#05-02
「アリアリだよね?」
「ああ。アリアリだ」
《クロスボーン・プライベーティア》を降りた俺たちは、船を傷つけないよう、島の南側ではなく、北側の砂浜で対峙することにした。
「用意するからパーティ解除しといて」
「OK」
『NEW STAGE』前に何度かあったマイナーバージョンアップの中で、パーティ仲間への攻撃を無効化する仕様が追加されている。といってもゲーム的な処置が施されないだけなので、殴られたり撃たれたりすると衝撃が通ってくるところは変わっていない。それでもHPが減らなくなったのだから、盾役のユーザーには拍手喝采の仕様変更だったらしい。
「……っと」
思考操作でウィンドウを開いた俺は、パーティ解除のための準備を始めた。
まずはアイテムウィンドウ。ここにはタブが幾つか出ている。
個人倉庫。
隊倉庫。
氏族倉庫。
氏族金庫。
順に個人用、パーティ用、クラン用のインベントリィで、枠はそれぞれ三十、九十、八百十になっている。最後の氏族金庫は氏族長が許可したユーザーだけが利用可能な貴重品入れ。枠はわずか十二。まぁ、俺たちにとっては氏族倉庫が十二個増えただけでしかない。
これらの枠数は、何度も細かく調整が行われてきた。
特に隊倉庫は数が増えたこともあったし、減ったこともあった。消費系アイテムの中には重ね置きできるものもあるが、通常は1つにつき1枠と思っていい。そんな中で枠を少なくされた時期には、ほんと、いろいろと余りだして困ったものだ……
ああ、そういえば。
アイテム枠数の問題で一時、俺たちと取り引きをしていた武装商人の連中は、『NEW STAGE』実装時に廃業を宣言したそうだ。
ただ、あの子供外装なパーティは、陣営抗争で戦場売買を続けているらしい。最前線での補給的商売って感じか? おかげで最近は武装商人という名前がアチコチで見られるようになってきている。このままいくと、いずれ定着するかもしれない。
他の取引先は……
蛇女だらけのパーティ。強盗のナリキリにも飽きてきたとかで、市民派に鞍替えし、職人系のアビリティにチャレンジしているそうだ。相棒が言うには、遠からずどこかに工房を構える予定らしい。まあ……開店したら、挨拶ぐらいはしておかんとまずいだろう。
あとは蜥蜴人間だらけのパーティ。こいつらは今、百諸島でスループ級のヨットを購入、仮想現実での本格的なセーリングを楽しみまくっているところだ。というか、かなりの海好き連中らしく、最近ではとうとう、蒼都スレから独立した百諸島スレで海談議をしまくっているところを俺も見ている。
人間いろいろ。ユーザーもいろいろ。みんな、それなりに楽しんでいるらしい。
「よしっ……シン、いいわよ」
「了解」
俺は隊倉庫のアイテムを全て氏族倉庫に移動させた上でパーティ解除を行うことにした。
原則的に、俺たちは普段から隊倉庫をあまり使用していない。ただ、ドロップアイテムは必ず隊倉庫に入るため、放っておくといろいろと溜まってしまう。今回も1枚だけドロップアイテムが入っていたので、それを移せば完了だ。
ちなみにそのアイテムとは《マテリアル:ブルーメタル》という今のところレアな素材系アイテムだ。洋上を航行する船めがけて突進してくる《ブルーメタルシャーク》という巨大な金属鮫を倒すと手に入るが、《ブルーメタルシャーク》そのものが今日まで2度しか出会っていないほど出現率が低い。それ以外のワンダリングモンスターは、まだ海洋に出る船が少ないせいなのか、次から次と遭遇しまくったんだが……
おかげで俺たちの軍資金は、《クロスボーン・プライベーティア》とクロスボーン島を購入した時の半分くらいまで回復している。さらに子供パーティに委託しておいた《マテリアル:ブルーメタル》1枚が、とんでもない額で取り引きされたらしい。まだクリスタルを受け取っていないが、話によると4000万クリスタルで売れたんだとか。
……騎士団だろうな、きっと。
ほんと、やつらは何をするつもりなんだか。
《青》の市場を荒らすだけ荒らして……それで、どうするつもりなんだ?
