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『お前、勝つ気あんのかよ!』とあの娘は叫んだ。(三・二)

 次の対戦は、長い手足と、超必殺技を組み込んだ連携が強い『ゼウス』使いの『ホーク先生』と、最速の突進技を持つ空手少女『はじめ』使いの『リリイさん』の一戦だった。

 画面ではふんどし一丁の屈強な男と、巨乳であること以外は色気の全くない短髪空手少女が、大理石で作られた神殿で向き合っている。あまり嬉しくない構図だ。

 スパⅢがゲームセンターに登場した頃、既に萌えという文化はあったのだから、ゼウスはともかく、はじめはもう少し何とかならなかったのかと、浩介は常々思っている。

 第一ラウンドは、普段は予備校で物理の先生をやっているホーク先生が緻密な操作と、的確な連携で一本先取した。

 リリイさんは、ただ大振りな攻撃を振り回していただけ。ゼウスの体力は全く減っていない。

 空振りでも攻撃を出せば、超必殺技ゲージを溜めることが出来るので、全く無意味なラウンドではないのだが、あまりにもお粗末過ぎる。

 上級者が初心者を粉砕した。そういう風にしか見えない。


 はじめのふがいない動きに浩介は眉をひそめる。リリィさんの職業がオカマバーのママだというのも気に食わない。

「リリイさん、あんまり好きじゃないんだ。出鱈目でたらめだし」

 忍は画面をニコニコと眺めている。浩介とは違う思いらしい。

「嫌いじゃないな、面白いし」

「不利キャラ使いとして腹立たない?」

 スパⅢに限らず。格闘ゲームのキャラクターは、均一の強さを持っていない。キャラクターに個性を持たせていくと、自然と優劣が生まれてしまう。

 スピードが遅すぎるヒガンテと、体力が低すぎるいずなは、両方とも不利キャラの部類に入る。ヒガンテはチャンスが訪れる回数が少なく、いずなは三つか四つのミスで負けてしまう。キャラクターの性能をプレイヤーの能力で補っていかなくてはならない。

 リリィさんの使っている『はじめ』は、攻撃力も体力もそこそこあり、さらに突進技が異常に速い。適当に突進技を出していると気がついたら相手が死んでいた。などということもある。

 強いキャラ、ゲーマー用語で言えば『強キャラ(きょうきゃら)』だ。使用者も多い。

 リリィさんはその部分を全面に押し出す戦い方をする、相手構わず突進技をぶっ放す。それがよく当たる。その上、全くと言っていいほど、ガードをしない。

 浩介にはそれが納得いかない。「上手さは俺の方が上」とすら思っている。

「立たない。それに、いずなは不利キャラじゃない」

 忍は真っ直ぐな目で浩介を見た。

 そんなことを言うんじゃない。浩介には忍がそういっているように見えた。

「……ごめん」

 浩介の謝罪の言葉に、忍は切れ長の目を糸のようにして小首をかしげる。

 その表情が浩介を許したことを伝えている。

 忍は浩介の左手をぎゅっと握って、画面に視線を戻した。浩介もそれに習う。

 いつの間にか二人の間の隙間はなくなっていた。


 試合は、第二ラウンドも同じ展開になった。

 ゼウスは適当に繰り出されるはじめの突進をガードとパリイングで簡単にあしらって、反撃に威力の高い突きや蹴りを叩き込んでいく。

 どれもこれも当たっている。

「リリイ。ガードはレバーを後ろに倒すんだ。何年やってんだ?」

 コジローのコミカルな実況に、ブロッサムにいる観戦者達から笑いが起こる。

「いらないわよぅ! 十年コレでやってきたのよぅ」

 野太い男の声が答えた。これがリリイさんの肉声である。

 実況に返事をするプレイヤーは、おそらくリリイさんだけだ。

「ホーク、もういいや。早く殺しちゃえ」

 酷い実況だが、ギャラリーはまた笑う。リリイさんはスパⅢ界のお笑い担当なのだ。

「デストロォィ!」

 破壊と叫びながら、ゼウスがはじめに肩から突進する。必殺技の『ゴッドプレッシャー』だ。ヒットすれば相手はダウンする。ガードされても相手との距離が離れるので反撃は受けない。怖いのは読まれてジャンプされた場合とパリイングされたときだけだ。

