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『お前、勝つ気あんのかよ!』とあの娘は叫んだ。(四・二)

 二人は公園のベンチに並んで座り、遅い昼食を取る。

 浩介はカレーパン、忍はチョココロネをもくもくと口に運ぶ。

 購買のチョココロネは甘すぎるのか、忍は、ペットボトルから何度も珈琲を飲んだ。

「やっべ、珈琲牛乳、馬鹿時空に置いてきちゃった」

 浩介はそういって舌を出した。どうにも辛すぎる。

 袋を確認するとマジックで殴り書いた『極辛ごくから』の文字が見える。よく確認しなかったのがいけなかった。

 公園の水道は悪戯いたずら防止なのだろうか、ハンドルが取り外され水が出ない。

 付近に自販機を探してキョロキョロしていると。

「これ飲む? 大して美味しくないけど」

 忍が、浩介のワイシャツの袖を引っ張った。ペットボトルを差し出している。

 気軽に受け取った浩介だが、飲み口を見つめて、しばし硬直してしまった。

 いいんだろうか? 忍にとって、こういうことは特別な意味を持たないのだろうか?

 ちらりと忍の顔を見たが、喜ぶ様子も、嫌がる様子もない。浩介のカレーパンを見つめていう。

「辛いの? それ」

「異常、ワンチャン拷問まである」

 ワンチャン○○まである。これは格闘ゲーマー独特の言い回しかもしれない。

 元々は麻雀用語らしいが、格闘ゲームの場合、チャンスが来れば○○な効果が期待できる。という風に使う。例えば、はじめの場合『屠龍とりゅうで掴んだら、ワンチャン即死まである』という言い方をする。『相手を掴んで、頭突きを決めたら、一気に相手を倒せるよ』そういう意味だ。

 日常生活で使う言葉ではないが、動画で毎度のように出てくるので、浩介の口癖になっている。

 忍は意味がわかったようで、目を閉じて「くくっ」と可笑しそうに喉を鳴らしてから。

「珈琲、嫌い?」

 ペットボトルに口をつけるよう、浩介に促す。

 多分、特別意識はしてないんだろうな。……それとも、ワンチャン俺に好意まである?

 そんなことを思いながら、浩介はペットボトルの珈琲を飲み。

「アラビックコーヒーって、日本の珈琲とあんまり味かわんないね」

 素直な感想を忍に告げた。

「え? 普通のインスタントだよ。マッスル珈琲、粉のやつ」

「学校の自販機でも買えるよ」

「もったいないでしょ? 珈琲一本で三クレ無くなっちゃう」

 恐れ入った。この娘は本当にスパⅢのことしか頭に無い。

 ようやく口の中から辛さを追い出して、浩介は焼きそばパンに取り掛かる。

 ぐぅ

 隣から、小さな音が聞こえた。忍が恥ずかしそうに横を向いた。

「……もしかして、チョココロネ一個じゃ足りない?」

「購買のパンね。思ったより高くって」

 浩介は焼きそばパンを無理やり半分に分けると、忍に差し出し。

「食っていいよ。珈琲のお礼」

 また笑って見せた。忍も笑顔になる。こういう時間がずっと続けばいい。

 浩介は、そんなことを考えた。


「私ね」

 食事が済んですっかり落ち着いたところで、忍が語りだした。

「病気なんだ」

 浩介の口から「嘘だろ」という言葉が飛び出す。

 薄幸の美少女という設定のキャラは嫌いではないが、生きている人間、それも自分の好きな人が、重い病気を抱えている。そんな現実は好ましくない。

「あ、別に重病とかじゃないんだよ……いやぁ、重病なのかも。私ね、好きなことが出来ると、もうそれしか見えなくなって、他のことはどーでもよくなっちゃう。それで、よく失敗すんだ」

「失敗?」

「夜に本読んでたら、面白くなって気がついたら朝だったり」

 そんなことなら、浩介にだって時々ある。

「お父さんにマフラー編んでたら、編むこと自体が面白くなって結局五メートルぐらいのなんだかわからないものを作ってみたり。ケーキ作る時気合はいりすぎて、近所のお店の材料全部買い占めてウエディングケーキーみたいな大きさのを焼いちゃったり」

 それは、若干行きすぎだ。

「補助輪付きの自転車、夢中でこいでて、家から二十キロ離れた所で警察に保護されたり。スパⅢオンラインが出たときは三日三晩、寝ずに二千試合ぐらいやって、立ちくらみ起こして、階段から落ちた」

 この娘、今までよく生きてたな。

「我を忘れるっていうか、自分を見失っちゃうの。今日みたいに、恥ずかしい格好を人に見られちゃうって事も、よくある。そういう時、いつも……死にたくなる」

 忍はまた、下を向いた。この世の終わりみたいな、浩介の一番嫌いな表情をしている。

 浩介は、たまらない気持ちになった。

 何とかしてあげたい。この娘に笑っていて欲しい。その思いが浩介の右手を動かす。

 忍のサラサラした黒髪の上に、浩介の右手が乗った。

「俺が、見てるよ。忍が……」

 その時、公園の横を大きなダンプトラックが通った。エンジン音の後、忍が

「え!?」

 聞き返した。浩介の顔が赤くなる。

 もう一回とか無いわっ。ロマンティックなセリフが似合うような、そういう顔してねーから俺。

「俺ハ、モウ一回言ウベキダトオモウゼ。サァ、コースケ」

 ――レッツゴー!

