『君、格ゲー上手いね』とあの娘が言った。(二)
「ガン待ちかよ」
対戦相手の侮蔑の声を、浩介は声の主の反対側の筐体で聞いた。
自分からは動かずに、相手の隙を突いくことを格闘ゲームでは『待ち』というのだがこの戦法はあまり評判が良くない。だが、そうせざる得ない事情がある。
浩介が使っている『ヒガンテ』は、身体が大きいかわりに動きが遅く、飛び道具と呼ばれる遠距離攻撃にも一気に距離を詰める突進技にも恵まれていない。
相手に大ダメージを与えるためには接近して投げを決める必要がある。
殴り合いは不利なので、ガードを固め反撃するのがセオリーだ。
先ほど『雷神疾風脚』という超連続技の隙に、超必殺投げの『ギガトンボム』喰らわせたように、耐えて耐えて一発逆転というのが理想の形だ。
この作戦で、浩介は勝ち星を重ねている。現在五連勝中だ。
「もう一戦やってくれるかな?」
淡い期待をしながら、コンピューター戦を始めたが、対戦者の到来を告げるコインの投入音は聞こえて来なかった。
「一回ぐらい、負けてあげればよかったかなぁ……」
呟いた浩介の目の前で、ヒガンテがギガトンボムの体勢に入った。
ここは、街に一つしかないロッキーというゲームセンター。
金曜日の夜ということもあり、クイズゲームや音楽ゲーム、カードを使ったゲームは賑わっているが、格闘ゲームをプレイする人ほとんど居ない。
浩介が遊んでいるゲームは『スーパーファイターⅢファイナルエディション』
二十五年前に大ヒットした『スーパーファイターⅡ』の続編で、発売から十年以上経っているのに根強いファンが多い。
繊細に書きこまれたグラフィックと、上級者向けにデザインされた独特のゲームシステムが支持され、2D格闘ゲームの最高傑作と格闘ゲームマニアの間では評価されている。
ちなみに3D格闘ゲームというものもあって、現在はこちらが主流だ。
といっても格闘ゲームというジャンル自体、流行っているとは言いがたい。
十年ぐらい前までは、どこのゲームセンターにも三タイトル以上の格闘ゲームがあり、それぞれに複数の対戦台が用意され、ゲーマー達が列を作って対戦していたらしいが、十六歳の浩介にとってそれは御伽噺と同じに昔話、夢物語だ。
今でも東京の一部のゲームセンターでは大会が開かれたりしているが、新宿から電車で一時間近くかかる埼玉の上尾という街では、対戦相手が現れることすら滅多にない。
席を立ってしまった『瞬』の使い手は久々に現れた貴重な対戦相手だった。
「もったいないことしたなぁ、接待ゲーしておけばよかったな」
『接待ゲー』とはわざと負けて相手を気持ちよくする行為である。
相手が格闘ゲーム初心者だとわかると浩介は三回に一回はわざと負けることにしている。対戦することそのものが好きで、勝ち負けは二の次。そういうプレイヤーである。
スーパーファイターⅢファイナルエディション(以後スパⅢと略す)は家庭用ゲーム機でも発売されており、インターネットを使った対戦も出来る。
浩介も家庭用スパⅢをもっているが、なぜだかネット対戦をしてもワクワクしない。だから、わざわざ塾帰りの午後九時にゲームセンターに足を運んでいる。この時間なら稀にではあるが、対戦相手が現れるからだ。
帰りにパンを買う。そういって母親から五百円を貰い、食費を三百円に切り詰めると、一ゲーム五十円のこの店では四回スパⅢが出来る。
浩介はちらりと時計を見る。
二十年以上営業している老舗に、開業当時からあるという丸時計の長針は九の数字を少し過ぎている。
高校生の浩介は、午後十時までしかゲームセンターには居られない。
「これで帰ろうか……五試合もできたし十分だよな」
あえて声に出し、自分を納得させる。
もっと戦いたいと願っても、一人ではどうにもならないことを知っている。
画面に出てきたラスボス相手に、攻撃は出さず『パリイング』という特殊な防御方法の練習をしている。 普通は防御の時には相手と反対側にレバーを倒し、ガードをするのだが、相手の攻撃にあわせてレバーを相手側に倒すと攻撃をはじく。これがパリイングだ。
成功すれば、六分の一秒自分だけが動ける時間が手に入るが、失敗すると相手の攻撃をまともに受けることになる。相手の攻撃が当たる瞬間とパリイングの操作が十分の一秒以上ずれると失敗になる。
このシステムが導入されたことで上級者はより高度な駆け引きが出来るようになったが、初心者はスパⅢから離れていった。十分の一秒だの、六分の一秒という間隔で操作が出来るのは相当やりこんだ人間だけだ。この辺にも格闘ゲームの衰退の理由がある。
パリイングについて細かく覚える必要はない。要するに
『凄く難しい操作に成功すれば、ほんの少しだけ相手に隙を作ることが出来る』
こういう風に、理解してもらえれば良い。
パリイングは防御だから、それだけしていてもボスには勝てないのだが、浩介はコンピューター戦のクリアには興味が無い。時間いっぱいまで練習が出来ればいい。
勝とうと思えばいつでも勝てる。クリアしても満足は得られない。
「対戦したい」
そう思いながらレバーを動かし、ボタンを叩いていた。
残り時間が十秒ほどになったとき、ガラスの割れるような音が画面から響いた。
続いて、小気味のいいジングルが流れ、画面に黄色い文字で大きく。
『NEW RIVAL COMES!』
アルファベットの文字列が現れた。
「おおっ」
浩介が声を上げたのは、察しの通り、その文字が新たな挑戦者の到来を示しているからだった。