 こういう技を複数もっているゼウスも強キャラである。使うプレイヤーもやはり多い。

 叫んで突進したのはゼウスだけではなかった。

「ちぇすとぉー!」

 はじめも、ほぼ同時に叫び突撃を敢行していた。

 相手との間合いを一気に詰め、正拳突きを叩き込むスパⅢ最速の突進技『雷電らいでん』だ。  

 二つの突進技がぶつかる……打ち勝ったのは、はじめだ。

 『ゴッドプレッシャー』は技の始動から攻撃が出るまでが二十五フレーム、『雷電』はわずか十二フレーム。ゴッドプレッシャーが出かかったところに、雷電が突き刺さった形だ。

 技をくらってゼウスがのけぞるわずかな時間に、はじめが半歩前進し、両腕を伸ばした。

「どりゃぁ!」

 ゼウスの首根っこを掴むと、思い切り自分の頭を叩きつける。

 必殺投げの『屠龍とりゅう』相手に与えるダメージは大したことないこの技だが、これが発売当初、弱キャラと思われた、はじめを強キャラに変貌させた。なぜならこの後に、ボクシングのフックのような通常技の鉤突きが確実に相手に決まり、さらに連続技で超必殺技の『豪徳寺空手奥義五式、紫電・改(ごうとくじからておうぎごしき、しでん・かい』がヒットする。

 凶悪とまで言われる通称『屠龍、五式コンボ』

 はじめの闘いはこれを、あの手この手をつかって相手に叩き込むゲームだといっていい。

 トッププレイヤーのリリィさんが、基本である『屠龍、五式コンボ』をミスするはずがない。

 はじめが、画面の左上の角まで飛び上がった。

仕舞しまいじゃぁ!」

 言うや否や、超高速で降下し、ゼウスに飛び蹴りをヒットさせる。うずくまるゼウスの前頭部に膝蹴りを二発、後頭部に肘打ちを一発叩き込み。

「ちぇすとぉー!」

 顔面に力強い上段突き。ゼウスが宙に浮く。

 満タンだったゼウスの体力が、半分無くなっている。

 コジローが叫ぶ。

「事故ったぁ、死亡確定っ! ホーク、既にレバーから手を話して万歳だぁっ」

 体力は半分残っているのに、コジローが「死亡確定」と言ったのにはわけがある。

 普通なら屠龍から紫電改までの『屠龍五式コンボ』はここで終わりなのだが、リリィさんに限ってはこの先がある。

 連続技はまだ終わっていない。

 どういう操作をしているのかはリリイさんが明らかにしないから不明だが、リリィさんのはじめは、何がしかの特殊な操作をして宙に浮いたゼウスの落下点に移動している。

 そこで相手を宙に浮かせる必殺の双手もろて突き『富嶽ふがく』を当てる。ゼウスは空中に押し戻される。落ちてくるゼウスにまた富嶽。これをリリィさんは三度繰り返す。

 ゼウスの体力は三割程度残るのだが、未来には絶望しかない。

 気絶メーターが、マックスになってしまっているからだ。

 気絶状態の相手に、もう一度、頭突きの『屠龍』を決め、鉤突きから正拳突き『雷電』

「んぎもぢぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 リリィさんの嬌声きょうせいとも雄叫びとも取れる声が響き、第二ラウンドが終わった。


「クソゲー、リリィとやるスパⅢは、まさにクソゲー」

 コジローが苦笑しながら実況している。

 実際、笑うしかないのだ。

 リリィさんに『屠龍』で捕まれてから最後まで、ホーク先生はゼウスを操作できていない。超必殺技が使える状態で、という条件はあるにせよ、はじめが一度相手を掴んだら、ゲームが終わってしまう。こういう連続技を『十割コンボ』とか『即死連携』と呼ぶ。

 これが出来るのは、世界中でリリィさんただ一人だ。

 浩介は露骨にいやな顔をするが、忍は右手を胸元に押し付け、身体を小刻みに震わせて笑っている。密着している忍の右肩から、浩介の左手の甲が触れている忍の柔らかい場所から、振動が伝わってくる。

「こういうの好きなの?」

「くくくっ、きもち……いい……って……なに、それっ……あははっ、もぅ……だめ」

 呼吸を乱すほど笑わなくてもいいのに。

 浩介は怒りすら覚える。こんな闘い方が強いという現実を目の当たりにすると、自分の中のスパⅢが少し、ブレる。

 今、自分の身に起こっている男としての幸福には全く、気がついていない。

 男に生まれて格闘ゲーマーになったのではなく、格闘ゲーマーとして生まれてきたらたまたま性別が男だった。それが浩介なのかも知れない。おっぱいよりもコンボのほうが重要だ。

 第三ラウンドが五十秒ほど経過した頃、また

「んぎもぢぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 不愉快な声がして、第二試合は終わった。

 忍が大きく震えて笑った。



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