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ONLINE  作者: niziya
LOG.01 " GAME START "(未改訂版)
4/57

#01-03

 6月2日(テスト9日目)――まだ蒼都東区の立ち入り制限は解除されていない。転移機能は7日目の時点で完全削除されることが決まった。つまり俺たちは当分の間、闘技場(コロセウム)に隔離され続けることになったわけだ。

「遅い」

「悪い」

 今日からリミットタイムが3時間になる。市街地ではNPCショップが開店し、家屋の売買も可能になった。

 クリスタルを入手する手段はカジノぐらいしかないが、市街地では5月30日(テスト6日目)のカジノ祭りに続き、ショップ祭りで賑わっているそうだ。

 少なくとも、帰宅後に見たネットの情報ではそうなっていた。

「弁明は?」

 並んで歩きながら、彼女が尋ねてきた。

「別に」

 風呂上がりに晩酌中の親父につかまった――だなんて、言ったところで意味が無い。

 そもそも、俺たちは友達でも何でもない。

 今だって並んで歩いているとはいえ、1メートル近く距離が離れている。

 互いの顔を見たのも、俺がボックスを出た直後だけ。

 会話も互いに正面をみながらやっている。

 名前だって知らない。どちらも名乗っていないし、名前を聞こうともしていないからだ。俺のほうは、なんとなく聞いたら負けな気がして言わないし、聞かないでおこうと決めているだけだが。

「やるわよ」

「あぁ」

 グランドの中央に向かった俺たちは、背中合わせになった。

 左肩をダブルタップ。

 ウィンドウを開き、ガンタイプ最後のパターン、Hを選択する。眼前に《スペルガン》カードが出現。これを手にとり、具現化させると、今度は展開したままになっているウィンドウに、拳銃型魔杖用カートリッジカードが10枚、ウィンドウに収納されたと表示された。

 ガンタイプ=パターンHは、実戦形式のタイムトライアルだ。

 敵はブラックウーンズ。言ってしまえば黒いスライムだ。

 形状は“大人に黒いビニールシートを被せた”ものに近い。表皮はゼラチン状。一メートルぐらいまで近づくと、躰の一部が隆起する形で殴りかかってくる。これがけっこう痛い。少なくとも、軽く生身を叩かれた時と同じ痛みがある。“痛みを消すと暴力性に対するストッパーが無くなる”とかいう意見が採用された結果らしいが、正直、ゲームなんだから勘弁して欲しいというのが俺の意見だ。

 パターンHでは、これが次から次と四方八方でウニュウニュと生まれ、ヌメヌメと近づき、かと思うとピョンと左右にジャンプする。そんなブラックウーンズを、限られた弾数で、可能な限り多く倒すのがガンタイプ=パターンHだ。

 制限時間は3分。ぶっちゃけ、弾を使い切るだけでもひと苦労だ。だが、100匹倒さなければランクSにならない。ブラックウーンズは2発から6発で倒れるので、理論的には不可能でもないのだが……

「どうしたもんかなぁ」

 カウントダウンが始まったものの、俺は溜め息混じりでそうぼやいていた。

「撃ちまくるしかないんじゃない?」

 ぼやきを聞いた彼女が背後から言い返してきた。

「それ、やった」

「奇遇ね。わたしもよ」

 カウントダウンがゼロになる。

「「GO」」

 俺と彼女はほぼ同時に同じ台詞を口にしつつ、前方に向かって走り出した。

 昨日の挑戦でわかったことは“近づいて撃ったほうが当たりやすい”という、あまりにも当たり前すぎる真理だった。だが、それを実行するには度胸がいる。いくらトレーニングなのでHPが削られることも、死ぬこともないとわかっていても……相手はヌメヌメと動く不定形生物だ。おまけに殴られるとそこそこ痛い。

 それでも、今のところこれ以外の攻略法法が見つかっていない。

 だからこそ――

「痛てっ!」

「きゃっ!」

「ぐぁ!」

「いたっ!」

 俺と彼女は殴られ続けた。




━━━━━━━━◆━━━━━━━━




 挑戦開始から約1時間後――

「またかよ……」

 息を切らせた俺は、大の字になって寝そべりながらスコアウィンドウを一瞥した。

―― Point 74 / Rank C

 ランクSは遠そうだ。

「何体いった?」

 時間切れした場所がたまたま近かったのだろう、へとへとになった彼女がこっちに近づいてくる。かと思うと、両膝をつき、俺と同じようにゴロンと大の字に寝そべった。

「74。そっちは?」

「勝った。77」

「ベストは79」

「わたしだって」

 つまり二人とも、80の壁を越えられずにいるらしい。

 スコアウィンドウが消えた。

 視界に映るのは、抜けるような夏の青空だけになった。

 涼しい微風が吹き抜ける。

 真夏の太陽がちりちりと肌を焼いた。その感覚も、どことなく心地よかった。

「ねぇ」と彼女。

「んっ?」と俺。

「名前は?」

「……そっちは?」

「そっちから言いなさいよ」

「レディファースト」

「可愛くないわね」

「可愛いなんて思われたくないね」

「リンよ」彼女が起きあがった。「L、I、NでLIN(リン)。そっちは?」

「シン」

 俺も上体を起こした。

「S、H、I、NでSHIN(シン)

