『君、格ゲー上手いね』とあの娘が言った。(三)
「レアだ」
相手の選択したキャラクターを見て、浩介は思わず声を上げた。
真っ赤な忍装束に身を固めた、細身で小柄な女キャラ『いずな』コスチュームが示す通り忍者という設定で、素早い動きと優秀な連続技で、常に先手、先手を取る戦法を得意にしている。飛び道具まで持っているが、体力は十二人いるキャラクターの中で一番低い。
浩介のヒガンテとは間逆のキャラクターだ。
素早さとトリッキーさが売りだが、一発の重みに欠け防御力も低いため、使う人はあまり居ない。使う者があまり居ないという点では、浩介のヒガンテも一緒だ。
浩介は、いずな対策を考える。
「ある程度のダメージは仕方ない。ミスを待って反撃を入れて、ゲージがたまったら、ギガトンボム一発。いつもよりガードを意識だ」
ブツブツ呟いているうちに、筐体が第一ラウンドの開始を告げた。
……間違いなく、俺より強い。
ラウンド開始から三十秒が経ったころ、浩介は興奮の中に居た。
ヒガンテは、プラン通り戦っている。
いずなの攻撃を受けるような、隙のある攻撃は出していない。牽制用の素早いチョップとキック以外は打っていないが、まるで当たらない。ガードすらさせることが出来ない。
いずなの攻撃は確実にヒガンテに届いているのに、ガードしたヒガンテが反撃をした時、相手はそこには居ないのだ。
バックダッシュやジャンプでヒガンテから大きく距離をとり、空中から手裏剣を飛ばしてくる。
ヒガンテが手裏剣をガードしていると、ダッシュで近くに寄って来て、素早い連続技で再びヒガンテをガード状態にさせ、連続技の最後に三段蹴りを入れてくる。
この三段蹴りは『旋風』という必殺技で、ガードをしても少しだけ体力が削られる。
データー上は、旋風をガードすれば、投げを入れるだけの隙が生まれるのだが、ぎりぎり投げの届かない間合いで技を出しているため、反撃ができない。
その流れがもう四回も繰り返されている。このままジリジリ体力を削り取られて負けそうだが、浩介は諦めたりはしない。
あの連続技はかなり手元が忙しい、いつかミスが出るに違いない。
浩介は我慢に我慢を重ね反撃の時を待ったが、相手にミスがないまま時間切が訪れた。
いずなの体力はほとんど満タンで、ヒガンテ体力は半分ほどになっている。
この場合、残り体力の多いほうが、そのラウンドの勝者だ。
試合は全部で三ラウンド、先に二ラウンド取られれば負け。
もう一ラウンドも落とせない。
「作戦を変えなきゃ駄目だ」
第二ラウンドまでの短い時間に、浩介は考える。
守っていても相手にミスは出ない。ならば攻めよう。動きの遅いヒガンテにだって攻め手はある。
両手で作った拳骨を頭上から、相手に打ち下ろす『スレッジハンマー』技の出るスピードが速く、ガードさせれば少しだけだが自分の方が早く動ける。外してしまった場合の反撃が怖いが、リスクを負わなければ勝ち目は薄い。
「秒殺されるかも知れないけど、ガードだけしていて負けるよりはずっと良いだろ?」
浩介がヒガンテに向って呟くと「アタリマエダゼ」と答えが返ってきた気がした。
第二ラウンドが始まった。
手裏剣に少しずつ体力を削り取られながら、ヒガンテはじりじり前へ出る。
スレッジハンマーを連発するような真似はしない。このレベルの相手に攻撃を当てるには工夫が必要だ。
ヒガンテの技の中で一番早いしゃがみチョップを出してから、素早くスレッジハンマーを入力すると、二つの技は連続技になる。
相手がチョップを喰らっていればハンマーも入る。ガードしていた場合、ハンマーもガードすることになる。ハンマーをガードした場合いずなには十二分の一秒ほど動けない時間が発生する。そのわずかな時間でレバー一回転の必殺技『メガトンボム』を入力する技術が浩介にはある。ハンマーをガードさせた隙に投げを決める。コレが浩介の狙いだ。
ヒガンテが注意深く、近づいていく。
手裏剣を時にガードし、時にパリイングしながら距離を詰める。
いずなが、こちらの意図を汲み取ったのかジャンプして手裏剣を撃つのをやめ、低い姿勢を取った、直後残像を残しながら高速でこちらに向って来る。
「いいよ。接近戦、受けて立とうじゃん」
そういう声が、いずなから聞こえた気がする。
これだ、これなんだよ。
浩介は思った、いや、思っているような時間はない。
