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優勝報酬

優勝報酬(ルティナ)の受け渡しの為だという事で、闘技場の最上階に設けられたステージへと続く長い階段を昇っていると、先導していた代表の男がその速度を落としてユウの隣に並びかけてきた。


「あんた、うまい事やりやがったな」

「えっ?」

「あのルティナを好きにしていいんだぞ。うらやましがる男はごまんといる」

男はにやにやした笑みを向けてくる。


「……」

ユウは何と答えていいかわからず、しばし黙っていた。すると、男は勝手に話し始めた。


「もっとも、俺達もあんたのおかげで助かった。あのままあのフィノとかいう女が優勝報酬(ルティナ)を持って行ったんじゃあ盛り上がらねえし、何より俺達が王様から大目玉をもらう所だ。何しろ女に勝たせたら面白くないからって、初めは盛り上げる為だけに潜り込ませていた「仕込み」に、王様は途中から本気を出す事を許可したくらいだからな。しかし、情けねえ奴だぜ、勝ちゃあそのまま報酬(ルティナ)も自由にしていいってお達しだったのによ」


ユウは一瞬、身を固くした。という事は、フィノの対戦した相手は主催者側の用意した手練れだったという事だ。フィノが無事で良かった、としか言いようがない。逆にフィノがどれだけ強いのか、と思わない事も無いのだが…。


「でもまあ、本当、助かったよ。幸い、前回から賞金稼ぎも認めるようになった所だから、あんたみたいに報酬を移譲されるのもアリだしな。あんたがあの女とどんな契約をしたのかは知らねえが、こっちとしちゃあ、あとはあんたが盛り上げてくれりゃあ万々歳だ」


「盛り上げる?」

「ああ、あれだけの美人を手に入れた男が、彼女をどう扱うのか皆興味津々なんだ。それを見て次回は参加しようと思う奴だって大勢いる。俺も次回はアイツみたいになりたいってな。なあに、難しい事じゃあない。男なら簡単な事だろ、自分の欲望のまま振る舞えばいいんだからな。……。そこでだ。お前に一つ頼みがある。頼みっていうか、条件だな」

男はにやついた顔をユウの方へと向けてきた。


「条件?」

ユウは表情が無意識に強張るのがわかった。

「おいおい、そんな怖い顔すんなよ。こっちだって王様から言われてやってるだけなんだからさ。それに、そんなに難しい事じゃねえ。ちょっと大げさに、奴隷の様に報酬(ルティナ)を扱ってもらいたいって言うだけだ。まあ、デモンストレーションっていう事だな」


ユウは恐る恐る聞いてみた。

「念のために聞くが、それを拒否したらどうなるんだ」


「その時は仕方ねえ、役立たずだった準優勝の彼に譲るしかねえな。けど、お前だって譲るつもりは無いだろう? どうしても優しくしたけりゃあ、持ち帰ってからすりゃあいい。そうすりゃギャップでコロッといっちまうかもしんねえぞ。って、まあ、そうでなくとも拒否する事はできねえから、大して変わんねえかもしれねえけどな」

つまり、主催者としては報酬を有効に使いたいという事らしい。その為にユウには報酬(ルティナ)を乱暴に扱わせ、観衆の話題を攫いたい。そして、次回以降の闘技会をも盛り上げようという事の様だ。


そうこうしているうちに男とユウは最上階のステージに着いた。

ステージの端に立てられた支柱にルティナが縛られている。


近くで見る彼女はやはり美しかった。透き通るような白い肌に緩やかにウェーブしたブロンドの髪。しかし、残念ながらその目には生気がない為、その美しさは半減している。完全に心が折れてしまっているのだ。それでも美しいと感じるのだから、彼女が元気でいる時にはその存在が周囲を明るく照らしていたのだろうという事は容易に想像する事ができる。


男はユウの事をステージの中央へと誘うと、ユウをその場に残したまま今度はルティナの元へと近づき、そこで彼女の事を括っていた紐を解いて、その紐を使って彼女の両手をその身体の前で縛った。

ユウとしてはここが頑張りどころだ。最悪でも報酬(ルティナ)を譲るような事態だけは避けなければならない。


迷った末に、ユウは念声で話しかけてみる事にした。通じるかどうかも微妙なタイミングだし、よしんば通じたとしても詳しく話しをする時間も無いので、反応によっては逆効果になる可能性もあるのだが、ここは彼女の事を信じるしかない。


『ルティナ、君の声が聞こえた。助けに来たよ』

するとルティナは、ビクッと身体を震わせ、と同時にユウの方を見て、大きな目をさらに大きく見開いた。とりあえずユウの念声は通じたようだ。


ちょうどその時、ルティナの隣で男が大きな声を上げた。

「ただいまより、本大会の優勝報酬の引き渡しを行います。その権利を委譲された、ユウ殿、こちらへどうぞ」


観客達の歓声が大きくなる。

『少し乱暴にするけど、後で謝るから勘弁して』

ユウはそう念声で言いつつ、実際には無言でゆっくりとルティナに近づいていった。


ルティナは自分の頭の中に響いてきた声が目の前の男のものなのかどうか、まだ判断しかねている様子で、ユウの無言の圧力に負けて無意識に下がろうとしてしまった所を、男に腰の辺りを掴まれ引き戻された。