「アリアリで、いいんだよな?」
「とーぜん」
アイテムを移動しながら念のために尋ねてみると、相棒はそう即答してきた。
相変わらず強気というか、何というか。
俺たちは思考操作でアイテムを自由に出し入れできる。だったらいちいちアイテムを整理する必要も無い……と、思うだろうが、そうは問屋が降ろさない。
一昨日、思想操作で取り出せるアイテムが個人倉庫にあるアイテムだけに制限されてしまった。隊倉庫や氏族倉庫にあるアイテムは、わざわざウィンドウを開き、個人倉庫に移動しないと使えない仕様になったのだ。
あからさまに俺たちだけを狙い撃った仕様変更に思えるのは、被害妄想ってやつか?
閑話休題。
ひとつ言えるのは、これのお陰で、相棒が著しく弱体化してしまったという事実だ。
原因のひとつは思考操作のトリガー。
俺は漫画的活字を思い浮かべること、そのものをトリガーに使っている。
対して相棒は両手をパンと叩くことをトリガーにしている。
確実性という意味では、相棒の方が上だ。実際、俺は少し思考がかき乱されるだけで、アイテムが取り出せなくなってしまう。そうなることは滅多にないとはいえ、攪乱に弱い俺の方式より、手を叩きさえすれば確実にアイテムを取り出せる方式のほうが、戦闘という不確実要素だらけの場面で優れている、という意見には誰もが頷くところだと思う。
だが、ウィンドウを開き、操作するという段階になると、話が変わってくる。
プロセスが増えた結果、相棒は手を叩くだけでは、隊倉庫や氏族倉庫のアイテムを取り出せなくなってしまった。これまで何度も試していたが、安定させるには、どうしても二拍手、それも少しだけ間を置いての二拍手にしないと引き出せないようなのだ。
一方、俺はアイテム移動も含めて漫画的活字式の思考操作で対応できる。
これが、極めて大きい。
俺たちの喧嘩で言うアリアリとは、氏族倉庫を含む全てのアイテムを使用して良く、さらにアレを使っても良いというルールだ。これまではそのおかげで相棒が圧倒的な強さを発揮できたのだが……
「本当にいいんだな?」
「いいって言ってるでしょ」
水夫な海賊姿の相棒は、ベルトの《ピースメイカー》──蒼都で出回りだした仰け反り効果を持つ威力の高いリボルバー型拳銃──を二丁、両手抜き取っていた。
……武器の具現も、一昨日のマイナーアップデートで厳密化された。
今までは拳銃だろうと槍だろうと何だろうと、放置処理を受けるまで好きなだけ出していられたが、今後は片手武器なら最大二つ、両手武器なら最大一つしか具現化さえられなくなってしまったのだ。
ただ、鞘やホルスターがある場合は、そこに具現化した状態で保持しておくことができる。こうした外部保持武器は、従来通り、たとえ手放しても放置処理を受けるまで残存してくれるので使い勝手がいい。
結果、いろんなところで鞘やホルスターの需要が高まっているそうだ。
「んじゃ……」
俺は思考操作で《グレイヴ》──肉厚の薙刀──を具現し、軽く右手で振った。
「よーい──」
「「どんッ!」」
直後、相棒が問答無用で《ピースメイカー》を打ち込んでくる。
当たれば吹き飛ぶ拳銃の連射。
ダメージそのものは《ブラストカン》より少し上程度だが、《ピースメイカー》にはノックバック属性が付与されている。具体的には衝突威力増大といった感じだろうか? とにもかくにも、下手に当たると体が吹き飛ばされてしまう。だから、うかつに当たるわけにはいかない。
「よっ」
俺は身をかがめながら、器用に左右に飛び跳ねることで、全弾、かわしきった。
それほどすごいことでもない。
銃系には射撃補助線がある。それをよく見れば、誰だって拳銃程度の連射はよけられる。事実、陣営抗争では銃弾をよけられる連中が掃いて捨てるほどいるらしい。
「やっぱりかぁ」
相棒は《ピースメイカー》をホルスターに戻すなり、パンッと手を打った。
させるか。
アビリティカードでブーストされた脚力で、一気に相棒へと肉薄しようとする。
