『いつも、いつでも……』あの娘はそう言って目を閉じた。(ラウンド1)
久しぶりにロッキーの筐体の前に座ると、なんだか落ち着いた。
いつものようにポケットから五十円玉を一枚だけ取り出す。
両替には行かない。
勝っても負けても一回勝負。浩介はそう決めている。
負けたらもう一度などということは考えていない。
負けるとは思っていない。浩介はここに勝ちに来ている。
浩介の感覚では、ヒデと忍はだいたい同等の強さ。
勝てる確率は二割と少し、甘く見積もっても三割は超えないだろう。
それでも、その『二』を引く自信が浩介にはある。そういう準備をしてきた。
「緊張すんなよ?」
声をかけてきたトシに頷く。
これが終わったら何か奢らないといけない。下手をすると、今回のことで一番胸を痛めたのはこの男だ。きちんと約束を守ってくれたし、忍の面倒もしっかり見てくれた、感謝してもしきれない。
いや、今は対戦に集中しよう。
筐体に五十円玉を投入する。
『NEW RIVAL COMES!』
システムの声が、運命の一戦の開始を告げた。
「驚かせるっ!」
開幕と同時に、浩介はヒガンテをジャンプさせ、六~九フレームの誤差で大キックボタンを弾く。
上昇中に、ヒガンテがドロップキックを繰り出した。
前に走り出したいずなが、ヒガンテの大きな足の裏に追突して倒れる。
奇襲攻撃は成功したが、追撃にはいけない。
ヒガンテはゆっくりとジャンプして着地する。一瞬遅れて、いずなが立ち上がった。
いずながほんの少し前に歩いてから、ヒガンテに向って飛んだ。
ヒガンテはそれをガードの姿勢で待つ。ガードしてからの反撃を考えている。
「グゥッ」
簡単にガードできるはずの攻撃をヒガンテが喰らった。
「まずいっ、めくりか」
ジャンプ攻撃を相手の体を貫通するように当てると、攻撃が相手の背中側へ突き抜けることがある。この場合後ろではなく、前にレバーを倒さなければならない。攻撃を受けているのは背中側だからガード方向が逆になるのだ。これを『めくり攻撃』という。
元々はシステムの盲点を突いた裏技だったが、今では定番のテクニックだ。
ほんの少し前に歩いたのは、距離を調整するためだろう。
ヒガンテを飛び越したいずなは、裏側に着地する。
浩介はヒガンテに上段ガードをさせる。
振り向かなければならない分、ヒガンテが不利だ。攻撃は間に合わない。
下段ガードは考えから捨てている。いずな使いは、動きを止めなければならない下段攻撃を出すのを嫌う傾向がある。ヒデもそうだった。
浩介の読みは当たった、いずなが上段攻撃の肘打ちを出している。
忍の性格なら、強気にもう一度肘の筈だ。
浩介はレバーをいずなの方に倒す。
「フンッ」
読みは当たった。
ヒガンテが両手を広げて肘打ちを弾き、反撃のバックハンドチョップを繰り出す。
「甘いっ!」
いずなが左手でチョップを弾いた。
浩介はもう一度肘が返ってくると予想し、パリイングの操作をする。
予想は外れた。いずなが身を屈めて、滑るようにダッシュしてから飛び上がり、ヒガンテの腕に両脚で組み付いてきた。全体重をかけて掴んだ腕を地面に引っ張り込む。
「蔓落としっ」
いずなの叫びとともに、ヒガンテが半回転して地面に叩きつけられた。
ダッシュしてからの必殺投げ『蔓落とし』が決まった。
ヒガンテの起き上がりのタイミングにあわせて、いずなは三段蹴りの『旋風』を重ねてきた。
ほんの少しだが体力を削り取ること、そしてヒガンテの足を止めるのが目的だろう。
ガードはできたが、反撃はできない。
例によってギリギリ反撃の届かない間合いで打っている。
距離の調整だけなら、忍はヒデや坊さん以上かもしれない。
……忍は攻めを継続させたいはず。ダッシュで近距離戦を仕掛けてくる。
そう考えた浩介は、レバーを前に倒し大パンチボタンを叩いた。
ヒガンテがヘッドスライディングのような格好でいずなに突っ込む。ダイビングヘッドバットだ。
浩介の読みは当たらずとも遠からずだった、いずなは中段攻撃の飛び踵落としを狙っていた。
大きな頭と細い足が空中でぶつかる。
相打ちになって、両者が倒れた。
「よし」
浩介は頷く。相打ちなら体力の低い向こうのほうが損害は大きい。
相打ちを警戒したのか、いずながバックダッシュをして距離をとった。
ヒガンテが前進していく、時々しゃがみモーションを見せるぎこちない動きだ。
いずなは旋風を出してきた。ヒガンテを追い払うのが狙いだろう。
「フンッ」
ヒガンテは三段蹴りを全て弾く。
忍の叫びが聞こえる。
「斬空歩きっ!?」
ヒガンテのプレイヤーがほとんど使わないテクニックを浩介が使ったのに驚いたようだ。
その間、浩介はレバーを素早く一回転させている。
パリイングで忍の距離の調整が狂った。ガードで突き放さない分、距離が近い。
いつもギリギリ反撃できない間合いで出してくる旋風。少しでも近づけば。
「ウガァッ!」
必殺投げのメガトンボムが届く。
