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俺より強いあの娘を殴りに行く。(三・四(四))

 忍は、レバーとボタンの激しい音にゆっくり目を開けた。

 画面では直政の操作する白い胴着の拳治と白い胴着の瞬が戦っている。

 セットカウント一対〇。拳治がリードだ。

 瞬が拳治に向ってジャンプする。

 ジャンプ攻撃からの連続技か、空中パリイングからの反撃狙いだろう。

「うん。付き合わない」

 拳治が前ダッシュで、瞬の下をくぐった。

 瞬の着地の隙に下段攻撃を叩き込もうとしゃがみモーションを見せる、瞬が一瞬遅れてしゃがむ。

 そこに、拳治が中段攻撃の打ち下ろしの手刀『瓦割り(かわらわり)』を出す。呼応するように瞬が立ち上がり瓦割りをガードした。

「了解」

 直政が誰かに答えた瞬間。

断空拳だんくうけんっ」

 瞬が追撃を拒むように、空中に飛び上がるアッパーカットを出した。

 技の出た瞬間から、三フレームだけ無敵になる必殺技の『断空拳』だ。

 出した瞬間だけは相手の攻撃は一切無効化され、自分の攻撃だけが当たる。空中にいるので投げも効かない。地上戦でも対空でも使える万能な技だが、外れると飛び上がってしまい、三十フレームも隙が出来る。

 瞬の断空拳は、空を切った。拳治がバックダッシュをしている。

 攻撃力以外は性能の高くない拳治だが、バックダッシュは非常に使いやすい。素早く、前ダッシュと同じ距離だけ後退する。

「OK、どっちが本物かわからせる」

 忍は直政が格闘ゲームをしている時、いつも不思議に思う。終始ブツブツいっているが、一体誰と話しているのだろう。

 真っ直ぐ上へ飛び上がってしまった瞬の側へ拳治が前ダッシュで戻り。

「見せてやるっ」

 腰を屈め、全身に力をみなぎらせる。

絶招ぜっしょう

 そこから強烈なボディーブローを瞬の腹部に打ち込み、続けて。

「真っ」

 瞬の顎に打ち上げの肘打ちを叩き込む。瞬の体が、1メートルほど浮き上がる。

「断空拳!」

 浮き上がった瞬目掛けて、拳治が勢い良く飛び上がり、右の拳を叩きつけた。

 超必殺技の『絶招・真断空拳ぜっしょう・しんだんくうけん

 リーチは短いが、技の威力はヒガンテの『ギガトンボム』と並んでこのゲーム中最高だ。

 天高く吹き飛ばされた瞬が地面に落下したとき。

「KO!」

 システム音が試合の終了を告げた。


「悪いね楽しめなくて。お前とだけは分かり合えない。一方的につぶさないとこっちがやられる」

 直政の陶酔とうすい気味のセリフを聞きながら、忍はベットにおいてある眼鏡をかけた。

 画面がはっきり見えた。思わず声が出る。

「ええっ!」

 ルーム入室者一覧に並んだIDはトッププレイヤーのものばかりだった。有名プレイヤーのIDのほとんどは、スパⅢBBSで公開されており、忍はそれらを全て覚えている。

 ホーク先生とエリィのヤマモトが居る。

 直政が、真断空拳でぶっ飛ばした白い瞬はコジローだった。

「お、起きた?」

 直政が、ルームのチャットに『ごめん、妹起きた』と入力して忍の方を向いた。

 忍は直政の肩越しに、チャット欄に

『634勝ち逃げは、許さんぞ!』

 という文字が見える。

 ……まさか、そんなはずは無い。忍は頭に浮かんだ想像を否定しようとするが、考えれば考えるほど、一致してしまう。

 今月に入って、海外から日本に帰ってきて、ゲームセンターロッキーをホームグラウンドにしていて、拳治でコジローの瞬を倒した……その苗字は『宮本』連想される単語は一つしかない。

