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新たな声

その夜、いつもの通りユウはフィノと一緒に床に就いた。と言ってもユウはフィノが孤独になる事を恐れて発作を起こさないよう抱きしめてあげているだけなのだが、フィノはいつもよりも強くユウに抱き付いて来た。


最近のフィノは出会った頃の様な激しい発作はあまり起こさなくなってきていた。しかし、そうなるとユウの目の前にいるのはただの無防備な女の子という事になるので、ユウは理性を働かせるのに苦労する事になる。


仮にユウが理性のタガを外したとしても、フィノがそれを受け入れるであろう事はユウには何となくわかっているのだが、それではフィノの事をたまたま助けただけの自分が、その時のトラウマで抵抗できないフィノの事を無理やり自分のものにしたのと何も変わらないと考えているので、何としてでもそんな事にならないようにしなければならないと思っている。


なので、無防備な状態のフィノがいくら目の前に居ようとも、何もする事は許されない。

これはユウにとってはなかなか難しい問題だった。


だが、夕食の際のフィノは特に発作は起こさなかった。まあ、直接孤独につながる内容ではなかったせいかもしれないのだが、それでもユウはフィノが発作を起こすのではないかと心配していたのだ。


そこで、そろそろいい頃合いだろうと、少し離れてみてはどうかと提案した所、フィノはたちまち激しい発作に襲われ、泣いて暴れて何度も誓約の言葉を言わされ、結局ユウに強く抱きつくことでようやく落ち着いたのだ。


けれども不思議なもので、泣き喚くフィノの事を抱きしめて落ち着かせている時には、ユウに妙な気は起きてこない。良かったのか悪かったのかわからないが、結局数日前の状態に戻った事で、ようやくユウは眠る事が出来るようになったのだった。


翌朝、夜遅くまで暴れるフィノと格闘していたせいか起きるのも少し遅くなってしまったユウだったが、それでもフィノより先に目を覚まし、そっとベッドを抜け出した。

と言ってもフィノからあまり離れると目を覚ました時にまた暴れられるかもしれないので、ベッドの端に腰かけ、フィノとは手を繋いだままの状態だ。


フィノはおとなしく眠っている。その寝姿は起きている時よりも少し大人びて見えて、普段は気付かない気高さの様なものまで感じられる。

ユウはそんなフィノからもうだいぶ明るくなってきている窓の外へと視線を移した。

その時だった。


『誰か、助けて! いや、いやいやいやいや、やめてください、お願いです。誰か、助けてください。怖い…』


妙にはっきりとした声が頭の中に響き渡った。

久しぶりに感じ取った声だが、探していたあの声とは少し違う。

しかし、距離的には近いようでその方向もはっきりとわかる。しかもかなり切迫している様だ。


『…やめてください。いやです。帰らせてください。誰か…、お願い…』


誰かに黙らされたのか、それ以降声は聞こえなくなった。

が、二度目の声のおかげでその声の主の居る場所は大体わかった。ユウは頭の中でその場所を確認した。


「どうしたの?」

気が付くと、いつの間にか目を覚ましていたフィノが大きな目で見つめている。


「声だ。声がした」

「例の声?」

「いや違う。なんだか切迫しているようだった。…けど大丈夫、場所はほぼ特定できたから、すぐにわかると思う」

「じゃあ、すぐに行ったほうがいいわ」


こういう時のフィノの判断は早い。宿を発つ準備にも時間はさほどかからなかった。

身支度を終え、すぐに部屋を後にする。

部屋のある二階から食堂脇の受付へと降りていくと、食堂にはすでに人が溢れていた。


ユウが受付のおばさんに、宿を出る旨とともに朝食はいらない事を告げると、おばさんはパンだけでも持って行くといい、と言って、返事も聞かずに食堂へと入って行ってしまった。

