『君、格ゲー上手いね』とあの娘が言った。(四)
三枚の五十円は、五分足らずで消えてしまった。
一ラウンドも取れずストレートの四連敗だが、浩介は満足だった。
「この人に勝つのを目標にしよう」
思いながら、いずなのコンピューター戦を眺めている。
いずなはコンピューター相手でも、ガンガン攻めていく。多分、積極的な性格なのだろう。プレイヤーの性格がにじみ出るのも格闘ゲームの面白いところだと浩介は改めて感じている。
本来、ゲームをしていない人が筐体の椅子に座るのはマナー違反なのだが、ロッキーの店長、須藤のじいさんは、そういうことに五月蝿くない。
「儲るためにやってるんじゃないからね。俺ぁ、若い子が遊んでるのを眺めているのが好きでね」
いつも脱衣麻雀をやりにくる常連のおじさんに話しているのを聞いたことがある。
今年で八○歳になる須藤の爺さんは、この辺ではちょっと有名な地主で、この第一須藤ビルを初めとして二軒のビルとアパートを一つ持っているらしい。ロッキーは須藤第一ビルの二階にある、一階はパチンコのチェーン店に貸し出している。収入源としてはパチンコ屋や、そのほかのテナントからの家賃がメインでゲームセンター経営は、年寄りの道楽と言ったところだろう。
クレーンゲームに千円以上つぎ込むと、台を開けてぬいぐるみをくれたりするし、客が、筐体にお金を入れず、店のベンチで携帯ゲームに興じていても文句も言わない。
採算度外視のそういうサービスの積み重ねが、ロッキーを街のゲームセンターとしてはもはや希少種といえる繁盛店にしているのだが、爺さんは狙ってやってはいないだろう。そういう性格なだけだ。
「ゲーセン行くならロッキーだよな!」
浩介のクラスメートのゲーマー達は口をそろえてそう言う。
その中に、格闘ゲーマーは一人も居ない。浩介のような格闘ゲーマーはロッキーと同じで希少種だといっていい。恐らく両方とも数年立たない内に希少種から絶滅危惧種になってしまうだろう。
須藤の爺さんが、スパⅢの筐体にやって来た、いずなのプレイヤーに声をかける。
「お姉ちゃん、悪いねぇ。もう十時んなるよ。五十円返すから……」
「は!?」
と声を上げたのは浩介だ。
この驚きには二つの意味がある。十年以上前のゲームをプレイしているのが、十時以降ゲームセンターに居てはいけない十八歳未満だと言うことと、須藤の爺さんが「お姉ちゃん」と言ったことだ。もし十八歳未満の女の子がスパⅢプレイヤーだとしたら、それこそ絶滅危惧種に指定していい。
須藤の爺さんが、浩介の声に驚き、こっちを向いた。
「おう、こうちゃんも早く帰んなよ」
爺さんの言葉に「はい」とも「ええ」とも取れるモゴモゴした返事を返す。
先にも述べたが、十八歳未満は二十二時以降、立ち入りを禁止だ。 これは条例によるもので、違反すると須藤の爺さんに迷惑がかかる。自分のホームグラウンドに面倒はかけられない。浩介は席を立った。
ロッキーの自動ドアを出て、一階へ降りる階段で一度足を止めた。
狭い階段の壁には最新の音楽ゲームやカードゲームのポスターに混じって、色が抜けてモノクロになってしまったスパⅢのポスターが飾られている。
『俺より強いやつに、また会える』
スパⅢのキャッチコピーが、浩介の目に飛び込んでくる。
「挨拶ぐらい、しておけばよかったかな?」
いずなのプレイヤーにである。
会話なんか一言も交わしていないけれど、お互い顔さえ知らないけれど。それでも、何時間も話をしたような気がする。
ほんの数分だったけれど、浩介のヒガンテと彼女(恐らくだが)のいずなは拳を通してコミュニケーションを取っていた。女の子と話しをするのは得意ではないが、彼女となら何時間でも話ができそうだった。
女の子と、話がしたい……下心も無くはない。
もう一度スパⅢのポスターを見た。
白い胴着を着た主人公キャラクター『拳治』と目が合う。
「また、会える……よな」
階段を降りきると雨の匂いがした。
梅雨の時期独特のぬるい香りだ、浩介はこの季節が好きではない。からっと晴れている暑い日が好きだ、今日は七月二日、夏はもうすぐそこだ。
折りたたみ傘を広げ、表へ出ると幸い、雨はそれほど強くなかった。
家まで十五分自転車を漕いで帰っても、あまり濡れることは無いだろう。
須藤ビル一階に入っているパチンコ店の、音量を上げすぎた耳障りなBGMを避けるために、携帯で音楽を聴こうとイヤホンを耳にはめると、後ろから声が聞こえた。
「すみません。良かったら、バス停まで、傘入れてもらえますか?」




