表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/38

『いつも、いつでも……』あの娘はそう言って目を閉じた。(ラウンド2)

 忍はペットボトルの珈琲を一口飲んでため息をつく。

「強く、なってる」

 体力を半分残しての勝利だったが、体力ゲージほどに実力の差はない。

 とりあえずジャンプというミスをしてくれたから流れを掴めただけで、あれがなかったらどうなっていたかわからない。

 浩介はまるで別人だった。

 丁寧にガードを固めるだけではない、ヒガンテの体力の多さを生かして荒々しく立ち回る。

 見た目は乱暴だが、考えなしの暴力ではない。スパⅢのシステムを熟知した緻密な格闘術。

 浩介はそういうヒガンテを手に入れて来た。

 ……凄く、嬉しい。

 浩介はこの十日間をたった一つの目的のために過ごしていた。

 焼きそばパン一個の昼食も、一心不乱に書いたノートも、自転車で通ったKILALAも、何もかもが強くなることに繋がっている。

 すべてがこの一戦に繋がっている。

 浩介は忍のためだけに、十日という時間を使ってくれた。

 自然に、笑みがこぼれる。

 物思いに沈みそうになった忍の意識を、浩介の声が闘いに引き戻す。

「始まってる!」

「ご、ごめんなさい」

 慌てて画面を見ると、もう五秒が経過していた。

 忍はいずなをバックダッシュさせ、画面端を背負う。

 浩介もバックジャンプで、画面端を背負った。

「行くよっ!」

 重なった二人の声が、第二ラウンド開始の合図になった。


 忍はジャンプから手裏剣を投げ、相手を牽制するという戦法で第二ラウンドを始めた。

 攻撃を重点的に強化してきたのなら、守備にほころびが出ているかもしれない。それを探ることから始める。

 殴り合いは、攻撃力と体力に乏しいこっちに分が悪い。可能ならば相手の攻めを押さえ込みたい。

 浩介の新しいスタイルに付き合う気はない。一方的に勝つ気でいる。

 熱い接戦をしようなどとは考えない。

 自分が勝つ試合が良い試合。忍はいつでもそう思っている。

 

 手裏剣をガードさせての連続攻撃を、浩介は丁寧にガードしてきた。

 時折出す中段の飛び踵落としにも、下段攻撃のスライディングにも引っかからない。

 投げを出せばしっかりジャンプしている。

 鉄壁の防御は少しもさび付いていなかった。工夫のない攻撃は入らない。

 浩介は、恐ろしく動体視力が良い。

 ラグの無いゲームセンターでは、見てからガードできる攻撃にはまず当たらないだろう。

 第一ラウンドと打って変わって、第二ラウンドは静かな展開になった。

 四十秒が経過しているのに、いずなの体力は満タン。ヒガンテの体力は『旋風』でほんの少し削れているだけだ。

「危なくなってきた」

 忍はヒガンテの超必殺技ゲージを見る。

 もう少しで『ギガトンボム』が使えるようになりそうだ。手裏剣を放つために距離を開けるたびにヒガンテは几帳面にしゃがみチョップを二回空振りして、少しずつゲージを溜めている。

 ギガトンボムが使えるようになったら戦い方を変えなければいけない。

 三段蹴りの『旋風』に繋げる前のしゃがみ突きや、膝蹴りにギガトンをあわせてくることが考えられる。ギガトンを喰らえば、いずなの体力は半分無くなってしまうのだ。ダメージも怖いが、ギガトンを警戒するあまり、ジャンプを多用する単調な動きになってしまうのも嫌だ。