 格闘ゲームの神、『ムサシ』


「な、直さん」

「あのね、忍ちゃん。今まで黙ってたんだけど」

 直政の顔はいつになく真剣だ。

「お兄ちゃんって呼んでくれるかな?」

「うるせっ。だまれ、だまれ、今そういう場面と違う!」

 忍は枕で直政を殴打する。連打連打、ガン攻めだ。

「いててて、そういうプレイじゃなくて、姉妹同じ声だから直さんだと時々困るんだよ」

 顔面を両手で守りながら、直政は弁解した。

 確かに、風呂に入っているときに「入ってる?」と聞かれて「入ってるよ、直さん」と答えたら、いきなり風呂のドアが開いたことが二回あった。

「じゃぁ、聞くけどムサシって、お兄ちゃんなの?」

 返事はなかった。直政は拳を握り締め、感動に打ち震えている。

「いい。お兄ちゃん……実に、いい」

「うるせっ、泣け、叫べ、そして死ね!」

 もう一度、枕の乱舞が直政に襲い掛かった。

「いててて、うん、ムサシって言われてたこともある」

「ホントに?」

「ホントに」

 そういって笑う直政を見ていると、神だとはどうしても思えない。

 確かに忍は直政の拳治に勝ったことはないが、一方的に負けてしまうわけではない。

 いつでも、ちょっとだけ届かない。そういう感じだ。コジローのような圧倒的な強さは感じない。

 だが、画面の三十六連勝の文字を見ると認めざる得ない。神以外には不可能な数字だ。

 ため息が出る。自分の初恋は間違っていなかったのだと忍は少し嬉しくなった。

 だって、この世で一番スパⅢが強い人を好きになったのだから。

「夢みたい」

 忍はうっとりとした目をした。

 一つ屋根の下に格闘ゲームの神様が住んでいる。スパⅢをやるのにこれ以上いい環境なんて無い。

「……これは、ワンチャン妹ルートも」

 直政が呟いた瞬間。


「ちぇすとぉー!」

 ドアを開けて突進してきた茜の『リアル雷電』が、直政に決まった。

「妹ルートとか無いわっ! ちゃっちゃとチャット打って、ちゃっちゃと去る」

 仁王立ちの茜をバックに、直政が

『悪い、妹と交替する。けっこう出来る子だから遊んでやって』

 そう打ち込むと納得のいかないのか、ルームの三人からは返信が無い。

 直政は、もう一文追加入力する。

『ちなみにリアルJKで、うちの嫁そっくりだけど?』

 茜は格闘ゲーム専門のコスプレイヤーとしてその筋では有名だった。

 同人誌専門店で発売した、リンのコスプレ写真集は、二千冊も売れている。

 即座に『634さん。お疲れ様です』という文字が、三つ並んだ。

 満足した茜が左手に、机に放り出してあった忍の課題を抱え。

「忍、おじさん達に遊んでもらいな。宿題はお姉ちゃんが片付けてあげるから」

 忍にニコリと微笑んだ後、直政に怒りの形相を向け。

「さぁ、断罪の時間だ」

 そういって、直政の襟首を右手で掴み、階段を降りていった。

「ありがとう」

 忍は階段を降りていく姉と、階段を引きずり降ろされていく義兄に小さく礼を言う。

 二人はこうやって忍を守る。「どうしたの?」「大丈夫なの?」などとは絶対に言わないくせに、忍から目を離すことはない。

 入ってきて欲しくない領域には立ち入らず。外側から必要なものをそっと投げ込んでくる。その距離が何よりありがたい。

 私は、愛されている。

「これ以上は、贅沢」

 大好きな家族が居る。大切な友達も居る。一緒にスパⅢをやってくれる仲間が沢山居る。

 満足するべきなのだ。自分は幸せだと思うべきだ。

 ……そういうことに、してしまおう。

 決めてしまえば、後は気が楽だ。

 好きだと思うから辛いのだ、だったらその気持ちを捨ててしまえばいい。

 捨てるのは無理でも、心の奥に押し込めておくことは出来る。

 忍は大概のこととそうやって折り合いをつけて生きてきた。

 ……今度も、きっと我慢できる。

 頷いて、腕をまくった。

「よぉし、一回は勝つぞ!」

 忍は豪華メンバーの輪の中に入っていく。

 自分が一番スパⅢが好きなことを証明する。

 

 それ以外は……どうでもいいことだ。



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