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見えない空間

そこから先の木登りは案外楽に進める事が出来た。

足場となる枝がたくさんあって登りやすかった為だ。

唯一人ルティナにとっては少々厳しい道のりだった様なのだが、そこは体力の有るフィノがアシストし、そのおかげもあってルティナだけ遅れるような事もなく、何とか付いて来る事が出来ていた。


そんな風にしてしばらく登って行くと、声の主の気配は徐々に大きくなってきた。

更に登ると、その位置がはっきりしてくる。

気配は、その辺りの枝の中では最も太い枝の、少し下にあるようだった。


しかし、その場所にそれらしいものの姿は見当たらない。

ユウはその場所の近くまで来た所で立ち止まった。

突然ユウが登るのを止めた為、進めなくなったアーダがユウのお尻に頭をぶつけてくる。


「痛っ。なんだ? 着いたのか?」

「いや、気配は確かにこの辺りにあるんだけど、それらしいヤツは何処にも見当たらないんだ」


アーダが周囲を見回して言う。

「また木の中にでも閉じ込められているんじゃないのか?」


確かにここは木の上なので、近くには小さな枝などもたくさん存在している。

すぐ上には細い木の幹ほどもあろうかという太い枝さえ伸びていたりするくらいだ。

しかし、気配があるのはその枝の中ではないし、増してやこの木の幹の中でもない。


ユウは左手を幹について身体を支え、右手で何もない反対側を指し示した。

「それが、どうやらそう言う訳ではないみたいなんだよね。気配があるのはこっち側なんだ」


アーダがすかさず言ってくる。

「じゃあ、その辺の小さな枝の中かなんじゃねえか? その辺の枝は細いから、体の大きなヤツは無理かもしれないけど、小さいヤツなら隠せるだろ?」


アーダが言っているのは随分と先に有る細い枝だ。

しかしそれだと距離感が合わなくなる。

「うーん。でもそんなに遠くではないんだよね」


実際、ユウが気配を感じた辺りには枝らしい枝は存在しない。

そこにあるのは、ユウの立っている枝とその上の太い枝の中間の、只の何もない空間だけだ。


「どうしたの?」

ユウとアーダが突然止まった為、不審に思ったフィノが幹の反対側の枝を登ってユウのすぐ隣へとやってくる。

ルティナは下の枝に残したままだ。


ユウは気配のある方向に再び右手を伸ばした。

「声の主の姿が見当たらないんだよね。気配はこっちの方からするのに、この辺りには何もないんだ」


「それなら、私が枝の先の方まで行って見て来ようか?」

後から上がってきたため、距離感がつかめていないらしいフィノがそんな事を申し出る。


ユウが今いるこの枝は実はさほど太い枝ではない。

なので、枝先まで行こうとする場合、かなり危険が伴う事になる。

しかし、運動神経が人並み外れたフィノならば、そんな心配はほとんどいらない。

それを自覚しているので、フィノはそう言ってきたのだ。


早速動き出そうとするフィノの動きを、ユウは慌てて引き止めた。

「行かなくていい。気配があるのはそんなに遠い場所じゃあないんだ」


「どういう事?」

「わからない。けど、もうすぐそこのはずなんだよね」


とはいえ、その場所には枝と枝の間の何もない空間しかない。

とても何かが存在している様には思えない空間だ。


だが、この間も助けを求める声は、まだ時折ユウの耳に届いてきている。

しかし、残念ながら会話は成り立たない。

もう充分近くにいるはずなのにも関わらず、こちらの問いかけに反応しないどころか、ユウ達が助けに来た事にすら気が付いていない節さえある。


フィノが頭を寄せてくる。

「ここって、神様が住んでいる場所なのよね。だったら、何か私達の常識では考えられない特別な仕掛けが施されている可能性だって有るんじゃない?」


確かにそれは考えられない事ではない。

メリン達が木の中に閉じ込められていた事から考えても、そんな事があってもおかしくないように思える。

「とはいえ、肝心のその場所に何もないのでは探しようがないんだよね」


「そうでしょうか」

振り返ると、そこにいたのはルティナだった。

アーダの手を借り、フィノとは反対側の隣の枝の上まで登って来たらしい。

ルティナは、先程ユウが指差していた何もない空間をじっと見つめている。


「ユウ様。すぐそこに声の主がいる事は間違いないのですよね。にもかかわらず姿が見えない」

「うん、そうなるかな」

「だとしたら、そこには結界が張られているのではないでしょうか。それも、この至近距離ですらわからない様な高度な結界が」


「結界? 目の前の物体を見えなくするような結界なんてあるの?」

「私は知りませんが、神様ならそれくらいの事、出来てもおかしくはないのではないでしょうか。でも、仮にそうだとしても、ユウ様なら大丈夫だと思います。ユウ様は声の主の正確な位置がわかるのですから」


ユウはもう一度目の前の何もない空間を凝視してみた。

その上で意識を声に集中させる。

やはり声の主の気配は間違いなくそこにある。

しかし、どう見てもそこには何も存在していない。

少なくとも、ユウの目には何も見えない。


ユウは細い枝の上を少し移動して、その気配のある辺りに向かってそろそろと腕を伸ばし始めた。

何かあったらいけないと、アーダが身構える。

フィノもいつでも動けるようにと準備してくれている。

仮にこれが結界によるものだった場合、そこへ侵入したものにどんなペナルティが与えられるかわからない、という思いがあるからだ。


ユウはさらに腕を伸ばしていった。

すると、ユウの手がとある位置へと到達したその瞬間、突然、その手の先の人の背丈ほどの一定の範囲だけが球形に白い靄に包まれた。


その靄の中心に、今までよりもはっきりとした声の主の気配がある。

やはりここには何らかの結界が施されていたらしい。

ユウの手が結界の中に侵入した事をきっかけに、その結界は白い霧を残し消えてしまったようだ。


ユウにダメージが無い所を見ると、この結界は、高度ではあっても性質の悪いものではなかったらしい。

結界の範囲一杯に広がったのであろう白い靄が、枝の間を渡る緩やかな風に散らされ、徐々に拡散されていく。

そしてその靄が晴れて来ると、そこにいる声の主の姿が次第に見えるようになってきた。


そこにいたのは、上の枝から吊るされた、腰まで届きそうな青い髪が印象的な美しい少女だった。

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