「おおっと」
相棒は軽くそうつぶやきながら《アサルトライフル》を具現、弾幕を張ってきた。
即座に俺は《タワーシールド》を具現、これで防ぎながら──
──シュポン
やばっ。俺は《タワーシールド》を砂に突き刺し、後ろに跳んだ。
今の音は《アサルトライフル》の下にとりつけた《グレネードユニット》の射出音。おそらく《グレネードボムI》あたりだろう。
事実、榴弾は、俺が突進した場合にいたであろう場所で炸裂していた。
「ちっ……やっぱり立ち上がりはこれか」
「仕掛けてきたら?」
相棒が誘いの言葉をかけてくる──と同時に《タワーシールド》が、バンッ、とものすごい勢いでこっちに吹き飛んできた。
《ピースメイカー》の早撃ちだ。
もっとも、その間に俺は《グレイヴ》の《ライトアロー》12発をセット、リンを取り囲むように射出させてもらっていた。
「ララララ~イ♪」
「……簡単に迎撃すんなよ」
などと和やかに話し合いつつも、俺と相棒は地味な戦いを続けていくことになる。
やっていることは間合いの取り合い。
近距離に近づきたい俺。
遠距離を保ちたい相棒。
当然のように俺もたまに銃系を出して相棒のHPを削り、相棒も俺の隙をつきながらHPを削ってきている。
……おそらくだが、これがPOでの標準的なPvPだと思う。
格闘ゲームと同じだ。
出だしは間合いと呼吸の読み合い。
正直、地味だ。
もっとも、俺たちの場合は必ずこうなるわけでもない。
なにしろ同じ相手と何度も何度もやりあっている間柄だ。何が得意で何が不得意か、さらに向こうの決め手となる攻撃が何なのかもお互いに把握しあっている。だから当然、対抗策もお互いに用意してある。しかし、いくら対抗策を練ろうとも、一気に押し込むことも不可能ではなく……
そんな次第で、俺たちの喧嘩は、毎回、両極端の展開になるのが通例だ。
今のように地味な戦いを最後まで続けるか。
それともバーステでやったように、最初からフルスルットルで奇襲だらけの戦いを繰り広げるか。
「おしっ!」
「あっ!」
《グレイヴ》の固定アビリティ、《ライトアロー》の上位にあたる誘導性能が高い《ライトブリット》を六発叩き込む。いつもなら迎撃してくる相棒だが、この時は直前に行った俺の《アサルトライフル》の弾幕で隙を造らされていたタイミングだった。
それでも即座に俺に目がけて応射してくるのだから安心できない。
「……勝負っ!」
俺はアイテム具現が間に合わないと判断し、顔と腕を《スケイル・オブ・ブルードラゴン》に覆われた両腕で防ぎ、運を天に任せることにした。
部位によって、HPダメージには差がある。そのことを解明したのは《赤》の面々だ。『NEW STAGE』実装当日、地道なデータ取りを行う一派が、とうとうダメージ判定の傾向を解明したのだから、本当、その人たちには頭を下げるしかない。
んで。
部位は頭部、胸部、腹部、太腿を含む腰部、脚部、肩部、腕部の7つにわかれているらしい。このうち頭部はダメージ極大、胸部と腹部は大、腰部と肩部は中、脚部と腕部は小という、おおざっぱな区分けがなされているそうだ。
それを考えると、《スケール・オブ・ブルードラゴン》が四肢、肩、股関節を覆うように展開している理由もおのずとうなずける。
一応、防具のデータは全身に反映されているというのが初期マニュアルでの記述だったのだが、それが一律であるとはどこにも書かれていない。事実、《スケール・オブ・ブルードラゴン》で覆われているところと、そうでないところは、HPの削られ方に違いが出ていることを、俺たちも確認している。
そして今、俺も相棒も、HPバーがレッドゾーンに入りかけている。
俺たちの間では、例えアリアリだとしても、喧嘩の勝敗は“先にHPバーが赤くなったほうが負け”ということにしてある。下手にデッドすると、セット中のアビリティカードをロストしてしまう可能性があるため、そのあたりで手打ち、という感じになったのだ。
──ガガガガガッ!