ルティナの表情は固まったままなので、見方に寄れば恐怖で目を見開いている様にも見えなくはない。


ユウとしてはそれはそれで悪い状況では無かったのだが、まだこの先どう転ぶのか見当もつかない状態なので安心はできない所だ。

男がルティナの怯える様子を観衆の方に見せつけるように扱うと、それを目にした観客席が盛り上がる。


「今大会の優勝報酬は、…これです」

これ、と言うタイミングで、男はルティナの身体をユウの方へと勢いよく投げつけた。

ルティナの身体が大きく斜めになり倒れそうになるが、ユウがある程度近くまで来ていたので、その身体は床に着く寸前でなんとか抱き止められた。


ユウは、ルティナの身体を乱暴に引き起こし、縛られたままの両手をそのまま天高く持ち上げて、そのままの態勢でルティナの事が観客達に見えるようステージの前へと押し出した。

何とかしてこの場を乗り切るため、ユウなりに精いっぱい乱暴に扱っているつもりだ。


ルティナの身体が弓なりに大きくしなり、結果、その胸のふくらみが強調される。

ルティナは恥ずかしそうにはしているものの、抵抗する気配はない。

しかしその表情は何かに必死に耐えているように見え、それを見た観客達の歓声は一段と大きくなる。


ユウはしばらくそんな風にルティナの事を観客に見せびらかすようにした後、もういい頃合いだろうとルティナを引き戻した。すると、そこへ男が寄ってきて囁いた。

「まだですよ」


そしてルティナの事を乱暴にユウから引き剥がすと、強引にユウの前に跪かせた。

そうした上で、自らは会場を振り返り、観客に向かって大きな声を出した。

「皆さん、お静かに!」


男は、何事かと注目する観衆たちにさらに身振りで静かにするよう促した後、大きな声でゆっくりと言い放った。

「これから、ここにいる皆様方に証人となっていただいて、ここにいる報酬自らのその口で、これからの自分の主は誰なのか、宣言してもらう事に致します」

男は、そう言うと、腰の剣を抜き放ち、ルティナの目の前に突き付け、ルティナにしか聞こえないような小さな声で付け加えた。


「わかっているな。おまえは報酬なんだ。お前が明確にこの男のものになる事を宣言するまで、何度でもやり直させるからな」

ルティナは救いを求める様に男の方を見つめたが、男はその視線を冷たく弾き返した。男が言葉を撤回しない事を確信したルティナは、ゆっくりとユウの方に向き直り姿勢を正した。


『大丈夫。ここを切り抜ける事だけ考えて。とにかくここを切り抜ければ、後は君の好きにしていいから』

ユウがルティナの目を見て念声だけでそう言うと、ルティナはまた大きく目を見開いて、その後すぐに表情を戻した。

そして何かを少し考えるようなそぶりを見せ、男に剣で急かされて、それで我に返ったのかもう一度姿勢を正した。


観客達はルティナの言葉を聞き逃すまいと静まり返っている。

ルティナは両膝をついて上体を真っ直ぐに伸ばし、縛られたままの両手を胸の前で合わせてすぐ目の前に立っているユウの瞳を真っ直ぐに見つめた。

ユウは、その瞳の中に彼女の覚悟を見たような気がした。


そして、彼女のその薄紅色の柔らかな唇から、凛とした高く透き通った声が発せられる。

「私はこれよりあなた様を主とし、あなた様の一部となって、あなた様の為にこの身の全てをもってお仕えする事を、我らが神の前に誓います」


その声は決して大きなものではなかったのだが、静まり返った闘技場内の空気を震わせるには十分なものだった。

観衆から大きな歓声が湧き上がる。


ユウが予想したものよりも大きな歓声。予想以上の反響だ。

これなら、やり直しはさせられないで済みそうだ、そう思ったユウの予想通り、男は刀を鞘に戻し、ルティナの手と足に奴隷の証しの赤い枷を嵌めると、ユウにそのカギを手渡してから、満足げにルティナを見下ろした。


ルティナは依然ユウの方を見つめたままだ。

ユウは無言のまま大きく一つ頷いた。


そのやり取りを見て、満足したのか、男は観衆に大会の終了を宣言し、解散を指示した。

その言葉を受けて、周囲の兵達が撤収に取りかる。


周囲で撤収が始まった事を確認した男は、ルティナの腕を引いて立たせ、ユウの方へと背中を押した。

先程ほどではないが、ふらつくルティナの身体を、今度は胸で受け止める。


彼女の身体は柔らかで、そのふくらみは見かけ以上にボリュームがあった。そのまましばらくじっとしていたいような気持に襲われたユウだったが、衆目の集まる場だという事を思いだし、すぐにその体を押し返す。

大きな瞳がユウの事をじっと見つめている。


彼女に何と声を掛けようか迷っていると、その間に男がユウに話し掛けてきた。

「ご苦労さん。観客もそこそこ盛り上がったみたいだし、まあまあの出来だったぜ。俺も何とか首が繋がったって感じだよ。まあ、後はよろしくやるんだな。全く、羨ましい限りだぜ」


じゃあな、とユウに一声かけた後、男は、最後にルティナのお尻を一撫でしようと手を伸ばしてきた。その手を、目の端に捉えたユウがギリギリの所で取り押さえる。


「彼女はもう俺のモノです」

ユウはできる限り凄んでみせたつもりだったのだが、男は特に怯んだりはしなかった。それどころか、何故か満足そうな笑みまで浮かべている。


「悪かったよ。こんな機会は二度とないと思ったもんでね。だが、あんたの言う通りこの女はもうあんたのもんだった。その尻を撫でる役はあんたに任せて、俺達はとっとと退散させてもらうよ」

言い終わると男は今度は後ろも振り返らずステージを降りて行ってしまった。


ユウはいつまでもステージの上にいると目立ってしまう事に気づき、とにかくこの場から立ち去る事にした。


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