漠然とそう感じているというのが正しい。
顔も見ていない、声すら聞いたことが無い相手の考えていることが画面を通して伝わってくる。
会話もしていないのに、相手の考えていることがわかる瞬間。
浩介はその時、たまらなく楽しい気分になる。
相手をぶちのめすゲームをしているのに、相手とわかりあうことが楽しい。そう思う自分は変わっているのかもしれない。
喜んでばかりも居られない、戦いは六十分の一秒単位で続いている。
至近距離まで接近してきたいずなに
「付き合ってくれるのか、ありがたい」
という意思を込めて、ヒガンテがしゃがみチョップを出す。
「そう来ると思った」
いずなはしゃがんでそれをガードした。
「ウガァッ!」
ヒガンテが叫んだ。待ちに待ったスレッジハンマーの瞬間だ。
いずなはそれもガードする。前述したとおり連続ガードになっている。
この直後にもう一度スレッジハンマーを出すか、近寄って投げに行くかという二つの選択肢がヒガンテにはある。相手がガードをしていれば投げが決まるし、投げを防ぐためにジャンプをしていればハンマーが入る。
両方とも確率二分の一の博打だが、読みが外れてもダメージがないヒガンテと、読みが当たらないと大ダメージを受けてしまういずな。置かれている状況は全く違う。
いずなは、ガードを続けることを選択した。
浩介は作戦通り投げを入力しているメガトンボムだ。
いずなを抱えてヒガンテが空中に舞い上がり、ジャンプの最高到達点でいずなを地面に放り捨てる。地面に叩きつけられたいずなは、体力の三分の一ほどを失い、地面に倒れた。
ヒガンテに絶好のチャンスが訪れた。
倒れている間、いずなは行動できない。自動的に起き上がるのを待つしかない。起き上がった瞬間にしゃがみチョップを当てれば、さっきと同じ状況を作り出せる。
直接、メガトンボムを仕掛ければいいと思うだろうが、起き上がって十分の一秒の間は投げが効かない。スパⅢはそういうシステムになっている。
投げがメインのヒガンテには厳しいシステムだが、それが出来てしまうと一回投げたら、起き上がりに、延々投げを繰り返すだけで勝ててしまうことになる。
そういうゲームならスパⅢは名作ではなく、クソゲーと呼ばれていただろう。
「悪いけど、もう一回やらせてもらう」
ヒガンテがしゃがみチョップをいずなの身体に重ねる。
「甘いっ!」
いずなの声が聞こえた気がした直後、浩介の耳に金属を打ち鳴らしたようなカシャンという音が届いた。
いずながパリイングを入力したのだ。チョップを弾いたいずなはガード状態になってはいない。
「やばい!」
浩介は手を止めるがヒガンテは止まれない。スレッジハンマーのモーションをはじめてしまっている。
浩介の予想通り、いずな難なくハンマーも弾いた。六分の一秒のタイミングだが、連続技であれば技のリズムは単調だ、やりこんだプレイヤーにとってはそれほど難しい操作ではない。
ヒガンテに残ったのは、ハンマーを放った後の大きな隙。
時間にして八分の一秒ほどだが、いずなには十分な時間だった。
「はっ!」
気合一閃いずなは飛び上がり、ヒガンテの頭を前方から踏みつける。その反動で華麗に宙返りをしながら
「覚悟っっ!」
懐から棒状の手裏剣をたくさん取り出し。マシンガンのような速さで次々にヒガンテ目掛けて投げつける。この技には『霞時雨』という名前がついている。いずなの超必殺技だ。
踏みつけと霞時雨は別々の技なのだが、ヒガンテのチョップからスレッジハンマーの様に素早く入力することで連続技になる。踏み付けを喰らってしまっているので、当然無数の手裏剣はすべてヒガンテに突き刺さった。
地上に倒れ付したヒガンテの体力は残り半分を切っている。
そこからはもう、いずなの攻撃練習の時間になった。
ヒガンテはいずなの繰り出す様々な攻撃をただひたすらガードし、時折ガードを失敗してダメージを受け、じわじわと残り体力を削られて地面に倒れた。
「すごい、この人強い」
散々に負けたにも関わらず。浩介の顔には笑みが浮かんでいた。
マゾヒズムを刺激されたからではない。
「俺より強いやつが、ここに居る」
その事実が嬉しい。
ゲームセンターで「勝てない」と思う相手に出会ったのは、本当に久しぶりだ。
浩介はすぐにポケットを探る。さっき両替した五十円玉が、まだ三枚残っている。
そのうちの一枚が、新たなる挑戦者の登場を相手に教えた。