最後とばかりに叩き込まれた《ピースメイカー》の連弾が蒼い鱗を穿っていく。
着弾したのは竜鱗で覆われた両腕部分。
二発ほど隙間を抜けて頬をかすり、脇腹をえぐったが、有効打とは言い難い。
それでも命中判定が下ったことで、俺の体に大きな衝撃が走った。まるで体育用の厚手のマットに両手両足を伸ばしながらダイブした時のような衝撃……というのが、一番近いと思う。
単発命中だとノックバックのベクトルは命中箇所に準じる扱いを受ける。
手を撃てば手が跳ね上がる。
腹に当たれば、腹からもっていかれる。
だが短時間で複数発受けると、ノックバックは合算した方向に向け、衝撃量を合算した値だけ発生することになる。
つまり今回の場合、俺は胸のあたりを中心に、真後ろに向かって吹き飛ばされた、という感じになった。まだこのあたりの跳び方を直感的に把握できずにいるが、いずれ、これすらもうまく使って作戦を練りたいものだ……
などと一瞬だけ考えている間にも、俺の放った誘導光弾が炸裂していった。
当たったのは……二発?
おいおい。あのギリギリで三発を蹴りや拳で迎撃、一発を回避って……なにそれ。
銃や呪文は近接攻撃で相殺できる。これは以前から噂されていた仕様であり、俺たちが感覚的に事実と認定していた仕様でもある。そして、これを例の《赤》の解析班が数字付きで実証してくれた。
難しい数式はパスする。
原則的に“ダメージ発生源が衝突するとダメージの減算が起こる”というのが相殺の基本らしい。で、基本的に遠距離攻撃より近距離攻撃のダメージが大きいことも判明している。つまり、理論上は近距離攻撃を極めさえすれば、すべての遠距離攻撃を無効化できることになる。
銃最強説が終焉したわけだ。
そんなわけで、陣営抗争でも銃使いはすごい勢いで減っているらしい。最近のトレンドは剣系呪杖。拳系は間合いが短すぎ、槍系は乱戦に弱いということで、盾と剣の組み合わせがもてはやされているところなんだとか。
もっとも、俺はこう言いたい。だったら槍と拳だろ、と。
間合いを考えれば剣より槍が上だし、乱戦なら拳に頼ったほうが暴れやすい。
あくまで俺の感覚で言えば、という感じなのだが……ん~、どうなんだろ?
「きゃ!」
避けきれなかった《ライトブリット》の残る二発が、相棒の胸部と頭部にクリーンヒットした。
相棒のHPバーは黄色から赤に変わる。
一方、俺のHPバーは相変わらず黄色いままだった。
「……よしっ!」
勝った! リアルか○はめ波、ゲットだぜ!
と、思った瞬間だ。
──ドーン!
頭上で何かが爆発。というか《グレネードボムI》が爆発した。
うげっ、と声をあげながら、俺は爆発の衝撃で砂地に押しつぶされた。
「BINGO~♪」
遠くから相棒の嬉しそうな声が聞こえてきた。
くっ……いつのまに、最後っ屁を!
あっ! まさか、俺が《アサルトライフル》で牽制した、あの時か!?
「シ~ン、引き分けってことは、もうひと勝負ってことだよね~」
「……ちっ」
まぁ、いい。今回は地味な戦いだった。
なにしろアレすら使わなかったのだ。
「ああ……今度、アレで、勝負だ」
「おっけー。時間も無いし、サクッとやっちゃう?」
「ああ、サクッと」
消耗品は氏族倉庫にうなるほどある。それらを使い、HPを回復させた俺たちは、再び適度な距離をとって向かい合い──同時に、その起動単語を口にした。
「「紋章起動──!」」
……結果は引き分け。三戦目をしたいところだったが、この日はもう、それでリミットタイムぎりぎりになっていた。
説明回になってしまいました……反省。
次話は来週水曜日(1月25日)。今度は0時に間に合うよう、がんばりますが……0時になかったら、「またか」と思ってください。ごめん('A`)