 互いに見つめ合う。なんだか、初めて彼女の顔を真正面から見た気がする。

 と、不意に彼女が笑った。

「なんだよ」

「ううん。そういえば今日まで名乗り合ってもいなかったんだなぁって」

「そりゃあ、別に友達でも何でもねーし」

 俺は再び寝そべり、両腕を枕にしながら目を閉じた。

「友達か……」

 彼女がボンヤリとつぶやく。

「……うん、確かに友達じゃないね、わたしたち。強いて言えば……ライバル?」

「ふーん」

「なによ」

「別に」

「あんたね……通信簿で“協調性がありません”って書かれたくちでしょ」

「まぁ」

「やっぱりねぇ。暗すぎよ、あんた。もう、ドドメ色って感じ」

「悪かったな」

「悪いと思ってんの?」

「全然」

「喧嘩売ってる?」

「わりと」

 なんて答えたものの、実はそうでもない。それ以前に、俺がこんなにも気楽に異性と話し合っていること事態、なにか間違っている気がした。

 いや、もしかするとリンはネカマなのかもしれない。外装は実像をベースにしているが、調整を加えれば乳房を盛り上がらせることも、逆にへっこませることもできる。男女の違いは、性器か初期装備にスポーツブラが付いているかどうかでしか区別がつかないのだ。

「ひとつ聞いていい?」と彼女。

「ダメ」と俺。

「あんたの外装、どれくらいいじってんの?」

「さぁ」

「ほら、実像に近いほうが動きやすいって話もあるじゃない。あれって本当だと思う?」

「さぁ」

「わたしがネカマだって言ったらどうする?」

「別に」

「本物の女だったら?」

「別に」

「張り合いないわね……」

 彼女の溜め息が聞こえた。

 俺も両目を閉じたまま、溜め息をついた。

「ったく……」

「なによ」

「いいから、俺のことは放っておいてくれ。頼むから。人付き合いとか、言葉の駆け引きとか、そういうの面倒でイヤなんだ。俺はリアルなゲームがやりたいからここに来てる。それ以外のことに興味無い。OK?」

「わたしもそうよ」

 えっ?――と思って目をあけると、俺の右側で横座りになっている彼女が、黄金色の長い髪をかき上げているところだった。

 一瞬、ドキッとした。

 見惚れるところまでいかなかったのは、ここが作り物の世界だって認識が、頭の片隅にあったからこそだと思う。

「ちょっと街に出たら盛った男が群がってくるし、学校に行ったら学校に行ったで派閥争いとかなんだとかあるし……もうイヤ! あぁ、ストレスたまりまくりよ、もう!」

 彼女はバサッと寝そべった。

 俺は空を見上げた。

「愚痴かよ」

「愚痴よ。悪かったわね」

「別に」

 俺は目を閉じ、ふぅ、と息を吐いた。

「あんたは?」と彼女。

「んっ?」と俺。

「だから……わたしはストレス解消のためのゲームだけど、あんたは? なんで?」

「なんでって……」

 少しだけ考えてみる。

「まぁ……退屈だから、だな」

「暇つぶし?」

「いや、なんて言うか……退屈なんだよ、いろいろと」

 それは嘘だ。勉強にしろ、運動にしろ、人付き合いにしろ、なんにしろ――本気になってやるべきことが、俺にはたくさん控えている。だが、どれにも本気になれない。面倒だという思いが先に来てしまう。

 しかし、ゲームだけは、苦労を苦労と思わずに済んでいる。

 だから、俺はゲームをやる。

 つまり――逃げているだけだ。いろいろなことから。

「ふーん……退屈なんだ…………」

 彼女が考え込むようにつぶやいた。

 俺は応えなかった。

 彼女もそのまま黙り込んだ。

 風が吹き抜ける。

 心地よい。

 沈黙さえも、心地よく思える。

 不思議な感覚だ。

 人嫌いの俺が、あろうことか同世代っぽい女の子と一緒にいても平気でいる。気まずさはもちろんのこと、息苦しさも感じていない。そのうえ、どういうわけか彼女の質問にも真面目に答えてしまった。俺を知る人間なら「ありえない!」と叫んでるところだろう。

「……よしっ」

 俺は両足をあげてから、ヒョイッと上体を起こした。

「そろそろやるか」

「OK」

 彼女も立ち上がり、パンパンと躰についた埃を払った。

「念のために聞くけど、攻略方法、なにか見つけた?」

「カートリッジカードの呼び出しと具現。音声操作じゃなく、思考操作でやれば隙が大きく減る」

「うわっ……それってムズすぎない?」

「だろうな」

「あちゃあ……でも、確かにそれぐらいしかないもんね……あとは、バラまくようにするぐらい?」

「バラまく?」

「牽制よ、牽制。索敵とリロードの前に適当に撃ちまくるの」

「弾の減り、速いだろ」

「そりゃあね。でも、思考操作ができれば、問題無いんじゃない?」

「……だな」

 こうして俺たちは、再びパターンHにチャレンジした。

 結論を言えば、俺たちの選んだ方法は悪くなかったと思う。問題は思考操作が本当に難しいところ。黙唱するだけでもダメ。カードの呼び出し時には呼び出すカードそのものをイメージし、具現化する際には弾倉をイメージしないと反応してくれなかった。

 それでも2時間もやれば、それなりにコツも掴めてくる。

 先にパターンHをランクSでクリアしたのは彼女のほうだった。

「ほらぁ、頑張れぇ、若人ぉ」

 彼女の無気力な声援を受けながら、遅れること3挑戦後、俺もどうにかSをとった。

「じゃ、明日からグラップルタイプってことで」

「了解」

 並んでログインボックスまで戻った俺たちは、リミットタイムの10分前に、それぞれログアウトした。並んで歩く時の距離が近づいていたと気づいたのは、ログインボックスに入ってからのことだった。

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