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ONLINE  作者: niziya
LOG.01 " GAME START "(未改訂版)
7/57

#01-06

 6月15日(テスト22日目)――俺たちはとうとう、全メニューのランクSクリアを達成した。

「やったね」

「やったよ」

 クタクタになった俺たちは、頭を付き合わせながら大の字になって寝そべっていた。

 本当に疲れた。

 今度もまた最後のパターンは実戦形式だった。ただ、魔法の使い分けが洒落にならないほど難しい。

 直線的に光弾が飛ぶライトアロー。

 着弾点で直径3メートルまで球状に炸裂するライトボール。

 直径1メートルの青白い円形障壁を生み出すシールド。

 この3つを使い分けつつ、魔法が切れたらカードで補充し、接近されたらグラップルタイプで鍛えた歩法で避け、スピアタイプで成らした杖捌きでいなし――それでもギリギリで100体倒せるかどうか、という際どいところだったのだ。

「でもまぁ……これで、ハッキリしたな……」

「……なに?」

「メニューの並び」

「あぁ、それ……同感」

 ガンタイプで戦いそのものに慣れる。

 グラップルタイプで動き方の基礎を学ぶ。

 ソードタイプとスピアタイプで、段階的に長さの違う得物での戦い方を学ぶ。

 そしてスタッフタイプで思考操作を身につける。

 実によくできた並びだ。ただ、できることなら、最初からそうだと言って欲しかった。いや、俺たちが“そういうものだ”とネットに書き込めばいいだけなのだろう。そういえば情報提供って、一度もしたことないな……

「ねぇ」とリン。

「んっ?」

「これからどうする?」

「これから?」

「フォールドの実装、まだでしょ?」

「あぁ……」

 次の目標か。

「そんなもん、決まってるだろ」

「なに?」

「鼻歌まじりで全クリできるようになるまで、やる」

「最初から?」

「あぁ」

 それが俺の練習方法だ。最近はまったくやっていないが、対戦格闘ゲームをやる時も、俺はひとつの目標を終えたら、同じ課題を繰り返すことが多いのだ。

「だいたい、全クリしたっていっても、パーフェクトじゃないだろ」

「パーフェクトって……そこまでやるの?」

「別にいいぞ。付き合わなくても」

 俺は目を閉じた。

 吹き抜ける潮風が実に心地いい。

(……これで終わりか)

 ふと、そんなことを思った。

 偶然と惰性で一緒にプレイしてきたが、それも今日までらしい。全クリなんて、俺にしてみれば通過点のひとつにすぎないが、今の話しぶりからすると、リンにとっては到達点なのだから、それも仕方ない。

(終わりか……)

