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『お前、勝つ気あんのかよ!』とあの娘は叫んだ。(一)

 「え~転校生を紹介する」

 担任の倉貫先生が朝のHRでそういった時、浩介は思わず「コントかよっ」と呟いた。

 右隣に座っているクラス一のお調子者、田中俊哉(通称トシ)などは大きな声で同じセリフを言っている。

 倉貫先生の真後ろの黒板には七月四日(月)と書いてある。

 浩介が『俺より強いやつ』を見つけてから既に二日が経った。

 昨日も一昨日もロッキーに足を運んだが、彼女には会えなかった。

 土日だから、会えると思ったんだけどな……。

 『君、格ゲー上手いね』と言った彼女の声が、今も耳の奥でリフレインしている。

「不自然すぎねぇ? 北の国のスパイなんじゃないの?」

 冗談めかした感じのトシの言葉で、浩介は我に帰った。

 やばい、やばい。また彼女のこと考えてた。俺、本格的にどうにかなってるな。

 頭を振って、トシの方へ首を向ける。二人の席はまるで隔離されたように教室の一番後ろに並んでいる。

 授業中ちょくちょく、集中を妨げてくるが、トシのひょうきんな所を浩介は気に入っている。親友、と言ってもいい。二人でロッキーに行ったことも何度もある。

「ぜってぇ、スパイだって」

 繰り返すトシに「それはない」と右手をパタパタ振って、浩介は苦笑する。

 スパイが埼玉の片田舎で何を調べるというのか? 路線バスの時刻表が変わった。などという情報を本国に送ったところで何の役にも立ちはしない。

 スパイには同意できないが『不自然すぎる』には激しく同意だ。夏休みまで後十日、期末テストが終わったばかりのタイミングの転校である。

 なにか特別な事情があるとしか思えない。

「先生も驚いてるんだけど、来ちゃったものはしょうがないだろう。来る拒まず、去るものは追わずだ」

 朗らかに笑う倉貫先生は三十五歳独身、先月彼女と別れたばかりだ。

 彼女のことは追うべきだったんじゃないかと浩介は思う。

「んでさ、女? 女?」

 トシは転校生が見たくてたまらないらしい。

「それは見てのお楽しみだ……期待していいぞ」

 勿体つけた先生の言い方に、教室中からどよめきの声が上がった。


「じゃぁ、紹介しよう。入って」

 カラリとドアが開き、真新しい制服に身を包んだ少女が現れる。

 そこから〇フレーム。要するに全く間をおかずに、教室が男たちの叫び声でいっぱいになった。

「やべ可愛い」「綺麗過ぎる!」「天使、マジ天使」「惚れた」「死ねる、君のためなら死ねる」「この流れなら言える付き合ってくれ」「いや、結婚してくれ!」

 大騒ぎの中で浩介だけが動いていなかった。

 こんな幸運があっていいのか? 夢なんじゃないだろうか?

「いず……な」

 ぼそりと呟いた。

 彼女だった。ポニーテールを下ろし制服を着ているが、そのぐらいのことで見間違うはずが無い。

 あのバス停から今まで彼女のことばかり考えていた。

 どうやったら彼女のガン攻めをしのいで『ギガトンボム』を決められるか? 浩介の脳味噌の九割五分はその疑問の答えを探し続けている。「可愛いかったな」とか「綺麗だったな」という彼女の外見のことを考えないではなかったが、それは残りの五分程度。

 それが格闘ゲーマーという人種だ。

 彼女は教室に足を踏み入れなかった。大騒ぎに驚いた風ではない、かといって男子に騒がれるのを堪能しているという風でもない。『わけがわからない様子』というのが正しい。

 きょとんとしてから後ろを向き、きょろきょろと廊下を見回している。

 意味不明の行動に教室の騒ぎが止む。

 しばしあって、彼女は首を傾げ、また教室の方に振り返った。

 大騒ぎが再開する。

「やっぱ可愛い!」「何度見ても綺麗過ぎる」「さっき死ぬって言ったけどやっぱり生きる」「付き合ってくれ、それが駄目なら下僕でもいい!」「再婚してくれ、結婚してないけど再婚してくれ」 言葉の洪水に。彼女は、さっきより素早く後ろを向く。また廊下を見回している。

