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『お前、勝つ気あんのかよ!』とあの娘は叫んだ。(二)

 午前の授業終了を告げるチャイムとともに、小さなバッグを持って、忍は席を立った。

 立ち上がったということは弁当ではない。

 浩介はそう思い、忍に声をかける。

「学食行くの? それとも購買?」

「購買に行こうかなって」

「じゃ、一緒に行こう」

 教室を出て行く二人を、恨めしそうな眼で見つめるトシは弁当派だ。

 二人について行けない事情がある。

 すぐに弁当と携帯ゲームを持って、友達と屋上に上がりモンスターハントに行かなければならない。人気者はこういう時辛い。

 浩介は、スパⅢが出ていないその携帯ゲームは持っていない。欲しいとも思わない。他のゲームに構っている暇はない。

 

 二人は、階段を降りて一階の購買を目指す。移動中に会話は無かった。

 午前中交わした言葉も殆どない。

 浩介は休み時間のたびに話をしようと試みたが、チャイムが鳴るたび女子達がやって来て、お洒落のことや、お菓子のこと、恋の話などで「きゃぁ、きゃぁ」騒いでいたので全て未遂に終わった。そういう会話に入っていけるようなキャラクターではない。

 女子達が一緒にお昼を食べようと言う前に、忍に声をかけられて幸いだったが、いざ二人きりとなると、話題がない。

 いきなりスパⅢの話をふるのもどうかと思うし、これから向う購買のことも詳しくは知らない。

 男子は浩介をはじめとしてほとんど購買を利用しない、育ち盛りにあのパンは小さすぎる。浩介の場合、理由は量だけではない、経済事情も関係している。

 食費として母親から貰う五百円の中から一番安い『かけうどん』を頼むと手元に残るのは二五○円。それをロッキーでのゲーム代に当てている。食費もヒガンテと二人で半分こだ。

 今日は学食には行けない。忍の面倒を見るように先生から頼まれた責任もあるし、ゆっくり話をしてみたいという願望もある。


 浩介が選んだのはカレーパンに焼き蕎麦パン、それからパック入りの珈琲牛乳。〆て四百円。二クレジット分しか残らなかったが、たまにはヒガンテにダイエットしてもらってもバチは当たるまい。

「それだけで足りるの?」

 忍の昼食に浩介は驚きの声を上げた。

 彼女は、チョココロネの入った袋を一つだけ抱えて購買から戻ってきた。

「そんなに、食べたいわけじゃないから」

 小食にもほどがあるだろう、もしかして、お金がないのか?

 浩介は勘ぐったが、お釣りを入れる時、ちらりと見えた赤色の長財布には、福沢諭吉が一人と、野口英世が何人か並んでいた。あれで本当に足りるなら女の子とは不思議な生き物だ。

「飲み物はいらないの?」

「珈琲持ってきてる」

 バッグの中から小さなペットボトルが現れた。琥珀色の綺麗な液体が踊っている。

 休み時間に「ドバイに凄く美味しい珈琲があって」と、女子達に話していた、アラビックコーヒーというのがあれなんだろう。わざわざ持参したということは、国産のものは口に合わないということなのか? 帰国子女もいろいろ大変だ。

 教室に戻ろうとした浩介に、忍は意外なことを言う。

「校庭とか中庭とかで食べない?」

「まだ、クラスに馴染めない?」

「皆と仲良くなるのが大事だってのはわかるんだけどね……」

 忍は困ったような顔をして、それから笑う。無理に作ったような笑顔だ。

 転校初日の緊張から開放されたい気持ちがあるのだろう。

「じゃぁ、表に出てみる?」

 浩介がそういうと、忍は頷いた、今度は無理のない笑顔だった。


 浩介達の通う『上尾日の出高校』は、外から見ると真四角の面白みのない建物なのだが、実は真ん中に大きな空間があり。そこが中庭になっている。校舎にそってベンチが備え付けられており、放課後は、そこを使って運動部が筋力トレーニングをしていたりする。

 昼休みには、校舎に沿ったベンチはお弁当を食べる生徒でいっぱいになる。

 浩介達が見つけた空きベンチの右側では、二年の女子生徒が、三年の男子生徒にタコさんウインナーを食べさせている。所謂いわゆる『あーん』という状態だ。左側ではミートボールが、向かい側ではいくら軍艦巻きが「あーん」の状態だ。

 この中庭は昼休みには、恋人たちの憩いの場なのだ。

 見られたら恥ずかしい行為だが心配ない。どの二人組も自分たちのことしか見えていない。それゆえ昼休みに限り『馬鹿時空(雨天中止)』という別名もついている。ちなみにトシ達ハンターが昇っている屋上は、昼休みに限り『童貞狩場(雨天決行)』だ。

 日の出高校の二大観光スポットである。


「えと……やっぱ、ここはやめておく?」

 しどろもどろの浩介に忍は

「ちょうどいい。君と、こういう所に来たかったの」

 さっさとベンチに腰を下ろしてしまった。

 そ、そ、そ、それはどういう意味かな? 君と、こういう所、って、それはつまり……。

 ドギマギする浩介を尻目に、忍は自分の右側に浩介の座るスペースを開け、そこをポンポン叩いている。

「早く座って」

 早く来い、早く来いと招いているように見える。いや、そうにしか見えない。

 つまり。カップルのたまり場で、俺と並んで食事がしたいと、そういうことなんですね。この娘は男女関係に対してもガン攻めっていう理解でいいんですね? 神様。

 神様からの返事はなかったが、浩介は忍の隣に腰を下ろす。

 周囲の男女のように、ぴったりとはくっつけなかった。

 二人の間に二十センチほどの隙間がある。それでもバス停の時と同じ、花の香りがした。

「……よかった」

 忍はそういって「ほっ」とため息をついた。安心しきったような穏やかな笑顔になった。

 それを見た浩介は、どうにかなってしまいそうだった。正直、一二〇フレーム(二秒間)だけヒガンテのことも忘れた。

「なにが?」

「石浜君が……」

「コースケで、いいよ」

 若干気取ったトーンになったのは『馬鹿時空』の影響だろう。

「この学校に、コースケがいて良かった」

 名前を呼ばれて胸の奥がじぃんとしたのは生まれて初めだった。彼女は浩介にいろんな始めてを連れて来る名人らしい。

 なるほど、男が女に惹かれるわけがわかった。これはいい物だ。繰り返す、これはいい物だ!

 今や浩介も完全に馬鹿時空の住人になっている。

「新明さんのことは、何て呼べばいい?」

 浩介は「忍でいいよ。コースケ(はあと)」ぐらいの答えが返ってくるものと思ったが、忍は浩介の問いを黙殺した。

 いや、そもそも聞いてすらいない。ガン攻めの次に見せたのはガン無視だ。

 凍結している浩介を他所に、忍はスマートフォンを取り出すと、タッチパネルを迷い無く操作し『ニヤニヤ動画』という動画投稿サイトを開いた。




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