを増してきた。
それに加えてそれまでは食材の屋台ばかりだった屋台の列の中に、ぽつぽつと武器や工具、アクセサリーの店などのアテルやラビアの興味をそそる店が混じり始める。
すると、二組のペアの間に別の人達が混ざり始めた。
それでも最初のうちはお互いがわかる位の距離くらいにしか離れていなかったのだが、ユウがちょっと油断している間にとうとうフィノ達とは完全に離れてしまった。
後で聞いた話なのだが、この時はラビアがアクセサリーの店に引っ掛かってしまっていて、その所為で二組のペアの間に予想外の距離が出来てしまったようなのだ。
とはいえ、ユウとフィノとの間なら念の声での交信が可能な為、この程度の迷子なら、さほど心配する必要は無い。
二人ならいくら離れていると言っても、朝市どころか、少なくともリスティの街中くらいなら、何処にいても連絡が取れるはずだからだ。
ユウはその念の声を使って話しかけてみる事にした。
『フィノ、今、何処にいるんだ?』
返事はすぐに返ってきた。
『大きな剣を売っている店の隣のぬいぐるみ屋さんよ。ラビアはぬいぐるみが欲しいみたい』
ユウには、フィノの言うぬいぐるみ屋さんが、ここまで来る途中にあった記憶はなかったのだが、大きな剣を売っている店の事は覚えていた。
その剣がフィノの剣よりも大きな剣だったので、そんな剣を使う人がいるのだろうかと気になっていたのだ。
『そんな所で今買い物をしたら、後でお金が足りなくなってしまうかもしれないぞ。買い物は後にして、予定通りに先に食事を済ませてしまおうよ。すごい人だから食べ物が売り切れてしまう可能性だってありそうだし、ラビアにはまた後で来るからと言って説得してくれないか』
『わかった。そうするから、ちょっと待っていて』
『その店からもう少し行った所に交差点があるから、そこで待っている事にするよ』
『了解』
こういう時に念の声で連絡を取り合えるのはかなり便利だ。
少し離れただけで見失ってしまってもおかしくない混雑した人ごみでも、はぐれる心配などせずに安心して歩く事が出来る。
しかし、そうできる事に安心し、気を緩めてしまった訳ではないのだろうが、フィノとの交信を終え、その事をアテルに伝えようとした所で、ユウはアテルがいつの間にかユウの手をすり抜け、いなくなっている事に気が付いた。
繋いでいた手がいつの間にか空になっている。
恐らくは、ユウがフィノと交信の為、そちらに集中していた時に、アテルがユウの手からすり抜けたものと思われる。
アテルが意図的にそうしたのか、それとも何かアクシデントがあったのかはわからない。
しかし、すぐそこにいたはずのアテルの姿が無くなっている事は確かだ。
ユウはすぐに辺りを見回してみた。
短い時間に起きた事なので、アテルはユウからまだそう離れてはいないはずなのだが、人の数が多すぎて、なかなか見つける事が出来ない。
しかし、だからと言って時間が経てば、アテルとはどんどん離れてしまう可能性が高い。
少しの躊躇の後、ユウは決意して今来た方向とは反対側、つまりは約束の交差点の更に先の道に向かって、人込みをかき分けるようにして走り始めた。




