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俺より強いあの娘を殴りに行く。(三・三)

 昼休み。

 忍は、浩介の席に椅子を持っていって一緒に同じ中身の弁当を食べている。

 浩介は三つあるシュウマイに全く手をつけない。

 先週の水曜日に同じものを入れたときもそうだった。

「シュウマイ嫌いなの?」

「ううん。俺、好きなものは最後まで取っておくタイプだから」

「そんなに好きなの?」

「シュウマイが、圧倒的に美味い」

 浩介は、そう言って卵焼きをほおばる。

 忍は面白くない、頬を膨らませた。浩介が「何かあった?」という顔をする。

「……一番美味しいの、冷凍食品かよ」

 不機嫌な理由を説明すると、浩介は慌ててフォローを入れる。

「あ、じゃぁ、この卵焼きも一番美味い」

「じゃぁって、なにそれっ。もぉ」

 益々不機嫌になる忍の頭を、さっきホームランを打った右手が撫でた。


「……なんてね」

 忍は苦笑する。先ほどの光景は、全て空想だ。

 ここ数日、こんなことばかりしている。

 浩介と談笑する気はない『たかがゲーム』という言葉は許せない。

 けれど、どこかで浩介と繋がっていたい。「おはよう」と挨拶をするだけでいい。弁当を食べてくれるだけでもいい。名前を呼んでくれるだけでもいい。

 トシには「さよならでいい」といったが、本当はとても嫌だ、こういう状態を支離滅裂というのかもしれない。

 現実の浩介は、澤田をはじめとする野球部の面々に囲まれている。

 忍は、それをチラチラ見ながら一人で面白くなさそうに、箸を動かしている。

 いつも一緒に昼を食べている純は「購買」といって教室を出て行ったきり帰ってこない。

 忍とは対照的に浩介の周りは賑やかだ。

「マジかよ! 浦和学園の石浜ってコースケの兄貴なんだ」

 澤田の反応からすると、浩介の兄は凄い選手なのだろう。

 浩介が野球をやっていたことも、兄がいることも、忍は知らなかった。

 ほとんど、スパⅢの話しかしていない。

「やっぱ一緒に野球してたのか?」

「中一まではね」

「ポジションはキャッチャー?」

「一応、兄ちゃんの球受けてた」

「おー」

 澤田をはじめとする野球部の三人が、一斉に声を上げた。

「じゃぁさ、じゃぁさ、今から野球部入ってサワちゃんとバッテリー組んでよ」

 さっき野次を飛ばしていた女子三人組の中で、一番背の小さい山城が、浩介に顔を寄せる。

 忍は口の中のエビシュウマイをぐっと噛み締めた。「近すぎる」と言いたいのを堪えている。

「お前とならいいとこまで行けると思う。マジでやらねぇ?」

 軽々しい口調の山城とは違って、澤田は本気で浩介を勧誘している。


 どくん。

 忍の胸の辺りで不安が音を立てる。

 野球部に入ったら、浩介はスパⅢから離れてしまうかもしれない……。

 浩介がどれだけスパⅢが好きなのか「たかがゲーム」という言葉を聞いてしまった忍にはもうわからない。

 浩介にとってスパⅢは数ある楽しいことのうちの一つなのかもしれない。

「俺の好きに遊ばせろ」とも言っていた。

 ただの遊びなら、何かのきっかけで飽きてしまっても不思議は無い。

 そして、忍は浩介が辞めるのに十分なきっかけを作ってしまっている。

 息を止めて、浩介の言葉を待つ。

「俺、野球はもうやらないんだ」

「なんで? もったいない」

「他にやりたいことがあるからね」

「格ゲーか?」

 浩介が頷いた時、忍は涙が出そうになった。


 トシが、上がったり下がったりしている忍を教室の前の方の席から見ている。

 雨天決行の童貞狩場だが、四十度のアスファルトの上では流石にゲームにならず帰ってきている。

 澤田達の輪には加わらない、インドア派のトシはアウトドア派の彼らとはあまり話が合わないし、山城のような化粧臭い女子も苦手だ。スマートフォンでゲームをするふりをして忍を見ている。

 木曜日以降、忍を見ていると辛い。

 忍は一生懸命、浩介を見ているが、浩介は目を合わせない。

 その度に、忍は傷ついている。

 浩介は忍を嫌っているわけではない。

 トシはそれを知っているが、忍に話すことは出来ない。浩介との約束がある。


「本気でスパⅢをやっていることを忍に証明するまで、口をきかない」

 金曜の夜、浩介は、電話でトシにそういってきた。

「たかがって言ったのを、謝ればいいんじゃないの?」

 そう言ったトシに。

「形だけ謝ったって意味がない。忍と中途半端に付き合いたくない。本気で向きあいたい。ちゃんと側に居て、ちゃんと見ていたいんだ……だから、勝つまでは俺、忍とは話をしない」

「かっけーな」

 おどけて答えたが、その時トシは浩介を、大馬鹿野郎だと思った。

 話をしないのは勝手だが、忍の気持ちはどうなるんだ?