 コジローのような手もあると一瞬考えた。

 あえてギガトンを喰らって、行動の選択肢を増やす……今思い出してもとてつもない割り切りだと思う。あそこまで思い切ることは忍には出来ない。

 怖いのもあるが、いずながかわいそうだ。


 忍はいずなを駒だとは思っていない。

 いずなにこういう勝ち台詞がある。

『地味な格好してるけど、あたしだって可愛い時もあるんだぞっ!』

 初めてそれを見たときにいっぺんにいずなを好きになった。

 美人で社交的な姉の陰に隠れて、地味で目立たない私だって……。

 黒縁のメガネをかけたもっさりした忍は、密かにそう思っていた。

 地味な忍装束に身を固めたいずなが自分に重なった。

 いつだって可愛いと思われたいし、綺麗だといわれたい。女の子はみんなそうなんだと思う。

 同じ気持ちを共有する仲間、忍はいずなをそういう所に位置づけている。

 わざと大ダメージを負わせるのはいい気分ではない。


「……だったら」

 忍は罠を仕掛けることにした。

 以前の浩介なら罠に気づきもしないだろうが、ここまで強くなった浩介なら引っかかる。

 確信がある。

 手裏剣をガードさせて、ダッシュで近づき細かい掌打を二発ガードさせ、しゃがみ突きで距離を調整し、反撃の来ない距離からの旋風。

 この連携で相手を固めていくのだが、最後の旋風の部分を近寄っての膝蹴りにする。 

 膝蹴りをガードされた場合『ギガトンボム』が間に合ってしまう。

 忍はそれを知っている、浩介も気がついているだろう。あのノートにも書いてあった。

 その知識に向って罠をかける。

 膝蹴りをガードしたヒガンテが、ぴくっと動いた。

 浩介はギガトンボムを入力したに違いない。

 忍は驚かない。超必殺技ゲージがほんの僅かに足りない。

 同じ回転系コマンドのメガトンボムが出る。

 その時、いずなはバックダッシュでそこには居ない。

 メガトンより発生の早いギガトンだけが間に合うのだ。忍はそれも知っている。

 忍が下唇を舐めた「あは」と小さく笑う。

「もぉ、我慢できない?」

 忍がそういった時、ヒガンテの超必殺技ゲージがMAXになった。

 いずなが手裏剣を打ち接近する。掌打を二発、続いてしゃがみ突きを入れ、少しだけ歩いた。

 浩介はそれを見逃さない。ヒガンテがぴくりと動いた。

「いいよ。出しちゃえ」

 ヒガンテの目が光った、両手を広げる。

「なんだそれっ!」

 浩介が叫んだ。

 いずなは捕まらなかった。空中にいる。

 忍は膝蹴りを出さなかった、近寄ってほんの少し。時間にして十フレームに満たないだけの間を空けてジャンプした。

 以前の浩介なら、近寄ってきたら迷わずギガトンに行っただろう。

 だが、浩介は知識を得てしまっている、いずなの膝蹴りに『反確』でギガトンが決まることを知っている。知っているから出していない膝が見えてしまう。出ていない膝をガードしてしまう。

 忍が罠を張ったのはそこだ。

 存在しない技をガードする分だけ時間が出来る。ジャンプが間に合う。

「残念」

 ジャンプ攻撃からのいずなの連続技がヒガンテに炸裂する。

 体力の三割ほどを奪い取った。

 それでも、浩介は諦めない。

 ヒガンテの戦い方が変わった。上段攻撃や下段攻撃は丁寧にガードするが、僅かに発生の遅い中段攻撃には強気に相打ちを取ってくる、飛び踵落としにはヘッドバット。打ち下ろしの肘にはバックハンドチョップ。何度もお互いが同時に倒れ、立ち上がる。同時に仰け反り、また相手に向っていく。


 残り時間が二十秒になった時、いずなの体力は残り半分、ヒガンテの体力は残り二割だった。

 ……終わっちゃう。

 忍の心に不安がよぎる。

 この試合に勝ってしまったら。

 浩介はまた、口をきいてくれなくなってしまうのだろうか?

 ……もう十分だよ。

 忍は思う。

 十分教えてもらった。『たかがゲーム』でこんなに強くなれるわけが無い。

 浩介が真剣にスパⅢをやっていることは明らかだ『勝つ気』があるのは間違いない。

 それでいいじゃないかと思う。もう何試合かすれば浩介が勝つことだってあるだろう。

 しかし、十分かそうでないかを決めるのは忍ではない。

 浩介が自分を許さなければ浩介の我慢は終わらない。そういう気がする。

 自分も頑固だが、浩介も相当に頑固だ。

 ……難しい人を好きになっちゃったな。ううん、難しいから好きなのかもしれない。


 何度目かの相打ちのとき忍は叫んだ。

「どーでもいいっ!」

 不純物だ。

 喋るとか喋らないとか、認めるとか認めないとか、我慢するとかしないとか、そんな気持ちの一切が不純物だ。

 格闘ゲームってそうじゃない。

 目の前の相手に勝つために、殴って殴られて、蹴って蹴られて、攻めて守って、騙して騙されて、そうやって比べあう。それだけの物じゃないか。

 本気とか遊びとか、楽しいとかつまらないとか、そんなことは一切合財どうでもいい。 格闘ゲームに必要なのはたった一つ。シンプルに相手を

 

――――殴る。

 

 いずなのしゃがみ突きと、ヒガンテの大振りのパンチが相打ちになった。

 仰け反った後ヒガンテはゆっくりと前進し、いずなは空中へ飛んだ。

 残り時間十二秒。ヒガンテの残り体力が一割を切っている。

 忍は勝利を確定させるために『霞時雨』をぶっ放す。

 当たれば、一気にKO、ガードされても体力大幅リード、この状況を一発でひっくり返せるギガトンのゲージはまだ六割程度しかたまってない。どう転んでも負けはない。

「覚悟っ!」

 いずなが叫んだ瞬間、ヒガンテが前進をとめた。

 どくん。

 忍の胸で得体の知れない不安が音を立てた……ヒガンテの声が聞こえたからだ。

「覚悟ナラ、俺モ、コースケモ、完了シテ居ルンダゼ」

 一発目の棒手裏剣をヒガンテが弾いた。

「いけないっ」

 二発目もパリイング、三、四。パリイングの数が増えていく。

「……どうしよ」

 霞時雨は、パリイングが難しい技だ。

 攻撃の間隔が極端に短い上に、いずなとの距離によって微妙にタイミングが変わる。十六発全てを完璧にパリイングできるプレイヤーなど、皆無と言っていい。大会では希少種といえるいずなの対策をそこまでやりこんでいるプレイヤーなど絶滅危惧種だ。

 その絶滅危惧種が反対側の筐体に座っている。

 この男は十日間、いずな対策だけをして生きていたのだ。

 パリイングにミスは出ない。

 五、六、七、八。

「やばい」

 ヒガンテの必殺技ゲージが異常なスピードで増えていく。

 九、十、十一、十二。

「待って、そんなの貰ったら」

 忍の呟きを尻目に、パリイングは続いていく。

 十三、十四、十五……十六!

「……だめっ」

 ヒガンテの目が光った。

 レッツゴー!

「アイン、ツヴァイ、ドラァィ……ギガトンボォム!」

 いずなの悲鳴と、忍のため息が同時に漏れ。

 第二ラウンドが終わった



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