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『お前、勝つ気あんのかよ!』とあの娘は叫んだ。(三・一)

 『二○一×・七・二 ブロッサム紅白戦』これが再生した動画のタイトルである。

 紅白戦は東京の巣鴨にあるゲームセンター『ブロッサム』で行われるスパⅢの対戦会だ。

 格闘ゲーム全国大会『コロシアム』三連覇、伝説のスパⅢプレイヤー『最も神に近づいた男、コジロー』が厳選したプレイヤー六人によるガチバトル。

 コジローがブロッサムの店長になってから二年間、毎週休み無く行われている企画だが、出た人間は三十人しかいない。

 いかに格闘ゲームが衰退したといっても『コロシアム』のネット生配信は十万人近くが視聴するし、去年発売されたネット対応のスパⅢFEオンラインは、四万本売れている。少なく見積もってもプレイヤー数が二万人を切るということはないだろう。その中からたったの三十人。

 本当のトッププレイヤーしか『紅白』には登場できない。

 浩介にとって彼らは憧れの存在だ。ただ、一番好きなコジローは一昨年、ブロッサムの店長になった際、現役を退いている。

 紅白は毎週土曜日の午後九時から開催され、月曜日の午前九時には動画がアップロードされる。

 普通の人にとっては格闘ゲームが延々映っているだけの退屈な映像だが、スパⅢプレイヤーにとっては至高の映像。

 浩介がTVラジオなどを含めて最も楽しみにしている番組だ。

「俺、紅白は家でゆっくり見る派なんだけど……」

「私もそうなんだけど、さっきトイレでスパⅢBBS見たらさ、終盤に大事件が起こるって書いてあったの……居ても立っても居られなくって」

 スパⅢBBSとはゲーム攻略から有名プレイヤー情報までありとあらゆるスパⅢ事情をカバーした大型掲示板である。もちろん浩介も毎晩欠かさずチェックしている。

 学校ではスパⅢに関する情報は集めないようにしている浩介だが、大事件と聞くとやはり気になる。

 なるほど、忍が「こういうところに来たかった」といった理由はこれか、確かに教室で紅白なんか見てたら、スパⅢ知らない人はドン引きだもんな。 

 解明された真実を少し残念に思うが、そんなことより、スパⅢの方が重要だ。

「大事件ってなんだろ? 即死連続技でも見つかったかな?」

「とにかく見てみよ」

 二人は一つのスマートフォンを顔を寄せ合うようにして覗き込む。

 二十センチあった隙間が半分になっていることに、浩介と忍は気づいていない。

 

「さぁ~今日も始まりました。紅白戦 一回戦は 坊さんのいずな対ヤマモトのエリィ!」

 動画から、コジローの名調子が聞こえる。

 動画投稿サイトでゲーム実況というジャンルが出現した影響か、スパⅢでも動画を作るときに実況を入れることが多い。それが視聴者のテンションを上げていく。

 一試合の時間も短いし、インターネットの動画と格闘ゲームというのは相性がいいのかもしれない。

 忍が食い入るように画面を見つめている。全国一のいずな使いと噂されている『坊さん』の一挙手一投足を見逃さないためだろう。瞬きすらしない。

 『坊さん』の相手『ヤマモト』が使うのは、リーチが長く、優れた牽制技を多く持つ、足だけで戦う格闘技カポエイラの達人『エリィ』褐色の肌にビキニスタイルという人気のあるキャラだ。

 一本目は、坊さんのいずながダッシュを駆使して、巧みにエリィの足技をかいくぐり、接近戦に持ち込んでラウンドを先取した。

「さすがの坊さん。当たらなければどうと言う事はない。涼しげな顔がそう騙っている!」

 コジローの実況が響く。

 浩介はブログで、坊さんの写真を見たことがある。

 袈裟けさを着て頭を丸めた、恰幅のいい三十五、六の歳ぐらいのおじさんだった。ブログによると本当に僧侶で、お経を上げたその足で、大会に行くこともあるらしい。人をぶん殴ってもゲームの中ならお釈迦しゃか様は許してくれるようだ。 

「かっこいい」

 忍がつぶやくが、坊さんに対してではなく、坊さんのいずなに対しての言葉だろう。 


 二本目に入ると、エリィがフェイントを混ぜ始めた。隙の大きい技を反撃出来そうで、出来ない距離で空振りし、いずなのダッシュを誘う。 

 フェイントに引っかかったいずなに、エリィがキックの連続技を叩き込む。

 いずなは、ダッシュ中、移動速度が三倍になるが、防御力は半分になってしまう。

 エリィの連続技を二回もらってただけで、いずなの体力は残り一割になってしまった。

 ミスをしたのは双方二回ずつなのに、エリィの体力はまだ七割残っている。

 この防御力の低さが、いずな使いが少ない理由だ。

「このラウンドは決まりかな?」

 つぶやく浩介に「まだまだ」と言うように忍が首を振った。

 いずなは一つのミスで体力を八割もっていかれてしまうことも珍しくない。

 このくらいで諦めていたら勝てはしない。忍の目がそういっている。

 決着は近い、実況コジローのテンションも上がる。

「さぁ、体力の少ないいずなは、あと一発で死んでしまう。坊さん、ここはゲージを溜めて次のラウンドに賭けるか? おおっと、ここでヤマモト削りにいったぁ!」

 エリィの身体が金色に輝き、超必殺技のコンビネーション『スパイラルトルネード』を放つ。十回のキックが次々に襲い掛かるこの技は、ガードの上から相手の体力を削り取る能力が高い。

