気になる噂
フィノの選んだ剣は、目立った特徴もないいわゆる普通の剣だった。
買うのはそれにして会計を済ませると、フィノはその剣を握り嬉しそうにしている。
ユウが見たかったのはフィノのそういう姿だ。ユウもつられて嬉しくなってくる。
とりあえず買いたいものは全て買った事になるので店を出ようとすると、店主が店の前まで見送ると言い、ユウの後ろを追って来た。
「お客さんはこの街の闘技会に参加する為に来た訳じゃあなかったんだね」
店主はユウに並びかけるようにしてそんな風に言ってきた。
「ええ、ただの旅行者です。この街は闘技会が有名なんですか?」
別に興味があった訳ではないのだが、話の流れでユウは店主が何度か口にした闘技会の事を聞いてみた。
すると店主は喜んでその闘技会について語り始めた。
「ああ、ここの闘技会は少し前までは年に一度のお楽しみだったんだが、王様が変わってからは毎月やるようになってね。今じゃあここリスティの名物になりつつある。しかも、今回の優勝報酬は相当凄い物だっていう噂が流れていてね、参加者もすでにかなり集まっているらしい。参加者は直前まで受け付けているから、恐らく過去最高の参加者になるだろうって話だ」
「へー、闘技会っていうくらいだから危ない事も有るんでしょう? そんな事、みんな良くやりますね」
ユウにしてみればわざわざ怪我をしに行くようなものなので、参加する人の気がしれないし、あまり興味もない話だ。
だが、店主はそんなユウの気持ちなどお構いなしに話してくる。
「まあね。でも優勝者には、王様から毎回毎回凄い報酬が与えられるんだ。大金だったり、宝石だったり、名のある職人の作った剣だったりするんだが、今回はまだ公表されていないんだ。だから、今回は何か今まで以上のものが報酬として与えられるんじゃないかって噂になっているのさ。うちにとっては盛り上がれば盛り上がる程儲かるからありがたい事なんだけどね」
「そうなのですか」
ユウは適当な相槌を使って話を切り上げると、まだ何か話したそうにしている店主の話を遮るように礼を言い、強引にその場を離れた。
そして、早足で少し離れてから、買った剣を大事そうに抱えているフィノに声を掛けた。
「フィノ、その剣でよかったの?」
フィノはユウに笑顔で返した。
「うん。フィノにとってはこの剣が一番相性が良かったみたいなの」
「ふーん。俺にはよくわからないけど、フィノが良いならそれで良いや」
結局、フィノの選んだ剣は価値のあるものではなかったので、革の鎧と合わせても大きな出費にならずに済んだのはユウにとっては有難い事だった。それでフィノに喜んでもらえるならば上々だ。
「これからどうするの?」
フィノは剣を仕舞うと今度はユウの手を握り、下から覗き込むようにして聞いてきた。
そんな行動をとる時のフィノは可愛らしい。
ユウは心臓が高鳴るのを誤魔化すように、辺りを見回している体を装った。
「そうだな…、早めに宿を取って、少し街を回って見ようか。そうすればどこかで声を聞く事が出来るかもしれないし…」
「うん」
何となく思いつきで言ったユウのこの提案は、この日に限っては正解だった。
夕方以降、闘技会目当ての旅行者がたくさんこの街に来たため、宿はどこも満室になってしまったのだ。
二人は早めに動いたため宿を確保できた。
その後、街中を一通り歩き回っても声を聞く事はできなかったので、これで宿が取れずに野宿でもする事になったなら、散々な一日になる所だったので、ついていると言っていい。
夕食を予約しておいたのもいい判断だった。部屋を取る時、夕食をどうするか聞かれたのだが、レストランを探すのが面倒くさいのでまとめて予約しておいたのだ。
しかし、そうしておかなければ食べる場所が確保できず、下手をすると一食抜かなければならなくなる所だった。
どうやらそれほどまでに他所から人が集まってきている様なのだ。
結果的にただ歩き回るだけに終わった街の散策から宿へと戻って来た後、ユウは、すぐに食堂に向かった。
遅くなると、食堂が混み合うのではないかと思ったからだ。
席に座ると、まだ余裕があったのだろう、食事はすぐに運ばれてきた。
「予約の時に食事を込みにしたのは正解だったね」
ユウはパンを千切ってスープに浸し、それを口の中へと放り込んだ。
フィノはスープをスプーンですくって飲んでいる。
「私はユウが一緒なら何処で食べても一緒だわ」
「そう言われるのは嬉しいけどさ、でも、味が少し薄くない?」
食べる事が出来るだけでも幸運だったので文句は言いたくないのだが、ユウはすべての料理で、味が薄いと感じていた。
なので、大きな街の宿での食事という事で、もう少し美味しいものを食べられるのではないかと思っていたユウは、ちょっとガッカリしてしまったのだ。