「このことは誰にも、言わないでくれ。忍もわかってくれると思う」

 浩介は珍しく一方的に電話を切った。

「お前、何もわかってねぇ!」

 トシは携帯電話を壁に投げつけた。

 翌日、スマートフォンを買いに行った。


 何もかも全部ぶっちゃけてやろうか?  

 一瞬考えたが、頭を振ってそれを追い出す。

 これは二人の問題。俺が口出しすることじゃない。

 チャイムが鳴って昼休みが終わった。



「これがいい、アニメにもなってる」

 放課後。忍は純に付き合ってもらって、図書室に来ている。

 家に居ても変な空想ばかり浮かんでしまうので、それを追い払おうと本を読むことに決めた。

 純が手渡したのは『ノートルダムのせむし男』アニメ映画としてもヒットした作品だ。

「投げキャラみたいな名前だね」

 作者のヴィクトル・ユーゴーに対して忍が感想を述べると、純は

「読む資格なし」

 本を棚に戻し、次の一冊を取り出す。

 イワン・ゴーリキーの『どん底』内容は知らないがタイトルは今の忍にぴったりだ。

「嫌味?」

「割と」

 十五分あれこれ物色したが、結局めぼしいものが見つからないまま純は

「バイト」

 と言い残して図書室を出て行ってしまった。

 純の家庭は母一人、子一人。生活は楽ではないらしい。

 家計を助けるために、大宮の喫茶店でウエイトレスのバイトをしている。

 純が「いらっしゃいませ」などと愛想を振りまいているなら是非見てみたいと忍は思うが「絶対来るな」と言われたので行ってはいない。

 案内役が居なくなってしまったので、適当な本を少し覗いて決めようと、表紙で選んだ本を何冊か抱え、忍は学習コーナーにやって来た。

 定期試験の前になると満席になる三十脚の勉強机は、夏休み前とあってガラガラだ。

「なにこれ?」

 一脚の机に開いたままになっている、一冊のノートに目が留まった。

 悪いなとは思ったが、持ち主がいない間にそっと覗き見ると。

 汚い字でアルファベットや数字が、びっしりと書かれている。

 数式かと思ったらそういうわけではない。元素記号かとも思ったが、そうでもなさそうだ。

「S:632P/H-15(CH=D-90)・G+30 P+40/D60」

 忍が一番下に書いてある文字を小さく音読したとき、持ち主が戻ってきた。

「あ」

 振り向いた忍は、後ろに立っている生徒の姿に声を上げた。

 ノートの持ち主は、浩介だった。

 忍は、浩介の驚いた顔をしばらく見つめていたが、ノートの存在を思い出して聞く。

「ねぇ、なにこれ?」

 やっと話せた、心が軽くなる。

「コースケ、これなに?」

 名前を呼んだ。頭がハッキリする。ようやく、目が覚めた気分だ。

 だが、いい気持ちは長くは続かなかった。

 浩介は

「なんでもない」

 不機嫌に言ってノートを鞄にしまうと、足早に図書館を出て行く。

 忍は浩介を追ったが、入り口で図書委員に呼び止められた。

「持ち出す前に、貸し出し手続きを取ってください」

 忍は抱えていた本を、カウンターに置き。

「後で来ますっ!」

 言い放って浩介を追いかける。

 追いついて何を話すかなど、決めてない。追いついたから何か変わるわけでもない。

 でも、もう我慢の限界だった。

「嫌いだ」と言う言葉でも構わない、自分に何か言って欲しい。

 忍の頭の中にはもうそれしかない。他のことなど『どーでもいい』

 図書室のある三階から、階段を駆け下りて玄関に向う。下駄箱で靴を引っ張り出し、両足にそれをつっかけ、踵を踏んでいるのも構わず表に出た。

 浩介は逃げるように自転車にまたがりり校門に向っている。

「待って!」

 大きな声を出すが、浩介には届いていない。両耳にイヤホンがはまっている。

「コースケっっ」

 足がもつれた、体が地面にぶつかった。

 顔を上げたときには、もう浩介の姿は見えなかった。

 身体を起こした。擦りむいたのか、膝から血が出ている。

 忍は、痛む両膝を抱え、そこに顔を埋めた。

「……んだよぉ、ずっと見てるって、言ったじゃないか……側にいるって、言ったじゃないか」

 通りかかった三年生に「大丈夫?」と声をかけられるまで、忍は同じことを呟いていた。


「うそつき……うそつき……うそつき……うそつき……」



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