 どことなく、寂しい気がする。

 この感覚は……そう、あれだ。ゲーム仲間と、縁が切れた時の感覚に似てる。

 中学卒業と同時に、ヤツは遠くの高校に進学してしまった。

 ネットを使えばいつでも対戦できたが、そこまでして遊ぶような間柄でもなかった。だから、そのまま縁が切れてしまった。多分だが、リンともそんな感じになる気がする。

 そうか。リンと、これでお別れなのか……

「こら」

 突然、ペシッと額を叩かれた。

 ムッとしながら両目を開けると、逆さまになったリンの顔がヌッと出てきた。

「あんた、何様のつもり?」

 リンは俺のことを睨んでいた。

 テスト5日目のことが思い出された。互いの負けず嫌いに火がついたあの日のことだ。

 あの時のリンも、今と同じように俺を睨んでいた。

 違うのは距離と姿勢。

 あの時は遠くにあったリンの顔が、今は手の届く場所にある。

 おまけに長い金髪が数本、サラッと肩をすべり、俺の頬をくすぐっている。

「付き合わなくてもいい? 冗談じゃないわよ。いつ、誰が、誰に付き合ったわけ?」

「…………」

「わたしはね、ずーっと、自分の意志で、全クリっていう目標を目指してただけよ。それともあんたは違うわけ? わたしに付き合ってただけとか言うつもり?」

「…………」

「なんとか言いなさいよ」

「なんとか」

 ペシッ。

「痛て」

 だが、リンの手は俺に触れていない。

 装備品を含む外装の周囲にはバリアーが張り巡らされている。痴漢行為などのハラスメント対策を兼ねた、絶対に解除できない厚さ1センチの見えない障壁があるのだ。

 つまり。

「…………」

「…………」

 俺の額とリンの手の間には、合計2センチの隙間がある。

 絶対に埋めることのできない距離だ。

 だが、衝撃は貫通する。

 叩かれた感覚は、確かにあった。

 俺は目を閉じた。

 ペシッ。

 リンが再び、俺の額を叩いた。

「寝るな」

「寝てねぇよ」

「どうだか」

 リンはくすくすと笑うと、

「そうだ」

 と起きあがった。

「だったら今度は、ルール決めるわよ」

「ルール?」

「先にSクリしたほうがポイント獲得」

「ポイント制かよ」

「ポイント制よ」

 俺は目を開き、ニヤッと笑った。

「のった」

「よしっ――あっ、どうせならパターンごとに替えるって、どう? Aは1点、Bは2点、順に増えていって、Hだけは10点。これだと逆転とかありそうじゃない?」

「無いな。どうせ俺が満点で、そっちが0点だ」

「そうね。決まってるわよね。わたしの勝利で」

「言ったな」

「言ったわよ」

 俺たちは立ち上がり、そのまま横に並ぶようにして一方向を向いた。

「全クリ競争……」と俺。

「よーい……」とリン。

「「スタートっ!」」




━━━━━━━━◆━━━━━━━━




6月21日(テスト28日目)――俺は激しく落ち込んでいた。

「に、2点差……」

「あーっはははは」

 土下座同然の姿勢で落胆している俺の目の前には、両手を腰にあてたリンが、わざとらしい高笑いをあげていた――と言えばわかる通り、全クリ競争は75対77で、俺が負けてしまった。

 悔しい。

 ちくしょう。

 あのライトアローの照準を間違わなければ、間違いなく、ランクSが出ていたはずなのに。なぜ……なぜ最後の最後にランクAなんだ! 99体なんて……まるで計ったように、99体で終わるだなんて!

「うーん。勝つって気持ちいいなぁ♪」

「悪夢だ……」

「そういえば誰かさん、途中から“負けたらなんでも買ってやる”とか言ってたっけ? そうそう。《パンツァーメイドレス》っていいよねぇ。HPにプラス100パーセント? もう、鬼に金棒? メイドに《パンツァーメイドレス》?」

「お、鬼……」

 2日前、様々なアイテムが新たに実装されている。中でも魔杖と防具は大幅に増え、俺たちも目の色をかえて情報をあさった。

 《パンツァーメイドレス》は、その中でも話題を集めた超高級防具だ。なにしろミニスカートタイプのメイド服であるにも関わらず、身につけるだけでHPが2倍になるという馬鹿みたいなアイテムなのだ。

 その分、値段も破格だ。

 確か200万クリスタルだったはず。

 この女は、それが欲しいと言っているのだ。もちろん、俺が買えないことを承知で。

「さぁさぁ、シン様。いかがなさいますか?」

「……煮るなり焼くなり、好きにしてくれ」

 悔しいが、負けは負けだ。

 本当に、本当に本当に本当に悔しいが……こればっかりは仕方ない。

「じゃあ、メガトン級の貸しをひとつってことで」

「貸し?」

「そう、貸し。あとで必ず返してもらいます。そのつもりで」

 あとでむしるってわけか。

「わかった……覚悟しとく」

「よしよし♪」

 今日のリンは本当に楽しそうだ。そんなに俺に勝ったのがうれしいのだろうか?