だが、フィノにはそれを気にする様子はない。
「そうね。でも、昼もこんな感じだったし、この街ではこれが普通なのかも」
そう言われ、昼に食べた料理もこれと似たような味だった事をユウは思い出した。
だからこそ夕飯に期待していたともいえるのだが…。
「この味、フィノは美味しいって感じているの?」
良く考えるとフィノと自分の味覚が違ってもおかしな事ではない。ユウはふとそう思って聞いてみたのだが、フィノの反応は微妙なものだった。
「うーん。まあ、食べちゃえば一緒でしょ。そんな事よりユウと一緒にいる事の方が大事だもの」
話しを誤魔化した事もそうなのだが、その表情から見ても、フィノもやはり美味しいとは思っていないのだろう。ユウはそう理解した。
とは言え、もちろん食べられないという事は無い。肉も野菜もふんだんに盛られていて、栄養を取る事という意味でいうなら充分だ。
栄養を取ると言う観点でいうと、フィノの食欲は優秀のようだった。
ユウには食べきれない量の食事をあっさりと片付けていく。
あれだけの運動能力を維持するのだから当然だとも思えなくはないのだが、食べ物が少ない時にはそれで済ませていた事を考えると、食べ溜めが出来るのではないかと疑ってしまうくらいの食べっぷりだ。
この小さな体のどこに入って行くのだろう、などと思いながら、それでもフィノの幸せそうな顔を見ていると、ユウも次第に幸せな気持ちになってきた。
そんな時…、
「明日の闘技会の報酬は、今までとは一味違うらしいぜ」
隣のテーブルで話している若者達の声が聞こえてきた。
意図した訳ではなかったのだが、ユウはそれに反射的に耳をそばだててしまっていた。
「なんだよ。お前、何か知っているのか?」
男は、まだ正式に発表されている訳じゃあないから噂の域は出ていないんだが、と前置きし、少し声のトーンを落として続けた。
「今回の優勝報酬はどうやら人間らしい。といっても、奴隷とかそういう人間ではないぞ、貴族の娘だと言う話だ。没落した貴族が娘を売ったという噂があるんだ。しかも相当の美人らしい。優勝者はその女の事を自由にしていいのだそうだ。妻にするもよし、気に入らなければ遊んだあげく売るのも自由だそうだ」
「なにそれ、そんなの喜ぶの男だけじゃん。優勝しても女には何もメリット無いじゃない。しかも男なんてみんな考えていることは碌な事じゃないし」
仲間の中に一人だけ混じっていた女が男に文句をつけている。男の妻か恋人のようだ。
「いや、だから単なる噂だって、それに、俺が優勝したらお前専属の召使いにしてやるよ。貴族の娘を従えて買い物とか行ったら注目の的だぜ」
「何言ってんの、あんた絶対手を出すつもりでしょう。わかった、あたしが勝ってあんたが手を出せないようにしてやる」
笑い声と、女を煽る男達の声が重なり、彼らが何を言っているのかはわからなくなった。
何気なく聞いてしまった話から、この世界では王様がそんな酷い事をするのか、と思ったユウだったが、思い出してみればユウの元いた世界でも昔は人間を売り買いしていた時代もあると習った記憶もある。
それに、良く考えたらこれはただの噂だ。噂に文句を言っても仕方がない。
もし本当だったとしても何もできそうもないが…。
気が付くとユウは少し考え込んでしまっていた。
ふと見ると、フィノがユウの顔をじっと見つめている。
「な、なに?」
ユウはえも言われぬプレッシャーをフィノから感じどもってしまったものの、特に何も悪い事はしていないはずと思い返し極力ふつうを装った。…つもりだった。
しかし、フィノの次の一言でそれはあっけなく崩れてしまう。
「ユウも美人さんには興味があるんだ」
「え、えっ?」
「だって真剣に聴き耳立ててたじゃない」
どうやらフィノも話を聞いていたらしい。
ユウは一つ大きく息を吐いて、落ち着きを取り戻すべく努力しつつ、フィノに言った。
「いや、別に俺にはそんなつもりは無いよ。だいいち俺はそんなに強くないから優勝なんて無理だしね」
フィノがユウの心の奥を探るかの様にじっと眼の奥を見つめてくる。
ユウはフィノのプレッシャーに押しつぶされそうになりながらも目は逸らさずにじっとしていた。
しばらくして、フィノはようやくユウから目を離し、食べかけだった皿へと手を伸ばした。まだ食事は終わった訳ではなかったようだ。
ユウはようやく少し気を緩めると、付け加えた。
「それに、フィノより美人の女の子なんて俺は見た事ないしね」
そんな風にユウが言ったのは、フィノに機嫌を直してもらいたかったからなのだが、その効果はてき面で先程までの真剣な表情とは打って変わって、フィノに笑顔が戻っている。
ユウはなぜかどっと疲れが増したような気がした。