 頭の中に住んでいる、ヒガンテの後押しに、コースケは目を瞑ったまま同じ言葉を繰り返す。

「俺がずっと見てる、何時だって側にいて見てる。忍が自分を見失っても、俺が忍を見てる」

 まるで告白だ、いや、ワンチャンプロポーズまである。

「今、なんてゆった?」

 忍は目を丸くして聞き返す。

 聞こえていないはずがない。迷惑なのだろうか? はぐらかしているのだろうか? いろいろな思いが交錯するが、浩介はもう告白の言葉をぶっ放してしまっている。いまさら後戻りは出来ない。

 これが恋なのかと聞かれたら、経験が無いからわからない。けれど、好きか嫌いかと問われれば好きだ。それは間違いない。もう一度繰り返す。

 目は閉じない、切れ長の目を見つめる。

「俺がずっと見てるって」

「その下」

「何時だって側にいるって」

「そのもっと下」

「忍?」

 浩介が名前を呼んだ時、忍はみるみる顔を赤くしたかと思うと「わっ」と叫んで後ろを向いた、背中越しにブツブツ言う声が聞こえる。

「し、し、忍って、ゆわれたぞ。お、おとーさん以外の男の人に、忍ってゆわれた。ちゃんとか、さんとか、ついて無いぞ。は、は、初めての経験だぞ、これは……」

 そこか! そこに赤面フラグがあるのか! どんだけ純情なんだ!

 浩介が突っ込みを入れようとする二分の一秒(三十フレーム)前、忍が叫び声をぶっ放す。

「おわっ! わ、私も、コースケのこと、コースケって呼んでるじゃないか。大変なことになってしまった。まるで、れんあい漫画じゃないか、すごいことだぞ。これは、流石、日本の高校生は格が違った」

 浩介は、頭を抱えた。

 おそらく忍は今まで、男女関係というものに意識を向けたことがないのだろう。恋愛なんて漫画の中にある世界で、都市伝説か何かだと思っていたに違いない。

 浩介の『ずっと側で見ている』という言葉の真意など、理解出来よう筈も無い。

 ワンチャンは無かった。繰り返す、ワンチャン無かったのだ。

 一騒動の後、二人はお互いの呼び方についていろいろ話し合い、結局、名前で呼び合うことにした。

 それは二人の関係が特別なものだと示す印ではないのだけれど、浩介は満足だった。

 だって、忍が今笑っているから。

 ためしに名前を呼んでみる。

「忍」

 彼女は「ひゃっ」と小さな悲鳴を上げ。

「まだ、ちょっとくすぐったい」

 そう言って片目をつむった。 


 学校に戻ると二人はたっぷり三時間、倉貫先生の尋問を受けた。

 動画に夢中になるあまり、はしたない格好を大勢の人に見られてしまった忍が、パニックになって駆け出してしまった。そういう趣旨のことを浩介が繰り返し丁寧に説明すると。

「……わかった。今後、こういうことが無いように頼むよ」

 先生は、ようやく二人を解放してくれた。

 談話室とは名ばかりの説教部屋を出ると、二人の恩人が夕陽を背に受けて腕を組んで立っていた。

「お勤めごくろぅさん。監獄はどうだったい?」

 ふざけているのだろう、わざわざ渋い声でそういうトシに

「悪くはねぇが、毎日は勘弁だな」

 浩介は、同じように渋い声で答えてから「ありがとう」と頭を下げた。忍もそれに習う。

 トシが生活指導の富原を足止めしてくれたことを、忍は浩介から聞いていた。

「でも、どうして?」

 忍の質問に、トシは目を閉じる。渋いつもりのキャラは崩していない。

「理由がいるかい?」

 忍は頷く、あんなことをしてもトシにはなんの利益も無い。

 トシはゆっくりと首を横に振る。理由なんかない。そういっているように見える。

 そして、トシは急に目を開き。

「仲間じゃねーか」

 そういって、ニカっと笑った。

 ……なるほど、それは海賊キャラか。

 浩介はトシのこういうところが大好きだ。トシは何時だって笑いを忘れない。

「二人とも今日、塾とかあんの?」

 トシの声に、二人が首を横振ると

「じゃぁさ、ゲーセン行こうぜ」

 今度は二人とも首を縦に振った。



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