ヒガンテがいずなを掴んで空中に舞い上がり最高到達点で地面に投げ捨てた。
倒れたいずなの体力が一気に三割消し飛ぶ。残りは半分ほどだ。
「ゲージが欲しかった」
浩介は、画面下の超必殺技ゲージを見る。
超必殺の『ギガトンボム』までは、まだ半分ほど足りない。いずなの『霞時雨』はもうすぐMAXになりそうだ。威力が低い分『霞時雨』は連発できるようになっている。
超必殺技ゲージは相手に攻撃を当てたり、ガードさせたりパリイングを成功させることで増えていく。空振りや、攻撃を喰らっても増えるが、それは微々たる物だ。
スパⅢは、攻める方に優位なシステムになっている。
浩介はいずなの起き上がりにしゃがみチョップを重ねていく。
これをガードさせて『ショートレンジスレッジハンマー』に繋ぐのが狙い。
いずなにチョップとハンマーの連続技をガードさせてから、投げに行く得意の連携だが、
「逆だっ」
いつもとは違って浩介はメガトンボムではなく、もう一度ハンマーを出す。忍に投げを読まれてジャンプからの反撃を食らうのがいつものパターンだ。「同じ手で負けてることに気がつかないと、一生勝てねぇぞ」この言葉を何度ヒデに言われたかわからない。
「甘いっ!」
いずは飛んでいない、二発目のハンマーを弾いた。
「読まれたっ」
慌ててガードを固めるが、間に合わない。ハンマーの隙は大きい。
いずなが猛スピードで連続技を繰り出す。
右の前蹴りから、足を踏み変えて左の後ろ回し蹴り、回転力を殺さずに振り向いての肘打ち。続いて地を這うような低い姿勢での足払い。どれも当たっている。
ヒガンテがもんどりうって倒れる。
倒れたヒガンテの上を、いずなが前ダッシュとバックダッシュで往復する。
起き攻めの打撃のガード方向を、幻惑させるための動きだ。
浩介は慎重に、いずなの動きを見極める。
「裏だっ」
浩介はガードするため、レバーを前に倒すと。
「よいしょの」
背後からいずなが組み付いてきた、ヒガンテの首に腕を巻きつけて締め上げ。
「しょ!」
首を絞めたままヒガンテを背中に担ぐように投げた。
通常投げの『逆落とし(さかおとし)』だ。
メガトンボムで作った体力のリードが瞬く間に消えてしまった。
「投げか……くそっ、読めない」
表と思えば裏、打撃かと思えば投げ。
目まぐるしい動きは何かに似ているなと浩介は考た。
答えはすぐに見つかった。
忍だ。笑ったり、怒ったり、泣いたり。全く先が読めない。自分のやりたいことを見つけると、こっちの気持ちはお構い無しに走り出していく。行動の読めないいずなは、忍そのものだ。
浩介は、行動の読めない忍が好きだ。わからないから好きなのかもしれない。
ダウンしているヒガンテの側で、いずながしゃがんだ。
今度は何もせずじっとしている。
そのまま下段攻撃をだすのか、それはフェイントで中段攻撃で突っ込んでくるのか、それともどちらでもなくまた投げに来るのか……思考が置いていかれそうになる。
とりあえず。
浩介はヒガンテをジャンプさせた。直後ヒデの声が頭に響いた。
「安直なジャンプすんなって、言ってんだろ!」
しまったと思ったが、もう遅い。ドロップキックを出す。上手く行けば当たるかもしれない。
「甘いっ!」
キックを空中で弾いたいずなの言う通り、甘かった。
『とりあえず』や『上手く行けば』などという行動が通るような領域ではない。
「必殺っ」
いずなが空中でヒガンテの背後に回りこみ、羽交い絞めにする。ヒガンテが頭を下にして落下していく。
「飯綱落としっ!」
大ダメージの空中投げが決まった。
ヒガンテの体力が二割を切った。
開始から、二一六〇フレーム。僅か三十六秒の出来事た。
……届かないのか? まだ、全然届いてないのか?
浩介の心に不安が広がる。
スピード重視のコンボキャラのいずなに、投げキャラのヒガンテで三回投げられた。
格の違いを見せ付けられていると言っていい。
忍はおそらく浩介の精神にもダメージを与えている。
スパⅢをやっているときの忍は、時に見ていて怖くなるほど、残酷で冷静だ。
いつだって遊びは無い。最短距離で勝利に向って突っ走ってくる。接待ゲームなどという概念は忍にはないだろう。
三度目の起き攻め、忍はいずなを二度バックダッシュさせ距離をとった。
ほんの少し歩いて距離を調整し、ヒガンテの起き上がりにジャンプ攻撃を仕掛ける。
「今度は騙されない」
浩介はレバーを前に入れる。めくり攻撃対策だ。ガードしてメガトンボム。浩介にはそこまで読めている。が。
「覚悟っ!」
読みはまたもや外れた。
めくり攻撃のとび蹴りを出すタイミングで、忍は超必殺技の『霞時雨』をぶっ放してきた。
前半のめくり攻撃が布石だったのか、めくり攻撃を意識しすぎた浩介が自滅したのか、それはわからない。はっきりしているのは唯一つ。
レバーを前に倒していては、前方から来る『霞時雨』はガードできない。
一本目の棒手裏剣は、偶然の前入力で弾いたが、残りの十五本がヒガンテに突き刺さり。
第一ラウンドが終わった。




