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『君、格ゲー上手いね』とあの娘が言った。(一)

 電信柱に括り付けられた、今にも息絶えてしまいそうな街灯が、ジリッジリッと断末魔をあげながら吐き出す明かりに照らされながら、大きな男がうずくまっている。

 腕も足もそれらを繋いでいる胴体も恐ろしく太い。胴体の上に乗っている頭も、頭を支える首も人類という範疇からはみ出すほどに太い。普通の人間の遺伝子に書き込まれている『成長を止める』という記述が欠落しているのかもしれない。

 それほどに男は大きい……そして醜い。

 大きな男は、所々にひび割れが走っているアスファルトの上に片膝をつき。背中を丸め、両腕で頭を覆っている。

 醜く大きな男が背中を丸めて蹲っている様は、滑稽ですらある。

「格好悪クテモ仕方ナイ、今ハマダ、ソノ時ジャァナインダゼ」

 大きな男がこうしているのには理由がある。その理由が音を立てている。

 ガツン、ゴツン、ガツン、ゴツン

 大きな腕に、拳を脛を膝を叩きつけてくるヤツが居る。

 真っ赤な空手着に身を包んだ、筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の身体だ。

 大きな男は空手着を着ている人物を格闘技雑誌で何度も見た。

 アメリカの総合格闘技トーナメントで三年連続優勝を成し遂げた絶対王者『瞬・マックスウェル』フロリダのプール付きの豪邸に住み、美人の妻との間に可愛い女の子が居る。スポーツカー収集が趣味でポルシェ、フェラーリなど世界の名車を二十台以上所有しているらしい。

「羨マシイコトダゼ」

 大きな男には財産と呼ばれるものも、名声も、家族もない。

「俺ニハ、名前モナイ」

 大きな男は雑誌に載るようなこともない、小さなプロレス団体のレスラー。プロレスの前はサーカスにいた。仕事はどちらも同じで大きな身体を観客に晒すこと。

 怪物モンストロとか巨人ヒガンテと呼ばれている。モンストロよりはヒガンテと呼ばれるほうが気に入っている。

 幼少の頃の記憶はない、気がついたら怪物や、巨人と呼ばれていた。本当の名前は

「……アッタカモ知レナイガ、忘レチマッタ」

 家族や、財産や、車なんかどうでもいい。名前もなんでもいい、そんな物は欲しくない。

 殴られ、蹴られながらそう思っている。

 欲しい物は一つだけだ。

「ヘイ! かかって来な。守ってばかりじゃつまらねぇだろう?」

 瞬が攻撃を止め、ヒガンテを挑発する。

 しかし、ヒガンテは動かない。今はまだその時ではない。

「しゃぁねぇな。ガードごとぶっ飛ばすぜ」

 瞬は、華麗にバックステップで距離をとる。

 あんな風に速く動けたら、どんな気持ちがするだろうか?

 ああやって華麗に動けたら、彼のように人気者になれるのだろうか? 

 化物ではなく英雄になれるだろうか?

 ヒガンテは首を振る……頭の中でつぶやく。

「ソンナモノハ、イラナイ、俺ガ欲シイ物ハ」

 瞬が腰を屈めた、必殺コンビネーションの前準備だろう。

「行くぜっ、雷神疾風脚!(らいじんしっぷうきゃく)」

 叫ぶのと、動くのが同時だった。爆発的なダッシュで一気に距離を詰め、空中に飛び上がり右足で回し蹴りを放つ、その勢いを殺さず左足で後ろ回し蹴り、瞬の身体の回転が加速する。

 後ろ回し蹴りの後にまた、前回し蹴り、その後にはまた後ろ……。

 三発、四発、五発、六発……絶え間なく蹴りが続く。

 暴風雨のようなコンビネーションをヒガンテの両腕はしっかりと受け止めていた。流石に無事では済まない、両腕に無数の痣が刻まれていく、それでも

「コレデ、良インダゼ、コレデ」

 瞬にはヒガンテが微かに笑ったのが見えていない。

「フィニッシュだ!」

 瞬はコンビネーションの最後に、ヒガンテの身体を空中高く蹴り上げる強烈な前蹴りを放つ。

 ……ヒガンテの身体は空中には舞い上がらなかった。大きな足の裏は一ミリも浮き上がってはいない。

「しまっ……」

 ヒガンテの眼が光った。その眼が語っている。

 コレダゼ、俺ノ欲シカッタ物ハ、コレナンダゼ、俺ガ欲シイノハ、一発逆転ノ

 ――チャンス。

「レッツゴー!」

 ヒガンテは動いた。

「アイン」

 瞬の身体を両腕でがっちりと掴む。

「ツヴァイ」

 掴んだ体を引き寄せ、力任せに締め上げる。

 バキリ……瞬のわき腹の辺りで何かが壊れた音がした。

「ドラァイ」

 抵抗する力を失った瞬の身体を空中に放り上げる、三メートルの街灯と同じ高さに瞬の頭がある。

そこに目掛けヒガンテは飛び上がった。

 空中で獲物を捕獲すると後方に一度宙返りをする。

 ヒガンテの身体とひび割れたアスファルトの間に瞬が挟まれた格好になっている。

 ヒガンテは瞬を下敷きにしたまま地面に落下していく。ヒガンテの体重は二一○キロ。

 この重さのものが、三メールの高さから落下したときの衝撃は、計り知れない。

 人間という生物の耐久力の限界を超えている。どんなに頑丈な人でも間違いなく、壊れる。

 これがヒガンテの超必殺技。

「ギガトンボォム!」

 グシャリという音と共に、何も聞こえなくなった。

 街灯は、もう点いていなかった

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