 教室に静寂が訪れる。

 沈黙を破ったのは、浩介が吹き出した「ぷっ」という音だった。

 浩介には、彼女の行動の意味がわかった。

 彼女は廊下を見回して、男子たちの喝采を浴びているであろう人物を探しているのだ。数々の賛辞が自分に向けられたものだとは一フレーム(六十分の一秒)も思わなかっただろう。

 浩介は、彼女のそういうところを好ましく思った。


「時間もないし、自己紹介してもらおうかな?」

 先生に促されて教壇に登った彼女は凛とした顔で教室全体を見回し

「新明忍です。新しいに明るいって書いてしんみょう。名前は忍者の忍でしのぶです」

 そういってぺこりと頭を下げた。

 しのぶの漢字を忍耐の忍と言わず忍者といってしまうのは『いずな使い』の悲しさだな。

 浩介の頬が緩む、これがわかるのも教室中で自分だけだろうという優越感がある。

「先月までドバイの日本人学校に通ってました」

 耳慣れない『ドバイ』という単語に、教室がざわめいた。

「ドバイってハワイの近く?」

 トシの質問に、浩介は「違うんじゃないかな」と答えるが、詳しいことはわからない。

 ドバイはアラブ首長国連邦の首長国の一つだ。

 石油産出国だが、石油より観光や金融業で栄えており、アメリカ、日本を始め、先進国の大企業が多数進出している。世界最高ランクのホテルを複数持ち、世界一高いビルも建っている。ギャンブルも盛んで、大きなカジノを複数持ち、世界的に有名な競馬のレースが開催されたりしている。近々サッカーのワールドカップが開かれるのを知っている人は多いだろう。

 一般的な日本人が思う『中東』とイメージからはかけ離れたお金持ちな国だ。

 恐らく、彼女の親がそこで仕事をしていたのだろう。

「かっけぇ、残留孤児かよ」

 トシの言葉に浩介は頭を抱えた。お前が言いたいのは多分『帰国子女』だ。

 忍はドバイのことにはそれ以上触れず、自己紹介を続ける。

 礼儀正しく清楚なイメージだが、やはり自分のやりたい事をガンガン押し付けていく性格らしい。

「趣味は映画鑑賞と裁縫。それから……」

 そこで一旦言葉を飲み込み。

「ゲームです」

 と続けた。飲み込んだ部分には当然『格闘』という言葉が入るだろう。

「よろしくお願いします」

 彼女の自己紹介が終わると先生は、「席をどうしようか?」と忍に尋ねる。


 俺の隣に来ないかな? 

 そういう願望が持ち上がるが、物理的に無理だ。浩介の席は教室の一番後ろだが、右にはトシ、左は窓だ、必然的に忍はトシの隣に座ることになるだろう。

 トシのテンションがやたらに高いのは、そのせいに違いない。

「トシ」

「はいな!」

 先生の呼びかけに、勢い良くトシが立ち上がる。

「お前その席開けろ」

「ないわ……」

 肩を落とすトシに先生は真意を説明する。

 座席の関係でいけば、トシの隣になるのだが、トシ一人に忍を任せるのは不安すぎる。

 そこでトシの席を一つ右にずらし、浩介とトシで忍を挟むようにする。

「石浜になら、安心して任せられるからな」

 先生の言葉に、クラス中頷いている。

 石浜というのが、浩介の苗字だ。

 勉強も運動もぴったり平均点、外見も良いわけでも悪いわけでもない。平凡を絵に描いたような浩介だが、校内清掃や体育祭の準備などの面倒な作業を率先してやるため、頼りがいのある真面目なやつ。というイメージが定着している。

 浩介はイメージアップのためにやっているわけではない。面倒な作業が好きなのだ。

 家庭用で連続技を延々練習している時の感覚に似ている。

 浩介は一日の二十四分の一をヒガンテの連続技の練習に費やす。技術が保てないという理由もあるがそれ自体が好きだ。こういう特殊な性格でないと格闘ゲーム、特にスパⅢのような歴史あるタイトルで上級者になることは出来ない。

 初級者を脱するまでに週二日ゲームセンターに通い。家庭用で毎日一時間練習をして半年かかる。そういう世界だ、新規参入は見込めないと言って良い。

「石浜、新明のこと任せて大丈夫か?」

 先生の質問に「多分、大丈夫です」とあまり感情のこもらないトーンで返したが、浩介は今にも窓から飛び出したい気持ちでいっぱいだった。が一年三組の教室は三階だから、実行しなかった。

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