「まっ、この話はこれくらいにして」

 リンはその場に内股座りをした。

「これからのことなんだけど」

「もうひと勝負」

「そうじゃなくて――それより、いい加減、普通に座ったら?」

 言われるまま、俺はその場にあぐらをかいた。

 珍しくもリンと真正面から向き合う形になる。

「シン、今日の公式サイト、見てないでしょ?」

「んっ? なにか出てたのか?」

「待ちに待ったものが」

 俺は目を輝かせた。

「フィールドか?」

「イェース、ザッツライト」

 リンは嬉しそうに笑った。

 なるほど、それで上機嫌なのか。そういえば合流した時から浮かれていたし……

「……だったら最初から教えろよ。モチベーション、全然違ってたぞ」

「テスターはログイン前、必ず公式サイトをチェックするべし」

「…………」

「文句は?」

「無い」

 リンの言う通りだ。いくら姉貴の引っ越しなんかで時間がとられたといっても、公式サイトをチェックする時間くらい捻り出すのは難しくない。それこそ、起床機能で起きる時間を30分前にセットしておけば良かっただけとも言える。でもまぁ、見てないものは見てないわけで。

「何時からだ?」

「明日。っていうか、今日」

 何度も言うが、『 PHANTASIA ONLINE 』の1日は午前9時から始まる。さっきウィンドウを見た時に確認した実在現実の時刻は午前6時10分頃だった。俺たちはあと40分ほどでリミットタイムが訪れるが、それは『 PHANTASIA ONLINE 』時間でいう6月21日分のリミットタイムにすぎない。今日22日のログイン時間は、午前9時からカウントされるのだ。

「それと、全リセットするんだって」

「……全部?」

「そう。外装から何から、ぜーんぶ。その代わり、カードから何から、これまで止めていた機能、ぜーんぶ実装されるみたい」

「全部か……」

 未実装で大きなところといったら、カードと氏族のふたつだ。このふたつに関する情報は皆無に等しいので、可能な限り早いうちに詳細を知りたいところだ。

「そこで相談」

 リンが改まった。見ると正座になり、背筋を伸ばしている。

「んっ?

 俺は正座にはならなかったが、背筋を伸ばした。

「まずは陣営のこと。変えないよね?」

「なにを――あぁ」

 全リセットということは、登録作業からやり直すことになる。

「当たり前だろ。わざわざ人の多い場所に行く意味がわからん」

「じゃあ、次。外装は?」

「このまんま。変えるのも面倒だし」

「だから……全リセットなんだってば」

 質問の意味がよくわからない。

「ほら。外装データ、バックアップとれないようになってるでしょ? 面倒だっていうなら、実像のまんまってことになるでしょ?」

「いや、俺の変更点って、髪と肌の色ぐらいだし」

 リンの目が見開かれた。

「そうなの?」

「そうだけど……」

 そこでようやく、俺は意図を理解した。

「そっちは?」

「わたし? わたしは……」

 リンは頬を赤らめながら、言いづらそうに顔を逸らした。

 まぁ……そういうことなんだろう。

「別に時間がかかるなら、それでもいいけど。まさか何日もかかるとか?」

「そうじゃなくて……えっと…………」

 リンはうつむきながら、両手で顔を押さえた。

「……笑わない?」

「多分」

「多分じゃダメ。絶対、笑わない?」

「……誓う」

 俺は右手をあげながら答えた。

「……よしっ」

 リンは背筋を伸ばし、キリッとした表情で俺を見据えた。

 俺も身構えた。

 ここまでリンが固くなるのだ。「笑わない?」とか言ってきているが……下手をしたら、とんでもなく重い話が飛び出てくるかもしれない。体中に火傷の痕があるとか、実は不治の病で寝たきりだとか。そうだとしたら、平然とした対応をするのが筋ってものだと思う。もしかすると違うかもしれないが、とにもかくにも、俺は眉ひとつ動かさないよう、表情を引き締めることにした。

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[一言] > 「フォールドの実装、まだでしょ?」 フィールドじゃなくて?
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