その分のお金はもらっているのだし、すぐに持ってくるから時間は取らせない、と言うのだ。

二人がやむなくそこで待っていると、食堂の方から声が聞こえてきた。


「本当かよ。バーランド家のルティナ姫っていやあ、この国の貴族の中でもいちにを争う美人だと言われている姫だぞ」

「ああ、今朝、早朝に発表になった。どうやら本当の事らしい。ラプス王がバーランド家の借金のカタに姫を攫って行ったらしい。その借金にも何やら黒い噂があるらしいがな」

「とにかく、もう発表されちまったんだ。取り消される事はねえ。つまり勝てばあの姫が自分のものになるっていう事だ」

「おお、それは俄然やる気が出るな」

集まっているのはほとんど男ばかりだ。どこから聞きつけたのか知らないが、そんな噂で持ち切りになっている。


ユウは嫌な予感がした。頭の中で声の主とその姫のイメージが重なる。

そんな中おばさんはそんな男達を掻き分けるようにして戻ってきた。


ユウはおばさんの持ってきた2人分のパンを受け取ると、昨日武器屋で買った革の袋に入れ、宿を飛び出し、走りだした。

あまり時間が経ちすぎると、声のあった場所が曖昧になってくるからだ。


しかし、まだその位置のイメージは消えていない。

幾つかの角を曲がり、ユウはその場所へと急いだ。

フィノは行き先がわからないので、ユウについて行くしかない。

その場所へと向かう最後の角を曲がると、目の前に大きな建物が現れた。


それは大きな円形の建物、闘技場だった。

恐れていた通り、今回の声の主は恐らく闘技会の報酬とされたバーランド家の姫、ルティナで間違いなさそうだ。


「ユウ、あそこなの?」

フィノが闘技場を指さし聞いてくる。

思わずうなずきそうになるのを危なく堪え、ユウはフィノの手を掴んだ。


ユウが頷いていたら、恐らくフィノは闘技場へ突入していた事だろう。

しかしその闘技場の周りには、恐らくこの国の軍隊に所属しているのだろうと思われる武装した兵士達がたくさんいる。そんな中にフィノが飛びこんだら大変な事になるのは目に見えている。


「フィノ、待って」

突然手を掴まれたフィノは怪訝そうな顔をしている。


「どうしたの? あそこに声の主がいるんじゃないの?」

「ああ、たぶんそうだ」

「じゃあ…」

フィノがユウの手を振り切って走り出そうとする。ユウは必死にそれを引き止めた。


「だめだ。今回はあそこに直接乗り込む訳にはいかない。下手をするとこの国全体を敵に回す事になる」

フィノがもしあそこで暴れたりすれば、たとえ無事に逃げられたとしてもお尋ね者になってしまう事は間違いない。


「なら、どうするの? 今回の声の主は見捨てるつもりなの?」

フィノが再びユウの手を振り切ろうとしてくる。それを、ユウは大きな声を出す事で遮った。

「そうじゃない!」


その声でフィノは冷静さを取り戻せたようで、手を振りほどこうとするのを止めた。

しかし、そのままユウの次の言葉を待っている。

ユウはそのままの状態で少し考えてから言った。


「俺が、……、闘技会に参加する」

考えたのだが、ユウには他にいい案が浮かばなかったのだ。


しかし、フィノはそれで納得したようだった。

「わかった。じゃあ、私も参加する」


「いや、そう言う事じゃなくて…」

ユウは自分が強くは無い事は十分認識してはいたものの、だからと言って代わりにフィノにやってもらおうとは考えていなかった。出来る限り自分でやる、やるしかない、と覚悟を決めただけだ。それでもだめなら優勝者に掛け合う事は頭にあったが、それ以上は何も思いついていなかった。


「女は参加したらダメだっていうルールは無いんでしょ。昨日の女の人だって出るようなこと言ってたじゃない」

しかしフィノは自分が闘技会に参加するのは当然だとでもいう勢いだ。

かつてユウに自分の発した声を頼りに窮地を救われた身としては、今助けを求めている娘の事は他人事ではないのだ。


「いや、でも、危ないだろ」

フィノが強い事はユウも良く知っている。だが、万が一にもその綺麗な肌に傷を負わせるような事になったらと思うとユウは耐えられない。


しかしフィノは平然としている。

「大丈夫。私は剣術も体術も弓術だって習っていた事があるんだから。そんじょそこらの兵士なんかには負けないわ」

「弓術もって、何のために…」

ユウはそこまで言って口籠った。フィノがまた過去を思い出し、発作に襲われるのではないかと危惧した為だ。


「う…ん。ユウにはそのうちちゃんと話すつもり…だけど…」

「ああ、いいよいいよ。別にそんな事どうだって…。俺は今のフィノが元気でいてくれればそれでいい」

やはり、フィノはまだあの闇に閉じ込められる前の事を話すのは難しいようで、何かを必死にこらえている。とはいえ、だいぶ改善されてきているようではあるのだが…。


「ありがとう。……。じゃあ、行きましょう」

「えっ、どこへ?」

危険な状態からの回復もフィノはだいぶ早く出来るようになったようで、ユウはその意味を理解するのが一瞬遅れた。


「闘技会に申し込むんでしょ。早く行かないと締め切られちゃうわ」

ユウは気が付いた時には既にフィノに手を引かれ会場へと向かって走っていた。

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