 最後に空中に飛び上がってしまうため、技の終わりは隙だらけだが、相手が倒れてしまえば問題ない。そう判断しての攻撃だろう。

 ……終わった。誰もが思ったそのとき。

「おおおおおおおおっ!」

 コジローと浩介、忍の三人が同時に叫んだ。

 いずなはガードをしなかった。攻撃も喰らっていない。

「甘いっ!」

 いずなは気合を発してエリィのスパイラルトルネードの初弾を弾いた。

 坊さんにはヤマモトがスパイラルトルネードを打ってくることが読めていたのだ。

 二、三、四、五、パリイングの数が増えていく。

 浩介と忍は思わず、手を握り合った。

 そこには、愛も恋もないが、外見的には二人が馬鹿時空に非常に溶け込んだ格好になっていることを、このタイミングで記述しておく。

 八、九、十!

「坊さん、全てが見えていた! まさに涅槃ねはんの境地、さぁ反撃開始っ!」

 コジローの言う通り、いずなが反撃を開始する。

「はぁっ!」

 エリィを追いかけて素早いジャンプで空中へ飛び上がり。追いついて空中で二段蹴り。地上に降りると、エリィのしゃがみガードを読んでしゃがみガードでは防げない中段蹴りを一発。反応して立ち上がるエリィに今度は立ちガードできない、下段突き、さらに、連続で必殺技の三段蹴り、旋風つむじかぜ

 いずなが飛び上がってから旋風まで一二○フレーム、わずか二秒の出来事だ。

 エリィの体力が瞬く間に無くなった。残りは三割ほどだ。

 減った体力の下にある赤いバーが増えている。

 これは気絶メーター。いっぱいになるとキャラクターは一時的に行動不能になる。

 攻撃を当てられるたびに増加し、攻撃を受けないと減少していく、いずなの様に手数で攻めるキャラクターは相手の気絶メーターを増加させることに長けている。

 メーターをマックスにし、気絶させることが出来れば、逆転は十分に可能。

 旋風を食らってダウンしたエリィにいずなが高速ダッシュで接近する。

 ここからの数秒間が、勝負の分かれ目だ。

「さぁ、坊さん。起き攻め。近寄って、背負い投げ。起き上がり、また投げる」

 『起き攻め』とは相手の起き上がりを攻めることなのだが、賢明な貴方は疑問を持ったかもしれない。起き上がってから十分の一秒、フレーム数にして六フレームの間は『投げが効かない』という記述が、前話にあったはずだと。

 その認識は正しい。だが、坊さんのいずなが、ヤマモトのエリィを投げまくっているのは書いた者のポカではない。

 奇妙な現象だが、初心者同士の対戦の場合、起き上がりの投げ無効時間六フレームは殆ど機能しない、起き上がった瞬間に投げているつもりでも、六フレーム以上遅れているからだ。

 起き上がりにぴったり技を重ねられるのは浩介のようにやりこんだ、中級者以上のプレイヤーたちだけだ。そこまで上手くなることで、初めて六フレームの『投げ無効時間』は意味を持つ。

 ならばなぜ、トッププレイヤーの坊さんが、起き上がり投げを決められるのか?

 答えは簡単、六フレーム以上待てばいい。コンマ一秒、『何もしない』という行動をとる。これがトッププレイヤーの領域だ。残念ながら、浩介はその領域には居ない。

「次投げられると、気絶だが、ヤマモトどうするッ?」

 起き上がりの投げを嫌って、エリィがジャンプする。空中にいる間は、投げられることはない。

「ヤマモト飛んだっ、そこに、坊さんの対空が置いてある!」

 エリィが飛び上がるのと同時にいずなも飛び上がっていた。こちらはジャンプではない、ジャンプした相手を打ち落とす飛び上がっての上段蹴り『天破脚てんはきゃく

 エリィの腹にいずなの右足が突き刺ささる。坊さんはこのジャンプも読んでいた。

 いずなは素早く着地するが、エリィは力なく地面に転がり、立ち上がりはしたものの頭を抑えてフラフラしている。

 コレが気絶状態、攻撃を当てられるまで、約三秒間はこのままだ。

 このレベルで三秒間の行動不能は、即ち死を意味する。

「はっ!」

 いずなが飛び上がり、エリィの顔面を踏みつけた。その勢いで華麗に宙返り、その途中で。

「覚悟っ!」

 懐から獲物を取り出した、無数の棒手裏剣がエリィに降り注ぐ。

 超必殺技『霞時雨かすみしぐれ』浩介とのはじめての対戦のとき、忍が使ったのと同じ連携で勝負はついた。


「……名勝負」

 つぶやいた忍に、浩介は頷いた。

 なんてレベルの戦いをしてるんだろう。

「俺、あそこまでいけるかなぁ?」

 浩介はベンチの上で思わず両膝を抱えた、どうやったら坊さんみたいに相手の行動が読みきれるのか検討がつかない。ため息しか出ない。

 忍も同じ気持ちなのだろう、浩介と同じように両膝を抱えている。浩介の左手を握り締めている右手が細かく震えている。忍はため息はつかなかった、代わりに。

「私は行くよ……必ず、行く」

 決意を固めるように、忍は繋いだままの右手を胸のところに持っていった。

 浩介の左手の甲が、ブラウスの上から、忍の胸のあたりの柔らかな曲線の形を変えている。

 だが、そんなことは二人にとって重要な情報ではない。

 画面の向こうに『俺より強いやつがいる』

 二人の頭はそのことでいっぱいになっている。



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